馬搬とは何か
──岩間さんが現在取り組んでいる「馬搬」とはどんなものなのですか?
馬搬とは、馬を使って山から伐採された木を運ぶ作業のことです。「地駄曵き」とも呼ばれています。馬は重機が入っていけないような狭いところにも行けて、かつ山を削って重機を入れるための作業道を作る必要もありません。また、CO2も排出しないので環境にもやさしい昔ながらの運搬技術です。10年ほど前(2002年)から岩手県遠野市で仕事のひとつとして馬搬に従事しています。
遠野は古くから馬搬が盛んな地域で、昭和の中頃までは40人以上の馬方がいました。でも今は3人しかいません。このままではこの優れた馬搬が消えてしまうので2010年に馬搬振興会を立ち上げて、馬搬の文化と技術を継承、宣伝、普及するための活動にも取り組んでいます。
──幼い頃から馬搬に興味をもったのですか?
いえ。木に興味をもつまで馬搬についてはまったく知りませんでした。昔は馬で働いていたという話を知ってるぐらいでした。ただ、家の近くにはそれなりに馬がいたので身近な存在でした。高校生になると乗馬を始めて、馬術競技の選手としてオリンピックに出場することを夢見ていました。
その頃夢がもう一つあって、建築家にもなりたいと思っていました。父が大工で、うちの山の木を切って家を建てたりするのを見て、こういう仕事もいいなとあこがれていました。でも馬術選手の道もあきらめきれなかったので、とりあえず建築と馬術の両方を2年ずつほどやってみておもしろい方を選べばいいかと。それで高校卒業後、まずは東京に出て、2年制の建築の専門学校へ入学しました。その間も土日は乗馬クラブに通って馬術の練習をし、卒業後は乗馬クラブに就職して2年間働きました。
2年間両方を経験した結果、やっぱり馬の方がおもしろいなと思ったので、馬を飼いやすい遠野に戻ることにしたんです。東京で馬を飼うのはたいへんですからね。馬術の大会で上位入賞できるようないい馬は数千万円もするので買うのはとても無理ですが、自分で繁殖させて仔馬をいちから育てて調教すればお金はそれほどかかりません。そこで、家の近所にあった、いい種馬もいて繁殖や調教ができる「遠野馬の里」で馬の繁殖改良と育成調教を始めると同時に自分の馬の生産も始めたんです。ここには3年間勤めました。また、自分の馬で馬車を作って遊んでいました。
馬搬に感動
──馬搬を始めた直接的なきっかけは?
炭を作るために実家の山に入ったのですが、運搬用の重機が入れるような山ではなかったので、上で伐採した木を下まで自分の力で運ぶのはかなりの重労働でした。これはしんどいな、何かいい方法はないかなと考えたとき、そういえば昔は馬で山から木を運んでいたという話をおじいちゃんから聞いたことがあるなと思い出したんです。それが馬搬でした。人が行けるところなら馬も行けます。当時、大きな白い馬を持っていたので、よしやってみようと。人に聞いたり調べたりするとまだ現役で馬搬をしている人が近所にいるとわかったので、実際に馬搬するところを見に行って教えてもらおうと訪ねて行きました。それが僕の馬搬の師匠の菊池盛治氏さんと見方芳勝さんでした。おふたりともその当時60代ですが現役バリバリで馬搬を行っていました。訪ねて行くとおふたりとも快く迎えてくれて、実際に山に行って馬搬をするところを見せてくれました。
そのときの感動は今でも鮮明に覚えています。2人の師匠たちは木が立ち並ぶ狭いスペースの中、1トンもある大きな馬を手綱もなしに「止まれ」「行け」と声だけで自由自在に操り、伐採した大きな丸太を何本も馬につなげたそりにくくりつけて、いとも簡単に運び出しました。それを目の当たりにしたときは、度肝を抜かれましたね。とにかくすごい技術、すごい人、すごい仕事だと。僕も馬術の経験があるのでそのすごさが普通の人よりもわかったんです。この機械全盛の現代に馬力で仕事をしている人がいるということにも感動しました。
岩間敬(いわま たかし)
1978年岩手県生まれ。馬搬馬方/遠野馬搬振興会事務局長。
高校卒業後、建築家を目指し東京の建築関係の専門学校に入学。卒業後、東京の乗馬クラブに勤務。その後遠野に戻り、乗用馬の繁殖・調教を行う会社に勤めつつ、農林業に携わる。20歳頃から馬搬に興味をもち、2人のベテラン馬方に師事、技術を習得した。2010年、「遠野馬搬振興会」を設立。現在は農林業に従事しながら、馬搬文化と技術の継承、宣伝、普及などを目的として活動している。2011年にイギリスで開催された「馬搬技術コンテスト・シングル部門」で優勝。2012年にはこれまでの活動が認められ、岩手競馬、馬事文化賞受賞。同年、欧州馬搬選手権シングル部門で7位に入賞。
初出日:2013.11.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの