都市の価値を上げていく活動
──「都市の価値づくり」とは具体的にはどういうことなのでしょうか。
日本はあまり積極的ではありませんが、ここ15、6年、世界は自国の都市の価値をいかに上げていくかということに必死になっています。都市の価値が上がればそこに住む人口が増え、経済が発展し、財政もうるおいます。そうなると税率を低く抑えることができ、よりよいサービスを住民に提供でき、治安もよくなり、さらに人口が増える。この好循環を目指しているわけです。
ひと昔前は、世界の最先端の都市はロンドン、パリ、ニューヨークでしたが、今はアムステルダム、コペンハーゲン、ポートランドの3都市が魅力のある、学ぶべき点が多い場所だというふうに世界のものさしが変わっているんです。
日本ではかつては渋谷も個性的な街で、ファッションを中心に渋谷発、あるいは渋谷オンリーのカルチャーもたくさんありましたが、今は渋谷にしかないものがなくなり、全国どこでも同じ物がお手軽に買えるようになりました。長谷部さんの言葉を借りれば「渋谷が全国化してしまった」状態。そこで長谷部さんは再び渋谷にしかないものを立ち上げていきたいという強い思いを持っていたのです。
折しも渋谷駅周辺では大規模な開発が行われています。確かに大きな建物が完成したりして見た目が変わるといっときは話題になるでしょう。でも長い目で見た時、街の価値を上げるのはモノではなくなるはずです。形なき文化、価値観というか日本人がそもそももっている思いやりの心、「向こう三軒両隣」的な心をもう一回復活させて、困っている人の目線で課題を解決し、手を貸してあげよう。それを街全体に広げていくことで、渋谷という街の価値を上げていきましょうという提案がピープルデザインなる試みです。そうしたら長谷部さんも同じようなことを考えていたようで意気投合して、この1年一緒にやってきたわけです。
そもそもは僕の次男が障害をもって生まれたことから出発したネクスタイドでありピープルデザインですが、彼がお世話になっている障害者施設や住んでいる地元地域に全エネルギーを投入して100の実績をつくるより、渋谷というすでに世界的にも有名な場所で10の実像を見せる方が数年後に1000になる速度は早いんじゃないかと思っているんです。
渋谷区役所にピープルデザインを導入
──具体的にはピープルデザインを渋谷区にどのように取り入れているのですか?
都市の価値づくりやピープルデザインについて桑原渋谷区長にお話したところ、「渋谷に集う人は住んでいる人、通勤、通学のために来る人、買い物に来る人、通りすぎる人、いくつかの種類に分けられる。その中で渋谷という地域の価値を底上げしていくためには、まずは渋谷区の行政を担う区役所で働く人びとの発想を変える必要がある」とおっしゃいました。それで今年(2013年)から渋谷区役所の部長、課長などの管理職と、20代、30代の職層研修にピープルデザインが導入されました。管理職研修の後、職層研修は先々月(7月)に始まったばかりですが、今後半年をかけて課題解決のためのピープルデザインを実践形式で展開していきます。
──具体的にはどういうふうに展開していくんですか?
当NPOの理事でもあり、NPO法人シブヤ大学の学長でもある左京氏とタッグを組んでカリキュラム化しました。区長から部課長まではまずピープルデザインという思想の定義や概念を説明します。そして、渋谷の価値が上がって人が集う未来はどういうものか、渋谷の価値を上げるため、世界先進国の中で群を抜いた渋谷らしい価値を創造するためにピープルデザインをどう使うか、その基本的な考え方を対話によって明らかにしていきます。
その下の職層研修では、ピープルデザインを実務の中でどう具現化するかという"当事者としての策"を数名単位で職場の異なるメンバーでグループをつくり、考えていただきます。今年後半の研修ではそれを一般の方々に見える形で開示していこうと計画しています。
これは区役所にとってはこれまで経験したことのない、かなりダイナミックな試みなだけに、職員のみなさんのほとんどが不安を感じているかもしれませんが、区長自ら先頭に立ってくださっているので、渋谷に集うさまざまな人たちを交えて課題を明らかにして解決策を導き出すさまが今から楽しみなんです。
──ピープルデザイン研究所の代表として、他にはどのような仕事を手がけているのですか?
1つは課題解決型の公開ディスカッションイベントの企画、運営です。僕らはマイノリティとマジョリティが混在している状態の寛容。すなわちダイバーシティの実現を目指しているわけですが、これまで「マイノリティ」という言葉を使うとき、そもそもの活動の発端は僕の次男がハンディキャッパーであることだったので、身体・知的・精神障害者という意味合いが強かった。しかしマイノリティの中には従来型のイメージ内の"弱者"だけではなく、最近話題になることの多いLGBT(レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)という性的マイノリティも含まれます。また渋谷には子育て中の若いお母さんも多いのですが、赤ちゃんを乗せたバギーを押したり、片手で荷物を持ちながらもう一方の手では2歳くらいの幼い子どもの手を握ってデパートで買い物したり街を移動したりという光景をよく見ます。常に両手を子どもたちに取られて自由が効かないという意味では彼女たちも期間限定のハンディキャッパーといえるんですよね。また来日期間中、日本語がうまくしゃべれない外国人も期間限定の言語障害者です。
そう考えていくと、マイノリティとは障害者手帳をもっている人だけではなく、さまざまな種類の人たちが含まれます。このような日常生活に不自由を感じている人たちの目線でいろんな問題や課題をあぶり出し、具体的解決策を導き出すためにピープルデザインカフェという課題解決型の公開のディスカッションイベントを2ヶ月に1回渋谷で開催しています。これまで(2013年7月現在)10回ほど開催してきました。
須藤シンジ(すどう しんじ)
1963年、東京都生まれ。有限会社フジヤマストア/ネクスタイド・エヴォリューション代表、NPO法人ピープルデザイン研究所代表理事。
大学卒業後マルイに入社。販売、債権回収、バイヤー、宣伝、副店長など、さまざまな職務を経験。次男が脳性まひで出生したことにより、37歳のとき14年間勤務したマルイを退職。2000年、マーケティングのコンサルティングを主たる業務とする有限会社フジヤマストアを設立。2002年、「意識のバリアフリー」を旗印に、ファッションを通して障害者と健常者が自然と混ざり合う社会の実現を目指し、ソーシャルプロジェクト、ネクスタイド ・エヴォリューションを設立。以降、「ピープルデザイン」という新しい思想で、障害の有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや多業種の商品開発、各種イベントをプロデュース。2012年にはダイバーシティの実現を目指すNPOピープルデザイン研究所を創設し、代表理事に就任。
初出日:2013.09.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの