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2015.10.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

山伏のメリット

──他に山伏のメリット、山伏になってよかったと思うことは?

東龍治-近影6

これもよく聞かれるんですが、特にないんですよね。しいて言えばお行儀がよくなったこと。あとは日常生活を普通のことだと思って何も考えずに生きるか、行だと思って生きるかが普通の人と山伏との最大の違いで、行によって考え方が変わって生き方が変わったことでしょうか。僕がそうなったのが得度以降ですからね。以前、師匠から教えていただいてものすごく印象に残っていることがあります。暑い中、山の中を歩いているときに、ひゅっと涼しい風が吹くと、気持ちいいなあ、ありがたいなと感じました。そのとき師匠が「東くん、それが仏様の教えだよ」とおっしゃいました。つまり、生きていればつらいことや苦しいことの方が多いでしょうが、たまにうれしいことや楽しいこと、幸せだと感じることがあります。そのときに心から感謝できるようになり、生きていること自体やこの世界そのものに対してありがたいと思えるようになりました。こういう心持ちになれたことは大きいと思います。


山伏になった経緯

──どういう経緯で山伏になったのですか?

大元には祖父の存在があります。祖父はとても信心深い人で、自宅の仏壇は毎日拝んでいたし、お寺に行く機会も一般的な家庭よりは多かったんです。仏教がかなり身近な環境で育ったので自然と興味をもつようになり、幼い頃から僕も祖父と一緒に仏壇を拝んでいました。中学、高校に上がっても毎日朝と夜に仏壇に手を合わせる習慣は続いていました。とはいえ日常的に仏教徒らしいことをやっていたわけでもないんですけどね。本当に仏教にのめり込んだのは大学に入ってからです。

小さい頃から日本の歴史に興味があったのですが、日本史と仏教って密接な関係にありますよね。日本史を学ぶ過程で仏教のことをもっと知りたいと思っていたところ、父親から「大学に行って何を勉強するんだ」と聞かれました。当時、チベットや敦煌などの中国仏教に少し興味があり、それらを勉強したいと言っちゃったので、仏教系の大学の文学部史学科に入学しました。だからお坊さんになりたいから仏教系の大学に入ったわけではないし、今でも本職のお坊さんになるつもりはありません。


──仏教のどういうところに魅力、興味を感じたのですか?

それがいまだによくわからないんですよね。小さい頃から何となく身近なものでもあったので、その方向に行くのが自然だったんでしょうね。


──大学ではどのような勉強を?

東龍治-近影7

学部のときは呪術的なものに興味があったので、平安、奈良時代の陰陽道などについて勉強していました。また、僕の地元は長野県なので、山岳信仰にも興味をもったのですが、学部で勉強してきたことが浅いからもっと深くちゃんと勉強したいと思っていました。また、小さいころから博物館の学芸員になることが夢で在学中は東京の博物館で資料整理のアルバイトをしていました。学芸員になるためには最低でも修士号くらいは取っておかないという思いもあり、大学院に進学しました。山岳信仰について何からどう調べたらいいかわからなかったのですが、たまたま同級生と話しているときに何となく山岳信仰の研究をしたいんだと言ったら、「それなら僕の父親は住職でありながら修験道の先達、山伏をやってるよ」と。彼が日光にあるお寺の息子だということは知っていたのですが、お父さんが山伏だとは知らなかったので、ぜひ紹介してとお願いしてすぐお寺にうかがいました。

そこで住職に修験道についていろいろ教えていただいたり、自分でも調べて論文をまとめたり、山伏の修行に参加する過程で、とんでもない世界に入っちゃったのかもと思いました。特に人びとの幸福のために厳しい修行を行う住職の姿を見て心を打たれ、それをただ見ている側じゃなくて自分も実際に修行を行う側へ行きたいと思ったんです。

また、当時はこの先の人生を生きていく上での確たる柱が定まっておらず、ふらふらしている自分を変えたいと強く思っていました。仏の道に入り、山伏になればまともな人間に変われるのではないかと思い、その住職、今のお師匠に「得度したいです。弟子にしてください」とお願いして弟子にしていただいたんです。その直後、大学院在学中の25歳のときに得度して、以来山伏として修行しているというわけです。


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東龍治(ひがし りゅうじ)(法名:瑞龍)

東龍治(ひがし りゅうじ)(法名:瑞龍)
1976年長野県生まれ。

大正大学文学部史学科・同大学院博士前期課程修了。大学院在学中に得度し、山伏に。大学卒業後は東京都、国際マイクロ写真工業社を経て、2013年からソニー生命保険株式会社のライフプランナーとして勤務。平日は会社員として働き、休みの日には山で山伏として修行を行う。妻である漫画家・イラストレーターのはじめさん、小学1年生の娘の3人暮らし。はじめさんのコミックエッセイ『ウチのダンナはサラリーマン山伏』(実業之日本社)でサラリーマン山伏の実情がコミカルに描かれている。

初出日:2015.10.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの