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2015.11.02  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰 イラスト/フクダカヨ

変わる価値と変わらない価値

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細谷 確かに感性に関しては、この製品を人は心地いいと感じるかどうかという研究などが多くされていて、その結果を「お客様を説得するための材料」として使うのはいいのかもしれませんが、それが絶対的な正解だというような世の中は恐いなと思いますね。例えば多くの人にアンケートを取って解析したら、「赤」がすごく人気だったからこの製品の色は「赤」が正解だ、というふうに物事をとらえたくないというか。わからないから数値に頼る研究が進んでいる一方で、変わらない価値もあるわけですよね。それはどういう価値なのでしょうか。

玉井 例えば尖ったものが迫ってきたら恐いと感じるのは、人によっても時代によっても変わるものではないでしょう。狭くて真っ赤でトゲトゲした空間に閉じ込められるより、もっと広々して緑豊かな空間の方が誰もが気持ちいいと感じますよね。こういったフィジカルな部分、基本的に生き物が心地いいと感じるものや空間に関しては昔から変わりません。変わらない価値観とは例えばこういうことです。でもそれ以外の感覚的な部分は大きく変わります。例えば昔の自分の写真を見るとすごく恥ずかしいと思うことってないですか?

細谷 あります! なんでこのとき、この髪型にしてたんだろうとか(笑)

玉井 このメイク何! とか。そのときは最先端だったんですよ、今は超恥ずかしいけど(笑)。こういうのは変わる価値です。時代によっても地域によっても大きく違いますが、その変わる価値をCMFという考え方でキャッチしてものづくりに生かす。それが私の役割、使命だと感じているんです。

理想の働き方とは

細谷 働き方という視点では、ご自身が企業内デザイナーだった頃と、独立して企業から依頼を受ける立場になって変わったことはどんな点でしょうか。特に開発職って、ずっと会社の中にいると外で起こってることに気づけない部分があると思うんです。情報交換する場みたいなのがなかなかないので、自分で積極的に動かないとCMFというキーワードにも出会えなかったと思うんですよね。

玉井美由紀-近影4

玉井 それが普通だと思いますよ。企業にいながら積極的に外に出て活動をしている人はあまりいないですよね。ほとんどの会社員は会社の中のことしかわからない。もっと言うと「外のことを知らない」ということを知らないと思います。私も会社員だった頃は外部の人との仕事上での交流は一切なかったので、会社から出るまで外の世界のことは全くわかりませんでした。会社から出て、なんて自分は狭い世界で生きてきたんだろうと痛感しましたよ。

一方で、会社に長くいてよかったとも思っています。特に大企業、メーカーには優秀な人たちが集まっているので、彼らと一緒に仕事をしたことですごく勉強になったし成長できたからとても感謝しています。そのおかげで今があると思っているので。また、会社の中にいないと経験できないこともあるし、いいこともたくさんあります。例えば世界中のお客様に商品を届けるなど、今私が経営しているような小さい会社では絶対できないような大きな仕事ができます。

細谷らら-近影4

細谷 大企業の中で長くデザイナーとして働いたことが今に生きているというわけですね。

玉井 そうですね。私の場合は最初から1人でやっていたら仕事のやり方もわからないし、うまく会社を経営することもできなかったと思います。私は1つの選択肢として会社から出ることを選びましたが、会社員と事業主、どちらにも一長一短があるのでいい・悪いの問題ではないと思います。

細谷 なるほど。幅広い業界・業種・職種の方と仕事をされ、広い視野を持たれた玉井さんのような方を介し、積極的に交流していくことが企業のこれからの課題かもしれません。業界を超えて、CMFという点でつながれたらいいなと思います。


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玉井美由紀(たまい みゆき)

玉井美由紀(たまい みゆき)
1968年千葉県生まれ。株式会社FEEL GOOD CREATION代表取締役/CMFデザイナー/CMFクリエイティブディレクター

武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、 株式会社本田技術研究所へ入社。四輪デザイン室でデザイナーとして数々の車のカラーマテリアル開発に携わる。2007年、表面材専門のデザイン事務所「FEEL GOOD CREATION」設立。さまざまな企業から依頼を受けての商品開発や、CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)デザイン・コンサルティングなどを通じて日本のモノづくりを活性化させるため奮闘中。


細谷らら

細谷らら(ほそや らら)
1985年神奈川県生まれ。株式会社岡村製作所 CMF推進室 デザイナー

筑波大学芸術専門学群デザイン専攻プロダクトデザイン領域卒業後、株式会社岡村製作所へ入社。プロダクトデザイナーとして商品開発に携わる。玉井さんとの出会いでCMFの重要性に気づき、2015年からCMF専門のデザイナーとして商品開発に取り組んでいる。


初出日:2015.11.02 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの