働き方・働く場の研究と視点
KNOWLEDGEスペシャルインタビュー 松下慶太さん
関西大学社会学部教授
松下慶太
1977年、神戸市生まれ。関西大学社会学部教授。京都大学文学研究科、ベルリン工科大学訪問研究員、実践女子大学人間社会学部准教授などを経て現職。関東⇆関西の2拠点生活&子育て。メディア・テクノロジーによる新しい働き方・働く場所をメディア論の視点から研究。近著に『ワークスタイル・アフターコロナ』(イースト・プレス)『ワーケーション企画入門』(学芸出版社)がある。
メディア論・都市論を専門とし、
長年にわたって「はたらき方」の研究をしている松下慶太氏。
自身が関東と関西の二拠点生活を実践しながら、
関西大学での講義、全国各地での講演会の講師を
リアルとオンラインの両方で実施している。
仕事や職場、人との間における「はたらく距離感」について、
松下氏の考察を聞いた。
働き方は「ハイブリットワーク」に移行する
ーー コロナ禍を契機に、私たちの働き方は大きく変わりました。コロナ収束後、どのように定着していくと予想されていますか。
今後、テレワークとオフィスとを行き来する「ハイブリッドワーク」が、より普及していくでしょう。コロナ禍となる何年も前から、コワーキングオフィスの利用や、リゾート地でのリモートワーク、旅をしながら仕事をするデジタルノマドなど、ワークスタイルは多様化していました。では、コロナ禍を契機に何が大きく変わったかと言うと、以前はマイノリティとされていたそれらの働き方が、一斉に市民権を得て、急速に普及したことです。また、オンライン会議が一気に浸透する機会にもなりました。
働き方の新しい習慣について、コロナ禍後も続けたいものと、コロナ禍以前に戻したいものとが、職域や個人の志向によって混在しているのが今の状態です。良くも悪くも崩れてしまった「働き方」のスタイルを、ジグソーパズルのようにコロナ禍以前の元の姿に戻していくべきなのか。それとも、会社ごとに、あるいはワーカー個人が「どのように働きたいか」という明確なビジョンを描き、取捨選択しながらブロックのように組み立て直していくべきなのか。私は、後者が望ましいと考えています。
ーー 「ハイブリッドワーク」が定着していくなかでは、オフィスのあり方も見つめ直されていくと思います。オフィスの使い方や、備えるべき要素についてはどのようにお考えですか。
私は井戸的なオフィスから焚き火的なオフィスへ変容していくと考えています。どういうことかというと、井戸には生活に必要な水を汲みに行くように、井戸的なオフィスでは、大型プリンターなど仕事をするための設備が重視されます。一方、焚き火的なオフィスは、キャンプで火を起こせば、それに誘われて人々が集まり、語らいながら信頼関係を深めていくように、ワーカー同士のコミュニケーションが誘発されたり、一体感を高めたりするための家具や設えが重視される。リモートワークが定着して個々に仕事をする機会が増え、人とのつながりを求める声をよく聞くようになりました。そのため、オフィスは作業をすることより、ワーカー同士の信頼関係の構築や、チームワークを向上させるための機能が重視されていくでしょう。
とは言え、井戸的オフィスが完全に不要になるわけではありません。業種や職務内容によっては、会社の設備がないと進められない仕事もあるからです。そのため、オフィス環境を見直すときには、井戸的要素を拡充するのか、それとも焚き火的要素を新規で備え付けるのか、それを明確にする必要がある。
オフィスに必要なものを精査する過程は、引き算の過程でもあります。その会社や、チームのメンバーにとって本当に必要な要素が何かを考え、それだけを備える。それは、会社のアイデンティティを見直す機会にもなるはずです。
オンライン会議は、メリットにも着目する
ーー いかに効果的にオンライン会議を行うか、という課題もあります。どのような心がけや工夫が必要でしょうか。
オンライン会議のやりにくさに対する指摘については、時とともに人々が使い慣れていくはず、と楽観的に見ています。これからの議論で重要なのは、メリットを意識したうえで、オンライン会議を行う必要があるか、チャットでも済む内容か、あるいは対面がいいのかを精査することです。また、事前確認により、対面とオンラインのどちらが有効かを精査することもできます。私自身は、取材や講演の依頼をいただいたときに「オンラインでもいいですか?」と聞いています。写真撮影が必要な取材なら対面で行うし、オンラインでも可能なら、自分の居場所がどこであっても実施できて融通が利くからです。
では、オンライン会議にはどんなメリットがあるのか。私自身が大学でオンライン授業をしている経験からお話しすると、学生とのコミュニケーションが豊かになりました。というのも、オンラインに移行してチャットやメールで質問を受け付けるようになったことで、教室の中では控えめだった学生たちが積極的に発言するようになったのです。集団のなかだと、どうしても主張の強い人たちばかりが目立ち、そうでない人の存在感が薄くなりがちです。会社でも同じことが言えますよね。外見で人を判断するルッキズムの問題や、ダイバーシティ化といった課題もありますが、対面の会議ではどうしても声の大きい人の意見が通りやすくなってしまう。それがオンラインではフラットになる。それは、大きなメリットと言えるでしょう。
企業においては、「オンライン会議」という漠然とした呼び方をやめると、効率的に進むはずです。たとえば、「インタビューで松下に何を聞くかを話し合うための15分」と言ったように、具体的にする。事前に情報を整理すると、「この内容なら、メールやチャットのやりとりで済む」といったように、無駄な会議のカットにもつながります。
ーー オンライン会議でアバターを使用することも工夫のひとつですが、その是非について松下さんはどのようにお考えですか?
私はアバターの使用に賛成です。一般的に、オンライン会議の課題として「顔を見ないと雰囲気や空気がわからない」という点が挙げられます。その際、アバターはマイナスにとらえられがちです。本人の顔が見えないと信頼感が生まれない、と。それに対して、私には二つの主張があります。
まず、アバターが「仕事用のキャラクターの設定」だとすると、オフィスで働いたり、対面で過ごしていたときにも、仕事モードの自分を演じていたはずです。周囲も仕事とプライベートの切り替えを求めています。それをバーチャルで具現化したものがアバターだととらえれば、むしろアバターの方が仕事モードの自分を演じきれる可能性もあります。
もうひとつは、アバターによってビジュアルの平均化することで、対面での会議よりも発言しやすくなる人もいるのではないでしょうか。フラットなコミュニケーションが生まれるかもしれません。
一人ひとりが、ワークスタイリストになる社会へ
ーー 松下さんは、「働きたいように働ける社会」の実現を提唱されていますね。
このインタビューのテーマである"はたらく距離感 "を考えることは、「自分がどう働きたいか」を突き詰めていくことでもあります。たとえば、大学で自分が受け持っている授業においては、オンライン授業が主流になっている今の状況では学生同士のつながりは生まれなくても仕方ない、と割り切っています。なぜなら、個々の研究を進めるうえで、つながりはそこまで重要ではないから。一方、会社では、部署やチームで一緒に事業を構築していくことが多いから、一体感を持つことが重要でしょう。このように、組織の特徴を考慮しながら、目的を遂行するために何が大切か、優先順位をつけながら働くことが重要です。
リモートワークも取り入れながら、人との距離感を縮め、一体感を維持・向上させるにはどうしたらいいか。一つには、対面で話し合いをする機会には嗅覚、触覚を一緒に体験できる何かを取り入れるのが有効だと私は考えています。嗅覚、触覚は、今のところオンラインでは共有できないからです。
自分がどう働きたいか、そのためには何を大切にすべきか、それらを見極めながら、一人ひとりがワークスタイリストとなって生き生きと働く社会が実現することを、私は期待しています。
Interview & text: 吉田彩乃
Photography: 竹之内祐幸
Production: Plus81 inc.