働き方・働く場の研究と視点
KNOWLEDGEスペシャルインタビュー 大澤正彦さん
日本大学 文理学部 助教 / 専修大学 兼任講師
「全脳アーキテクチャ若手の会」設立者
大澤正彦
「ドラえもんをつくる」という夢を実現するべく、慶應義塾大学理工学部に入学し本格的に研究を開始。在学中に「全脳アーキテクチャ若手の会」を設立し、卒業後は慶應義塾大学大学院 理工学研究科へ進学。20年2月には初の著書『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書)を出版。同年4月から日本大学文理学部助教に就任。
感染症予防や効率化、利便性の面で、
今後、オフィス内のデジタル化・ロボットの参入が進むだろう。
たしかにメリットは多いが、" 人間らしく働くこと" について、
今一度見つめ直す必要がありそうだ。
「ドラえもんをつくる」という目標を掲げ
人工知能を主軸に研究をしている大澤正彦さんに、
これから必要とされる変化について話を聞いた。
心を通わせる時間をなくして、
健康的に働くことは難しい
大澤さんが研究しているのは「Human-Agent Interaction(HAI)」と呼ばれ、エージェントと、人間との相互作用に関する領域。「エージェント」とは、AI やロボットを含む、自律的に行動する主体の総称を指している。
大澤さんは、ドラえもんをつくるという幼い頃からの夢を現実にすべく、「心を感じるエージェント」を生み出そうと奮闘している。これからの時代、「人と心を支え合うロボット」が求められるようになると考えているそうだ。
「ビジネス面での需要も高いですし、今は『人間の意思決定を代わりにやってくれる人工知能』に注目が集まっています。車の自動運転機能もそうですよね。人間の負担を減らし、役に立つ機能が重要視されています。
けれどこの先デジタル化が進み、効率化だけを重視したエージェントがオフィスに増えてしまったら、私たちの心は人と人とが密接にあったビフォーコロナよりも、健康だと言えるでしょうか?」と、大澤さんは問いかける。
人と顔を合わせて仕事をする時間が失われていく最中、これからは「役に立つこと」と「可愛がられること」の双方を持ち合わせたエージェントが、人の心を支えていくと考えているのだ。
「心を感じさせるエージェントの進化」が、
世界を進歩させていくだろう
「成功例として広く知られている人工知能の多くは、『役に立つこと』と『可愛がられること』のどちらかに特化しています。Pepper は前者、心を感じさせるaiboやLOVOTは後者ですね。これまでの研究と技術では、『心を想定される、かつ人の役に立つ』というエージェントを実現するのが難しい状況にありました。
けれど大澤研究室では、実際に人と意思疎通ができるドラえもんの秘密道具のひとつ『ミニドラ』のようなロボットの開発に力を入れていて、共通言語を話せなくとも、可愛くて役に立つという設計は現実的に落とし込めてきているな、と感じています。これからどんどん性能を高めていく予定です」。
人の心を支えるエージェントの研究を現実的に進めている一方で、大澤さんは「ドラえもんがいつ完成するのか?」という問いには明言していないそう。
「何をもってドラえもんが完成したと言えるのか?を考えたときに、僕の中には『みんながドラえもんだと認めてくれたら、ドラえもん』という答えが生まれました。機能や設計という面ではなく、人から心を想定されて『ドラえもんだ』と認知してもらえることを目標としています」。
これからのエージェントは、生身の人間にしか担えない
と思われていた業界の一助になる
映画では、人間とロボットが共存する世界の描写は珍しいものではないけれど、私たちの働く場所で、エージェントが具体的に参入してくる未来はまだまだ先のように感じてしまう。それほど遠くない未来に、実現可能なことなのだろうか?またその未来が訪れたときには、従来の働き方のどんな課題が解決されるのだろうか?
「実際にエージェントが人の心を支えるようになる未来は、『早くて数年後に実現できる』と言えるくらいの技術要素はすでに揃っています。
実現した次のビジョンでは、介護や保育といった、生身の人と人とでしか成り立たないとされていた業界に参入の余地があると考えています。人の心に寄り添う仕事はコストが高く、進化させるのが難しい状況にあります。なので今は、心を想定されない分野において、AI の技術開発のスケールも予算も拡大されていっていますが、僕は『人を幸せにする』ということにイノベーションを起こしたい。そういう思いで、HAIの研究をしています。例えば育児や介護中の人が疲れたり外出したい時に、安心してエージェントに任せられる。そうやって人とエージェントが支え合う、次の世界に進んでいきたいです」。
課題を解決する仲介者を、AIが請け負う
次の世界の先駆けとして、エージェントの参入がすでに始まっている分野もある。なかでも大澤さんが成長させるべく注目したのは、クレーム対応の業務。人工知能の能力を活かして、ワーカーの精神的負担をエージェントが軽減する役割を担うことができそうだ。
「今共同研究をしているサイバーエージェントでは、過去にクレーム処理のチャットボットを研究していました。クレームに対して直接自動返信をするのではなく、クレーマーとスタッフの仲介人になる役割なんです。bot がスタッフの肩を持つのではなく、クレーマーの心情に寄り添い、理解者として会話をすることで、クレーマーがスタッフに寛容になる、という構図をつくることができます。
クレーマーとスタッフのように、人と人の繋がりがネガティブに働いてしまう、特に一対一の人間関係がうまくいかないときに、第三者の介入によって関係が改善されることがありますよね。僕はその役割を、エージェントが担える場面はとても多いと思っています」。
ネガティブな人間関係を改善する、という役割だけでなく、新たな友好関係をオンライン上で構築するうえでも、エージェントが役立つと大澤さんは言う。
「大人数が集まる空間で起こる課題のひとつして、『誰と繋がるべきかわからないから、逆に孤立してしまう』というものがあります。オンラインのセミナーなどでも起こりますよね。そういった場面で人工知能の技術を活用すると、共通点を持っている者同士を見つけ出し、会話の提案をすることができます。アンケートなどから共通点を探し出す機能を導入すること自体は、難しくありません。
オンラインのコミュニケーションが主流になると、『新たな人と繋がる機会が減る』という課題を、エージェントが仲介者になることで解決できるわけです」。
これからの働き方で大切なのは、個人と組織のかけ算
最後に、これからの働き方について重要視しているポイントについて話を聞いた。大澤さんは、日本大学文理学部助教としてだけでなく、若手のAI 研究者を中心に分野横断的な交流をめざすチームを設立し、年齢・経験歴・職業・各々の目標も多様なメンバーと研究を行なっている。強い組織づくりに注力をしていくなかで、「これからは個と組織のかけ算が重要」という答えを見つけたそうだ。
「研究室に協力してくれている社会人メンバーは、本業と掛け持ちしながらプロボノとして参加してくれています。自分の価値軸を持ちながら、組織のなかで仲間たちと考えを共有し合い、認め合い、助け合うことで、個人の能力は何倍にも大きくなるもの。
よく僕は『ウニのようなチームでいたい』と言うのですが、それぞれ尖った武器を持ちつつ、協力して共に進んで行くことを指しているのです。多様な要素を持っていながら、オープンに人を受け入れられる組織はとても強いと感じています。
僕にはもともと、『世の中を良くしたい』という強い思いがあったわけではありません。けれど、ドラえもんの研究をしていくうちに多くの仲間たちと出会い、彼らのことを幸せにしたいと強く思うようになりました。ドラえもんの研究を中心に、周囲の人と助け合いながら、多様な価値観と共存していく輪を、広げていけたらと思っています」。
Interview & text: 星佑貴
Photography: 竹之内祐幸
Production: Plus81 inc.