そもそも守山市は街道のまちで、市役所もまさに街道に沿った、宿命づけられたような場所にあります。そうした“ノード(node)”...節のような場所にあることで人が集まるし、街全体に対しても街道の存在が浮かび上がります。こうした歴史も、市民の皆さんに改めて伝わるといいなという想いとともに設計しました。
自らの“場所性”に
誇りを持つことはとても大事
できるだけ守山の地元の素材を使いたいという想いを伝えて、スタッフがいろんな材料を探し出してくれました。ですから、まさか近江牛の革を応接室の椅子に使えるとは思いませんでしたし、琵琶湖沿いで集めた葦を壁材に使うというのも新しい発見でした。建築を通してそうした地域らしさを伝え、感じてほしい。自分の“場所性”に誇りを持つことはとても大事で、ぜひそういった機会になってほしいのです。琵琶湖の周りには面白いところがたくさんありますし、私は琵琶湖周辺の文化をもう一度見つめて盛り上げようという近江のプロジェクトにも参加しています。改めて学ぶことがたくさんあり、とても興味深いです。
“カタチの建築”以外でも
“素材感”や“肌触り”が大切
市役所の各所にあるサインのグラフィックデザインも含めた空間づくりを行いました。そうした部分まで建築と連動してできたことも、大きな特徴だと思います。また、家具の選定や配色にまで関わった設計事務所というのは、新たな方向性だと感じます。建築家は建築だけ、ではないところに可能性があるでしょう。
僕らは、それぞれを構成する素材の質感にすごくこだわるのです。“カタチの建築”というものももちろんありますが、“素材感”“肌触り”というものは人間に大きな影響があります。カーペットもそうですね。人が足で踏むところですから、床の素材はとても大事にしています。居心地のよい空間にするために、平面図だけではなく、そこにどのような素材や家具や照明を当てはめていくかによって、まるで変わってきます。住宅を設計する際に、カーペットやソファや照明を選ぶのとほとんど同じような気配りを持つことが大切。これからは“住宅を設計するように庁舎を設計する”時代になるかもしれませんね。また、フロアによって気分が変わることも大切です。階をまたいだ動線というのも、今回よく考えた部分です。
働くことの楽しさが
市民の皆さんにも伝わってくる
市役所ではよく窓口のことが話題になりますね。窓口がいかに効率的で分かりやすく使いやすいかが問われますが、そこで働いている人たちに楽しく働いてもらわないといけません。その楽しさが窓口のこちら側の、市民の皆さんにも伝わってくる。だからこそこれからの時代、行政や役所のあり方としては、働く環境はとても大事だと思います。得てして民間企業はオフィス環境を大事にし、それがリクルーティングなどにもつながるでしょうけれど、行政は民間ほど働き方を大事にしないところが今までありました。守山市の場合は、市長さんも含めて皆さんが働く環境、働き方にとても関心があったからこそ実現した空間ですね。
コロナ禍もきっかけになり、リモートでの働き方も一つの選択肢になってきました。ただしこれを一過性のものにするのではなく、“どういうふうにこれからの働き方を、より人間的なものにするか”“よりユニバーサルにいろんな人が活き活きと働けるように、どうするか”を考えることにつなげてほしい。例えば、子育てをしている人もより楽しく働ける社会にするべきです。行政や市役所が、そうしたことのリーダーになってくれたら素敵だと思っています。
建築から市民とつながるような
温かさや柔らかさが必要
市役所の庁舎が“City Hall”として見直されてきているのが、ここ10年ほどの新しい出来事だと思います。ヨーロッパのCityHallはまさに市民ホールが中心で、広場に面してレストランがあってその向かい側に教会があるなど、市民にとっては生活に密接に関わるリビングルームのようなものです。これからは日本の庁舎ももっと市民の生活とつながるものに変わっていくでしょう。そのためには建築の力はとても大きいですし、建築から市民とつながる温かさや柔らかさが必要です。それにプラスして行政側からも市民を巻き込むような仕掛けが出てくるとうれしいですね。守山には可能性のある空間が生まれましたが、さらなる整備による最終形が楽しみですよ。市民の皆さんにとって、ますます市役所が大人気のスペースになるかもしれません。
隈 研吾 Kengo Kuma 建築家
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。50を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。