働き方・働く場の研究と視点
KNOWLEDGE【著者インタビュー】
より良く働くための集い方を考える
『「行きたくなる」オフィス 集う場のデザイン』
オカムラ ワークデザイン研究所
リサーチセンター所長
花田 愛
大学院卒業後、岡村製作所(現オカムラ)入社。2023年より現職。空間デザイナーを経て、現在はコミュニケーションと空間環境をテーマに、これからの働き方とその空間の在り方についての研究に従事。大阪大学国際公共政策学部招聘教員、名古屋市立大学芸術工学部非常勤講師。著書に『オフィスはもっと楽しくなる はたらき方と空間の多様性』(共著、プレジデント社)がある。
リモートワークが浸透したことにより、
オフィスに「集う」働き方は当たり前ではなくなりました。
当たり前でなくなったからこそ、よりいっそうリアルで集まって働くことの価値が高まり、
「行きたくなる」オフィスづくりをすることが重要になりつつあります。
2024年春の新刊『「行きたくなる」オフィス 集う場のデザイン』の
著者の花田愛に、この本に込めた思いを聞きました。
本書の紹介記事は、こちらからお読みいただけます。
「集う」ことと「働き方」を見つめ直す
まずは、新刊『行きたくなるオフィス』はどのような本なのか教えてください。
花田愛(以下、花田):リモートワークが広がった今、「行きたくなる」オフィスとはどのような場なのか、人が集い新たな価値を創造するためにはどのような環境が求められているのか、ということをあらためて問い直した一冊です。
オカムラの研究所では、よりよく「働く」ための空間や働き方を提案するために、自分たちが働くオフィスを実験・実証の場と位置づけ、自社の製品や空間を体験しながら検証を重ねています。そのなかで、私は2010年頃から「働き方」や「空間」をテーマに、大学と共同でさまざまな研究を実施してきました。これらの研究を実施するには、計画・構想から論文発表まで約1年を要するので、この本は15年分の研究を集めた本とも言えます。
本書ではこれらの研究をあらためて整理し直し、リアルで集うからこそ生じる感情共有や体験が生まれる場のデザインについて、「働き方」や「家具の形状」といったさまざまな視点から、ユニークなイラストや図版とともに紹介しています。
具体的には、どのような研究を紹介されているのですか?
花田:まず、本書は「空間」「視線」「接触」「位置」の四つの章に分けて研究内容を紹介しています。たとえば「空間」の章では「『チームを活かす』オフィスはどんな場所か」というテーマでインタビュー調査の結果を図と共に掲載しながら、チームで集まりたいのはどんな空間で、チームで集まることの本質はなんなのか、といったことを考察しています。
「視線」の章からも具体例を挙げると、グループワークを行う際のディスプレイの位置や、横並びに座る際の仕切りの位置と集中度の関係など、家具の形状や置き方に関する研究の結果を掲載しています。
これまでの研究を本にまとめようと思った主な動機は何だったのでしょうか。
花田:自由に人と会えない時間を経験して、改めて「集う」ことを考えたいと思ったことが大きな理由です。
リモートと出社のハイブリットな働き方が浸透した今、オフィスに集うことは当たり前ではなくなりました。こうした経験を経て、リアルに時空間をともにすることの必要性や期待、価値がいっそう高まっているのではないでしょうか。こうした社会的な背景を受け、本にまとめようと思いました。
有識者へのインタビューも収録
書籍には、有識者へのインタビューも掲載されています。大西麻貴さん、百田有希さん、永井玲衣さんへのインタビューでは、どんな気付きがありましたか。
花田:インタビューを行った理由は、オカムラだけの知見ではなく、外部の有識者との対話を通じて、リアルに集まることの意味、集う場づくりにいま何が求められているのかを探りたいと考えたからでした。
まず大西さん、百田さんのお二人は建築家で、インクルーシブという言葉をキーワードにしながら場づくりをされています。さまざまな立場や考えの人が集まり、多様な活動を受けとめながら新しいものを生むための場をつくられていることが、大きな特徴です。
お二人へのインタビューで印象的だったのは、「年をとってから『いい場所だった』と思い出せる場が、働く場になるといい」というお話です。この言葉がきっかけで、人にはそれぞれお気に入りの喫茶店や公園など、その場所への思い入れがあるように、働く場所もそういう場になっていくといいと思うようになりました。本書のテーマである「行きたくなるオフィス」にもつながる視点で、これからのオフィスを考えていくうえでも重要な観点だと感じています。
永井さんへのインタビューはいかがでしたか。
花田:哲学研究者の永井さんは、全国各地で大人からこどもまでさまざまな世代の人たちとグループで対話をする「哲学対話」をされています。そこで、オフィスで対話をすることの考察を深めたいという思いから、永井さんにお話を聞きました。
本書でも解説しているのですが、チームの拠点に求めることを調査したところ、「相手の話を傾聴できる」「じっくり相手と向かい合える」など、かつては働く場所にあまり求められていなかった要望が出てきています。こうした調査結果も踏まえて、永井さんには「そもそも対話ってどういうものなのか」ということを聞いてみたかったのです。
インタビューでは、「対話と空間は似ている」という指摘が出たのが印象的でした。どういうことかというと、いつのまにか発生する対話も素敵だけれど、対話とは「今からここにいる人たちで対話をします」と意識的につくろうと試みるものである、ということが永井さんの考え方です。それは、「機能的な空間をつくっても、うまく活用されていないことがある」という私自身の問題意識と重なる部分がありました。
つまり、対話も空間もそこにいる人々に主観的になってもらうことが大切で、永井さんや私は人々が主観的になるためのアプローチをしていかなくてはならない、というのが永井さんの指摘の内容だったのです。「対話と空間は似ている」という発想は私のなかにはなかったことなので、ハッと目が覚めるような指摘でした。
行きたくなるオフィスとは?
『「行きたくなる」オフィス 集う場所のデザイン』は、どのような方におすすめの本ですか。
花田:主には、「デザインや建築にたずさわっている人」「働き方を考えていたり、オフィスを改善したいと思っている人」「オフィスに人を集めたい経営者やマネジメント層」の方々かなと考えています。
また、本書は問いへの投げかけから始まり、その答えを提示したあと、研究結果に基づく文章が続き、最後に研究方法をイラストや図版とともに解説する構成にしています。その影響か、大学の先生から「これからオフィスについて学ぼうと考えている人にもわかりやすい」「授業の参考文献にした」という感想をいただいたので、「入門書」という使い方もできるかもしれません。
最後に、この書籍を通じて一番伝えたいことはどんなことですか。
花田:人と会うことの制限がなくなったからという理由で、ただ単純にコロナ禍以前の状態に戻して働くのはもったいないなと思っています。せっかく大きな経験をして、そのなかでリアルな場所で体験できることの意義や、ゆるやかにつながることの大切さが見えてきたのだから、この価値を高められる場づくりをしていきたいです。働く人一人ひとりがこうしたことを意識しながら主体的に空間にかかわってもらうことも重要で、この本がその一助になれば嬉しく思います。
本書の紹介記事は、こちらからお読みいただけます。
また、全国の書店やAmazonでお買い求めいただけます。
『「行きたくなる」オフィス 集う場のデザイン』
2,200円(税込)
著者:花田愛
出版社:彰国社
発行日:2024年4月10日
単行本:208ページ
『「行きたくなる」オフィス 集う場のデザイン』の目次
空間
働き方が変わったいま、出社したくなるオフィスとは?
チームを活かすことができるのはどんな場所?
カジュアルな空間は、仕事のパフォーマンスを上げる?
視線
集中が途切れないのは、どんなスペース?
グループワークを活性化させる座席の向きは?
ノートパソコンは各自持参。それでも会議にディスプレイは必要?
接触
会話中の動きは、私たちのどんな意識を表している?
立ち話の最中、どこかに触れたくなるのはなぜ?
立ったまま会話をする2人の間に、テーブルは必要?
位置
2人の共同作業がはかどるのは隣の席、それとも?
四角いテーブルと丸いテーブル、共同作業にどう影響する?
立ち姿勢が仕事の効率を上げるって、本当?
ローテーブルやソファは、どんな仕事に向く?
インタビュー
大西麻貴(建築家)+百田有希(建築家)
永井玲衣(哲学研究者)
Interview & Text: 吉田彩乃
Photo: 竹之内祐幸
Production: Plus81