たくさんの働き方を学んで自身も成長
──その後も西村さんは働き方というテーマでいろいろな方に取材をし、何冊も本を出版しています。この活動を通じて得たもの、もしくはご自身の働き方が変わった点はありますか?
たくさんありますよ。例えば、プロダクトデザイナーの柳宗理さんからはのちの僕の働き方、生き方まで左右するほど大きな影響を受けました。
彼はものをつくるときに、図面は描かないと言うんですね。それまで僕は設計するときは図面を書くのが当たり前という教育を受けてきたので、柳さんのやり方が全然理解できなかった。
困っていると、柳さんは「橋桁をつくるときは図面なんか描かずにこうやって紙で橋をつくるんですよ」と言いながら、紙を折り曲げてささっと橋のモデルをつくって見せてくれたんです。
今目の前にあるものでできることをさっさとやる。現実化を遅らせないんですよ。頭の中だけで考えていないで、取りあえず手を動かして実際にやってみると、すぐにいろいろといい点や問題点がわかり、そこで考えてまたすぐに改良を施す。
「角を曲がらないとその先は見えない」ということなんですが、それをものづくりで具体的にやってらっしゃった。こうあるべきだ、僕もこうしようと強く思いました。
それ以来、書く仕事でも、教える仕事でも、つくる仕事でも、どんな仕事でも悶々と考えている時間を減らして少しでも現実化、具体化していくという習慣がついたんです。
それによって土壇場での取り返しのつかない失敗はなくなりましたね。
とにかくやると決めた段階から実行し続けるので、小さな失敗を早い段階で見つけることができ、修正できる。それによって後半の時間は精度を上げるために使える。仕事の完成度の上げ方の勘所は、なんとかつかめたんじゃないかと思います。
「今、ここにあるもの」でなんとかする
──2つ目の教える仕事についてうかがいたいのですが、どんなワークショップを主宰しているのですか?
厳密に言うと、「教える」ではなく、人が人に「かかわる」仕事だと思っています。ワークショップも教えるのではなく、司会進行する、ファシリテートするという感じです。
例えばその場でいる人でできることをやってみようというワークショップは参加者をいくつかのグループに分けてあるお題を出して、それを20分ほどで考えるというもの。
例えていうなら、「冷蔵庫の中にあるものでおいしいものを作る」というような感覚。それは先ほど触れた「遅延させない」こととリンクしていて、頭の中で考えているだけじゃなくて、今手元にある人的、物的リソースでベストを尽くして最上のものを作ろうというワークショップです。
──すごくおもしろそうですね。なぜそのようなワークショップをやろうと思ったんですか?
ある目標に向かって進もうとするとき、自分が否定される部分って結構あると以前から思っていたんです。
例えば建築家になりたいという抽象的なテーマや目標を掲げると急に条件設定が高度になって弱気になってしまう。今の自分では数学の知識が足りないからとかセンスがないからとか、建築家として大成するにはいろいろ足りないと感じてしまい、「自分なんてダメだ」と何かに負けたような敗北感を強く抱いてしまう。
もちろん目標を立てて、そこに向けて自分を鍛えていく、頑張っていくことはとても大事なことではあるのですが、負け続ける習慣のようなものをつけてはよくないなと。
でも「その場に居合わせている人がすべて」という方式で、例えば3人でできることをぱっとその場で考えてみるというのは、「このメンバーで何ができるかをみんなで考えよう」となるので、その場にいる各人が持っている能力・技術が全肯定されます。足りないって言われない。それはうれしいですよね。
しかも自分ひとりで何かをやるんじゃなくて、自分にはないものを持っている人と一緒にやるわけなので、自分だけで思い描けなかったことができる。つまり自分という枠組みも超えることができるのでうれしくないわけがないだろうなと思います。
実際、参加者のみなさんはすごく楽しそうにしてますし、会場全体もけっこう盛り上がりますよ。
そこで考えたことを実際にやるかどうかは別として、こういうことを経験するだけでも自信がつくと思うんですよね。
西村佳哲(にしむら よしあき)
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表/プランニング・ディレクター/働き方研究家。
武蔵野美術大学卒業後大手建設会社の設計部を経て30歳のときに独立。以降、ウェブサイトやミュージアム展示物づくり、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクション、働き方・生き方に関する書籍の執筆、多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師、ワークショップのファシリテーターなど、幅広く活動。近年は地方の行政や団体とのコラボレーションも増えている。『自分の仕事をつくる』(2003 晶文社/ちくま文庫)、『自分の仕事を考える3日間』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(2009,10 弘文堂)、『いま、地方で生きるということ』(2011 ミシマ社)、『なんのための仕事?』(2012 河出書房新社)など著書多数。
初出日:2013.04.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの