働き方・働く場の研究と視点
KNOWLEDGEスペシャルインタビュー 金森有子さん
国立研究開発法人国立環境研究所
社会システム領域・主任研究員
金森有子
2007年、京都大学工学研究科で博士(工学)を取得。
その後、独立行政法人国立環境研究所(当時)に入所し、現在に至る。
著書に、国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」(2014)がある。
国立研究開発法人国立環境研究所とオカムラが共同で行ったハイブリッドワークと地球環境に関する調査の結果を紹介した。その考察を含めて、「暮らしに関わる環境負荷」を研究する金森有子さんに、ハイブリッドワークがもたらす地球環境への影響について具体的に聞いた。
"カーボンニュートラルとハイブリッドワークの関係"
ーー働き方が地球環境に与える影響を分野を超えて試算
国立研究開発法人国立環境研究所に所属する研究者・金森有子さんは「家庭(住宅の内部)」を研究対象として、一人の生活者としての実感を大切にしながら研究を続けてきた。学生時代から一貫しているテーマは「家庭部門からの環境負荷の推計」。継続して取り組んできた理由は「家庭にまつわることであれば自分に関係があるし、具体的に想像できるから」だ。
国立環境研究所とオカムラが共同で行った「都市部におけるハイブリットワークの増加がCO2排出量に与える影響の分析」(ハイブリッドワークと地球環境)について金森さんは、「これまでの環境に関する研究は、産業や家庭、運輸のように、専門分野に分かれていました。今回の調査対象であるハイブリットワークは私の専門分野だけでは分析できないので、各分野を横断する研究チームを編成しました。一つの変化について複数分野を統合することは、これまでの環境の研究にないユニークな取り組みです」と話した。
そして、オフィスとオフィス外を行き来するハイブリッドワークが地球環境への負荷を高める結果になったことについては、こう見解を示した。
「この研究を始める前段階で、環境負荷は増えているだろうという仮説は持っていました。ハイブリッドワークが始まって確実に、自宅で利用するエネルギーは増えましたよね。仕事部屋で使う冷暖房もそうですし、昼食を作るガスもそうかもしれません。さらに、ハイブリッドワークが増えたからといって、通勤で利用する電車やバスといった公共交通機関の便数が劇的に減っているわけではありません。全員がオフィス出社をするのか全員が在宅勤務をするのか、きっちり二分できるなら環境負荷は減らせますが、それもまた難しい。現実的な視点に立てば、仮説とあまり違わない結果になったととらえています」
以前であれば研究者から企業へ環境負荷の研究の相談を持ちかけても断られていたが、今では逆に企業から相談が持ち込まれるようになった。企業の関心が高まった理由は明確だ。
「『カーボンニュートラル』で、2020年に当時の菅内閣が『2050年までに温室効果ガスの排出を±ゼロにする』と宣言したことが大きいですね。100%削減してゼロにするのか、80% 削減して20%余地を残すのかでは意味がまったく違います。完全にやり切るしか残された道はありません」
実際、グローバル展開する企業はカーボンニュートラルに真剣に取り組まなければ、中長期的に発展すると見なされず、取引が縮小する可能性すらある。それほどまでに海外企業の視線は厳しい。「日本国内でも損保をはじめとした保険会社は、脱炭素に積極的ではない企業を取引先から外す動きがあるほか、取り組み状況次第では、保険を契約できないケースもあります」と、金森さんは続ける。
企業が環境に対して取り組んだ結果が、環境報告書などで数字として明らかになる。評価が明確なだけに、積極的にならざるを得ない。
"オフィスで、家でできることを考える"
ーー 企業がオフィスでできることは運用の見直し
企業がカーボンニュートラルを目指すといったとき、製造業であれば工場の設備を見直すなどの対策をとっていくことが通例となる。では、ワーカーが働く場であるオフィスではどのようなアクションを起こせるのだろうか。そこで金森さんは、こう言葉に力を込める。
「まずは、オフィスの運用方法とオフィス面積の見直しをするべきです。今後もハイブリッドワークが定着していけば、以前と比べて出社率は下がることになります。そうすると、これまでのように全員分の席を常に用意しておく必要もなくなるので、固定席を廃止してフリーアドレスを採用し、出社率に合わせてオフィス面積を削減することができます。実際にこうしたアクションを起こす企業も出てきているようですね。この動きが広がれば、社会全体として環境負荷を下げる方向に進み始めるでしょう。さらに理想的なのは、出社した人が集まって、そのエリアだけ照明や空調を使うことです。ただ、今はまだ大空間のオフィスが多く、フロア全体で機器をコントロールしていることがほとんどなので実現は難しいかもしれません。エリアごとに照明や空調が調整できるようになると良いですね」
未来に向けてこうした意識を持ち続けることが重要だ。金森さんはこう続ける。
「今回分析した結果は、都市部において現状のオフィスの使い方ではCO2を大きく削減することはできないことを示しています。私自身、固定席を廃止したり、フリーアドレスを導入したりするのは先進的な企業だと思っていましたが、今後は環境への配慮の意味からもこういったオフィスデザインが一般的になるのかもしれません」
ーー 個人は、環境問題を自分ごとにできるのか!?
では、個人としてできることは何だろうか。
「一人ひとりに環境問題を自分ごととして捉え てもらうことはとても難しく、実は長年の課題な んです。自分の努力を数字で感じる機会があると すれば、『節電の努力をした分、電気代が下がっ た』など、料金明細を確認する時くらい。気候変 動の影響は実際にあって、異常に暑かったり局所 的に雨が降ったり、皆さん変化を感じているはず です。毎年のように日本各地で豪雨被害が起こっ て、命を落とす人もいる。それでもなかなか、環 境問題が自分ごとになりません。『100年に一度 の災害が起こるかもしれない』というメッセージ はよく耳にすると思いますが、今頻発している被 害はすでに、それに相当するレベルです。万が一 に備えて『子どもたちが安全に暮らせる環境を!』 と訴えたとしても、ピンとこない人も多くいます し、これを言えば全員に響くという話は、残念な がらありません」
しかし、ハイブリットワークが一般化してきた今、 環境負荷を減らすためには、企業の努力だけでな く家庭における個人の努力も不可欠になる。では、 個人に何ができるのか。
「在宅勤務であれば家の中で仕事場所を決めて、 その部屋だけエアコンを効かせるなど、機器のコ ントロールを意識することです。エアコンが必要 ない季節は、窓を開けても良いですね。オンライ ンミーティングなどでなければ、自宅を出て近く の図書館などを利用することも良いアクションで す。過剰に我慢したり、無理をしたりしなくても 良い。でも、カーボンニュートラルの実現はとても困難な目標なので、それぞれのワークスタイルやライフスタイルの中でCO2の削減に向けてできる取り組みを見つけ、実践し続けていく必要があります」
研究の結果は、ハイブリッドワークが普及していくことで環境負荷が高まるという現実を私たちに突きつけた。だが、金森さんはハイブリッドワーク普及に対して肯定的だ。
「以前のように全員が同じ時間に集まって働くという状況に完全に戻すのは現実的ではありません。朝のラッシュ時間帯に無理をして満員電車に乗って体力を消耗しながら出社するのは、健康にいいことではないですしね。これはハイブリッドワークに限ったことではありません。私たちの行動変化を肯定的にとらえながら、環境負荷を下げる方法を模索していくことが大事です」
働き方や暮らし方が多様になったということは、たった一つの正解を全員が実行するのではなく、それぞれの状況に合わせて策を練るべき時代になったということである。だからこそ、それぞれの企業が、あるいは一人ひとりが、2050年のカーボンニュートラルの実現に向けてどう働いていけばいいのかを考えなくてはならない。
Writer: 伊勢真穂
Photography: 伊藤司
Production: Plus81 inc.