WAVE+

2017.08.21  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

最初から船乗りになるつもりではなかった

──西川さんがなぜ水先人になったのか、その動機や経緯を教えてください。小さい頃から船関係の仕事がしたいと思っていたのですか?

西川明那-近影1

いえ、そういうわけではありません。元々は機械が好きだったので、高校に入った頃は工学部に進学しようと思っていました。でも機械を作るより使ったり操ったりする方が好きだと気づいたので、進路選択の時期はパソコン関係の大学に入ろうかなと思っていたんです。そんなある日、担任の先生が「こんな大学もあるぞ」と見せてくれたのが東京海洋大学のパンフレットだったんです。その時初めて海洋大を知ったのですが、こんな大学があるんだと驚きました。私は京都府の日本海側にある海辺の町で育ったので海と船がすごく身近な存在だったということもありおもしろそうだなと思って、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学しました。

元々船乗りになりたいと思っていたわけではないので、当初は海洋大に入ってみて合わなければ別の道を探せばいいやと思っていたのですが、航海士になるための勉強は予想以上に楽しく、自分に合ってるんだろうなと感じました。だから当時は将来は航海士になろうと思っていました。

でも大学3年の時、2007年に水先法が改正されて、これまで大型船の船長の経験がないと水先人になれなかったのが、しかるべき教育を受ければ航海士や船長の経験がなくても、学卒者でも水先人になれるというふうに制度が変わったんです。それで、将来の職業を航海士から水先人に針路変更して、大学卒業後、パイロット養成コースに進んだんです。

航海士から水先人に針路変更した理由

──航海士よりも水先人がいいと思ったのはなぜですか?

最初は航海士になるつもりだったんですが、航海士になれたとしても何年続けられるかなと思ったんですよ。もし結婚、出産したら長期間船に乗れないのでそのまま辞めなくちゃならなくなるかもしれないし、10年続けられるかなと。最初からいずれは辞めるつもりで船会社に入りたくなかったんですよね。そんなことを考えていた時にちょうど水先人の新制度ができるという話を聞いて、水先人の方がずっと長く船に関わっていられる可能性が高いと思ったので、この道を選んだんです。


──そもそも海の世界は男社会じゃないですか。最近女性の船乗りも増えてきたとはいえ、まだまだ圧倒的に男性の方が多い。さらに水先人の世界はそれまで女性が1人もおらず、船乗りの中でも大型船の船長を経験したベテラン中のベテランがなる職業ですよね。女性で、船乗りとしての経験がゼロの新卒でそんな世界に飛び込むことに不安は感じなかったのですか?

不安はなかったですね。受け入れてもらえるのかなというのは少しありましたが、私自身は水先人になりたいと思っていたので、そのためには水先人養成コースに進むしかないという極めてシンプルな思いしかありませんでした。そもそも養成コースに入る前、大学時代から女性は1割しかいなくて周りは男ばっかりだから慣れちゃってて。むしろ女性が多いところの方がしんどいです(笑)。

当時は必死だった

──水先人養成コースに入ってみてどうでしたか?

養成コース時代、シミュレーターで訓練中の西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

養成コース時代、シミュレーターで訓練中の西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

その当時は必死だったので何とも思ってませんでしたが、2年半の間に水先人として必要な知識や技術を覚えなければならなかったので、今思えば相当ハードだったと思います。べテランパイロットが教育担当となるのですが、私のような大学を出たばかりの二十歳そこそこの女性を見て「君、何しに来たの?」みたいな感じの人も少なからずいました。でもそれはどこの世界でも同じですよね。これまでになかった新しいことに挑戦する時にはついてまわることだと思います。


──ほかに同期はいたのですか?

私のほかに女性はあと1人いました。でも乗船経験が全くない学卒者は私しかいなかったのでどうしても目立ってしまって。

とにかくやるしかない

──養成コース時代、つらくて辞めようと思ったことは?

大学時代も含めて辞めようと思ったことは1度もないですね。特に養成コースは「向いてる、向いてない」とか「楽しい、楽しくない」じゃなくて、入ったからには水先人になるまで何が何でもやりきるしかないと思ってたので。

新制度の第一期生という周りからの期待も大きくてプレッシャーもすごかったので、どうやってきっちり課程を修了して国家試験に合格して水先人になるかということしか考えていませんでした。だから毎日必死でしんどいとかつらいとか感じる余裕すらなかったんです。先日養成コース時代の同期と会った時も「今思えばしんどかったよね」という話をしました(笑)。

西川明那(にしかわ あきな)

西川明那(にしかわ あきな)
1985年京都府生まれ。水先人(東京湾水先区水先人会所属)

高校卒業後、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学。当初は航海士を目指していたが、大学3年生の時に水先人養成コースが創設されるのを知り、水先人を目指して養成コースに入学。2年半の課程を修了し、2011年、国家試験に合格。東京湾水先区水先人会の3級水先人となる。2015年、2級水先人の試験に合格。現在は1級水先人を目指して奮闘中。

初出日:2017.08.21 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの