「なんで展」での新しい気付き
小笠原舞さん(以下、小笠原) 8日間の開催期間中、前半の方は遊びに近くて、後半はアートに近づいたと感じました。作品の中には来場者の手によって時間の経過とともに変化していくというインストラクションアートもあったのですが、私たちの意識もたぶん日々変化して、2日目からこの部屋は必ず先に説明を読んでもらってから回ってもらうようにしたら1日目と雰囲気が変わったり。そういう意味ではまさに私たちにとっても実験だったし、遊びとアートってすごく近いけど、違う部分もあるということを体感できた。例えば幼児は単にこれはアートだよと言われてもなかなか理解できないけど、大人がどういう言葉をかけてどういう環境を設定するかで全然説明しなくてもアートにもなる。でも説明がされないとただの遊びになる。そのへんがすごくおもしろかったですね。
菊池宏子さん(以下、菊池) そうそう! それがすごくおもしろかったよね。いろんなパターンがあって、私たちの予想どおり子どもたちが飛びつくものもあれば、逆にこれはちょっと難しいかなと思いつつ挑戦的に出したインストラクションアートが意外とすんなり受け入れられたり。それらの作品の中で私が一番びっくりしたのが、たくさん絵本を置いて、その絵本の中に自分を描き込むという「自画像の作品」と題したインストラクションアート。ただの白い紙に自分を描くのではなく、世の中にすでにある物語の中に自分をはめてみるということがそもそも自我を見つめるということなんじゃないかと思ってつくりました。ところが、絵本を前に立ち止まる人がすごく多かったんですよ。絵本に絵を描いていいんだっけ? みたいなことを親御さん同士で話していたり、子どもはほんとに描いていいの?と親の顔色を伺い、いいよと言えば描き始めるんだけど、そこにも程度があったりして。
そんな状況の中、一人の親御さんに言われたことが印象的で。「自分が子どものときに読んだ絵本を娘にも読ませていて、絵本は落書きなどせず丁寧に扱うように躾けていたけど、私も子どものときに絵本に絵を描いておけば、今の子どもが私が描いた絵を見てそこに絵を書き足して、またその子どもがその絵本を見たときにどういうストーリーができるんだろう」という話をしてくれたんです。その時、インストラクションアートは、きっかけさえあれば、自分の世界に入り込み、果てしない想像力をかきたてる役割があるんだと改めて思い、感慨深いものがありましたね。そういうエピソードがインストラクションアートによって一つずつあるんです。
小笠原 今回8日間で27のインストラクションアートをやってみたんですが1つを1日かけてやって親子の行動観察をもっとしたいなと思ったし、それを通して今の社会の親子のあり方とか家族のあり方とかが見えてくるんじゃないかなと思いました。子どもが興味を持つインストラクションアートもさまざまで、ひたすらクリップをつなげるインストラクションアートが好きな子もいれば、自分をじっくり描いている子や、ずっとトイレットペーパーを出し入れしている子もいました。子どもたち自身も自分の好きな世界を探求して好きな場所で留まるということもわかりました。またあそこに行きたいとママに言ってる3歳の女の子もいるんですよ。
菊池 それはすごくうれしいよね。さっき舞ちゃんも言ってたけど、今回はアートの展覧会という位置づけで、それを全面的に表に出さなかったし、舞ちゃんとコラボしたからということもあって普段美術館に行く層とはちょっと違う方々が来てくれたこともうれしかった。実際来てくれたアート側の人は、これだけの前衛アートを親子がやってるというシーンにかなり衝撃を受けたと言って驚いていました。
一般的に、現代アートって限られたある層が内輪で楽しむものというメージがあると思うのね。でもそうじゃなくて本来、日々の生活や世の中をちょっと違うレンズで見たり、考えたりするのが現代アートだから、そこに引き戻していくための一つの手法として今回の「なんで展」みたいなものは有効で、今後もどんどんやっていきたいと思った。同時に一人のアーティストとして「なんで展」をやることによって、現代アートのおもしろさは伝え方によっては多くの人びとに伝わるんだなといういい自信にもなったので、すごくやってよかったと思いますね。
小笠原 私も今回の「なんで展」を通して、現代アートは身近なものだということがわかってよかった。新しい見方や考え方に触れに行くために美術館があったり、その橋渡しをしてくれるアーティストがいるんだなと。親子で過ごす何気ない日常の時間、例えばなんでお花はあんなにきれいなんだろうとか、なんで雲があんな形なんだろうとか、なんで空はあんな色なんだろうとか、普段子どもと歩く散歩道の途中に見えるあらゆることがアートになるし、それに気づければ子どもとの時間がより楽しくなる。それをとにかく多くの親子に伝えたい、広げたいという思いが強くなりました。
菊池 私も同じで、現代アートって、実は身の回りにあるどんなものでもできる。今回の展覧会でもasobi基地で使ってる紙コップやひもやトイレットペーパーなど、日常にあふれているもので子どもや大人の創造力を研ぎ澄ますような場にもたぶんなっただろうしね。
小笠原 現代アートは難しくないよという(笑)。子どもたちがもってる力をそのまま出せるような環境を残しておきたいと思っていろいろ活動していく中で、大人たちがそれに気づくか気づかないかということが一番の大きい分かれ道だなと。そこが変わっていくと家庭が実験室になって、ゆくゆくは世界が変わっていくと思う。その大人の意識をどう変えていくかという問題を解決するための一つの方法論として企画してみたのが、今回の現代アート×幼児教育の「なんで展」だったのかなと。結果はすごく有効で、やってよかったと思っています。
菊池 うん。同感!
菊池宏子(きくち ひろこ)
1972年東京都生まれ。アーティスト/米国・日本クリエィティブ・エコロジー代表
米国在住20年を経て、2011年より東京を拠点に活動。アメリカでは、MITリストビジュアルアーツセンターやボストン美術館など、美術館、文化施設、コミュニティ開発NPOにて、エデュケーション・アウトリーチ活動、エンゲージメント・デザイン、プログラムマネジャーを歴任。ワークショップ開発、リーダーシップ・ボランティア育成などを含むコミュニティエンゲージメント開発に従事し、アートや文化の役割・機能を生かした地域再生事業や地域密着型・ひと中心型コミュニティづくりなどに多数携わる。帰国後、わわプロジェクト、あいちトリエンナーレ2013などに関わる。立教大学コミュニティ福祉学部、武蔵野美術大学芸術文化学部の兼任講師、NPO法人アート&ソサエティ研究センター理事なども務めている。現在は、アートを使って見えないものを可視化する活動に取り組むNPO法人inVisibleの設立準備中。
小笠原舞(おがさわら まい)
1984年愛知県生まれ。合同会社こどもみらい探求社 共同代表。asobi基地代表
法政大学現代福祉学部現代福祉学科卒業。幼少期に、ハンデを持った友人と出会ったことから、福祉の道へ進む。大学生の頃ボランティアでこどもたちと出会い、【大人を変えられる力をこどもこそが持っている】と感じ、こどもの存在そのものに魅了される。20歳で独学にて保育士国家資格を取得し、社会人経験を経て保育現場へ。すべての家族に平等な子育て支援をするために、また保育士の社会的地位を向上させるために「こどもみらいプロデューサー」という仕事をつくり、2012年にはこどもの自由な表現の場として“大人も子どもも平等な場”として子育て支援コミュニティ『asobi基地』を立ち上げる。2013年6月「NPO法人オトナノセナカ」代表のフリーランス保育士・小竹めぐみとともに「こどもみらい探求社」を立ち上げる。保育士の新しい働き方を追求しつつ、子育ての現場と社会を結ぶ役割を果たすため、子どもに関わる課題の解決を目指して、常に新しいチャレンジを続けている。
取材協力:
Ryozan Park大塚「こそだてビレッジ」
国際結婚をしたオーナー夫婦(株式会社TAKE-Z)が運営し、保育士や現役のママさんたちが協力して作り上げている、新しいタイプのコワーキングスペース。 ここで作られるコミュニティの目指すものは「拡大家族」であり、その中で、各々の家族のあり方や働くママさんの生き方に今の時代に則した新しい選択肢を与えること。コピー機、スキャナー、プリンター、Wi-Fiも完備、会社登記のための専用住所レンタルといったサービスも完備されている。利用者募集中。
東京都豊島区南大塚3-36-7 南大塚T&Tビル5F,6F,7F
tel:03(6912)0304
初出日:2015.06.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの