ドローン実用化に向けて
──それから実用化に向けてどのように進めていったのですか?
まず最初に手がけたのは、先ほどのドローン動画の制作です。まだ誰も見たことがないサービスを作り出すためには、そのサービスが実現された社会を共有することで、はじめて共感が生まれ、サービスの実用化に向けて進めると思ったからです。そこで、早速ドローンメーカーと協力して宅配用のドローンを開発し、2015年4月に徳島県神山町で1回目のテストフライトを実施しました。
──結果はどうだったのですか?
テストフライト自体は概ね成功しました。ただ、まだ日本のドローン業界は、人にたとえるなら赤ちゃんの状態で、ラジコンの延長で技術的には実用化のレベルにまだまだ至っていません。しかしながら、ちょうどホビー用のドローンの「ファントム」も発売開始され、これからドローンは世界的に注目を浴びるのは間違いない、そうすればドローン技術は驚異的なスピードで進化していくから問題ないだろうと確信できました。これをビジネスにするために課金の方法など、継続できる仕組みは考えなければいけないけれど、サービスの物理的な部分に関しては十分実現可能だと手応えを感じました。
また、フライト前に心配だったのは、実験を行う神山町に住んでいるシニアの方々が、実際にドローンを見た時にネガティブな反応をされることでしたが、実際には「こんなものを見られる時代まで生きててよかったわ」というポジティブな反応をしていただき、ホッとしたのを覚えています。案ずるより産むがやすしですね(笑)。
──では「ドローンが落ちて事故でも起こったらどうするんだ」というようなネガティブな反応はなかったわけですね。
そうですね。そういう不安や心配よりも、わざわざ遠くまで買い物に行かなくても、ほしい商品を自宅まで届けてもらえて便利な世の中になることのメリット方がシニアにとっては大きいんだなと感じました。
──今年(2016年)2月にも実証実験を行ったそうですが、これはどういうものだったのですか?
国交省の物流政策課と共同で徳島県那賀町鷲敷地区で行いました。新聞、テレビ、ネットなどのメディアでもドローンに対する懸念や反対意見が多く出てきていますが、実際の生活圏での物流実験はされていなかったので、実際にドローン飛ばした時に、地域の方々や、サービスを体験した方の反応を調査したいと考えていました。
ドローンの出現によって新しい航空法が制定されましたが、それらをすべて守った上で実際に人が暮らしている地域でドローンによる貨物輸送サービスを実施することで、初めて見えてくる問題があります。そこで、最初のテストに比べて実用化を見据えたより実践的なテストで、サービスの実用に向けた課題の洗い出しと優先順位の決定、その解決策の考案を目的に行いました。
飛行距離は500m、速度は3m/s程度、高度は50m程度で、フライト数は1往復の2回。離着陸のみ手動操作で、飛行は自動航行でした。使用したドローンは、最大積載量6キロの8軸ローターのマルチコプターです。飛行ルートは、地域の新聞販売店そばの駐車場から、モニターのシニアの方の家のそばの畑に設定しました。当日は雨天にもかかわらずたくさんの町の人たちが集まってきてくださり、注目度の高さがうかがえました。
ドローンの操作方法
──具体的にどうやってドローンを操作したのですか?
ドローンの離陸時と着陸時の上げ下ろしは、人がコントローラーで操作しますがあとは自動飛行です。つまりA地点から上空50mに上がるまではマニュアル、その後はオートパイロット、B地点上空から地上に着地させるのはマニュアルという感じです。ただ、現在の技術でも離陸、飛行、着陸のすべてを自動でできるのですが、安全性を考えて離陸と着陸は人の手で行っています。
──でも離陸地点から500m先の着陸地点は目視できませんよね? その部分はどうやっているのですか?
まだ実験段階なので、操縦者は出発地点からドローンを50m上空まで上昇させたら、車の助手席に乗って自動で飛行するドローンの下を走りながら着地点まで移動して、到着したらホバリングさせて着地させました。ちょっとした裏話ですが、車はコントローラーの電波が届きやすいオープンカーが望ましかったのですが、四国のレンタカー会社にはオープンカーがなかったんです。そこで、大阪支社のスタッフに、大阪のレンタカー会社でオープンカーを借りてもらい、徳島まで乗ってきてもらいました。町の人には「なんでこんなかっこいい車で実験するんだ」と言われたんですが、「いや、これしかないんです」と(笑)。
──実証実験の結果はどうだったのですか?
飛行実験自体は無事成功しました。当初の思惑どおり、いろいろな課題が見えてきて、実用化に向けてまた大きく一歩前進しました。
──見物に集まった住民の反応は?
町の人たちはドローンを絶対に飛ばしてほしくないのではなく、事前に告知してくれれば飛ばしていいよという感想が多く聞かれました。実際に実験を行った地域の方も、非常に協力的で、その時間は飛行ルートを避けて通らないようにしてくださったりしていました。そういう意味でも運用ルールを作れば実現可能という確信が得られましたね。モニターとなってくださった80代のおじいちゃんは、この地域は買い物に行くのに車は欠かせなくて今は運転しているけど、近い将来、運転できなくなる時が必ず来るからそれまでに実現してほしいとおっしゃっていました。
──最初に実験した時のドローンと比べて技術的にどの程度進歩しているのですか?
機体自体はそこまで大きくは進歩していないのですが、飛行時の安定性やGPS電波の受信性などが向上したことで、より安全かつ正確に目的地まで飛行して帰ってくることが可能になりました。ドローン技術は日進月歩で進歩し続けています。
事故のリスク対策
──事故のリスク対策は具体的にどのようにとっているのですか?
実際に生活圏で飛行させてみて考えているのは、機体の安全性を高める仕組みと同時に、運用ルールで回避していくのがよいと考えています。絶対に落ちないドローンを作るのは不可能ですし、そのための技術追求をするよりも、落ちても二次被害が起こらないような運用ルールを作るのが現実的だと考えています。例えば落ちても危険のない、人や車が通らない安全な飛行ルートを確保したり、人や車が通るルートでもドローンが上空を飛ぶ時間帯は町内放送などで告知をしたり、ドローンを飛ぶ時には大きな音を出すなど注意喚起をして運用すればよいのではと思っています。
あと、もう1つ恐いのが山の中に落下した時。バッテリーがリチウム電池なので傷つくと発火の恐れがあり、山火事になってしまうリスクがあります。そうならないように、なるべく飛行ルートを川の上にするなどして二次被害を防ぐようにしています。このように、安全な飛行ルートをきちんと確保することと、町の中での事故を防ぐためのルールづくりが運用面での一番のリスク回避になるかなと思っています。こういったことをドローンの危険性などに不安を感じている方にお話しすると、多くの方に納得いただけるので、きちんと丁寧に説明を重ねていく必要性は感じています。
鯉渕美穂(こいぶち みほ)
1977年東京都生まれ。MIKAWAYA21代表取締役社長
雙葉学園中学・高校卒業後、東京理科大学経営工学部へ。卒業後、外資系大手コンサルティング会社入社。 国内大手製薬会社や公団民営化に伴うプロジェクトに会計コンサルタントとして参画。外資系ソフトウェア会社を経て、人材育成コンサルティングに入社し、法人向けの教育研修事業部のマネジャーとして部署を統括後、シンガポール現地法人のディレクターとして海外拠点を立ち上げ、新規事業推進に従事。2014年10月、シンガポール駐在時代に知り合った友人に請われ、地域密着で子供からシニアまで安心して暮らせる社会の実現に取り組むベンチャー企業「MIKAWAYA21」株式会社の代表取締役社長兼COOに就任。2014年12月に長女を出産。現在は経営者、一児の母として仕事と育児の両立に励む日々。趣味はテニス、ゴルフ、車、茶道。
初出日:2016.08.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの