国境なき医師団の看護師とは
──まず国境なき医師団の看護師という仕事について教えてください。
国境なき医師団とは中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。紛争や自然災害、疫病などで緊急医療を必要としているにもかかわらず、医療物資や医療スタッフなど自国で用意できない国に行って、医療を提供するのが主な活動です。
基本的に現場では自分で患者さんに注射したり包帯を巻いたりという実際の看護行為ではなく、マネージャーやヘッドナースとして現場を指揮し、スタッフの管理や指導、教育を行うのがメインの仕事です。例えば手術室でも、通常の看護師は手術に立ち会って、医師へメスなどの器材を手渡したりしますが、私自身は基本的にそれをせず、スタッフが行えるように指導します。
また、私たちの仕事は医療援助だけではありません。私たちがいなくてもその国の人々が独立して医療ができるようになることを目標にもしているので、現地の医療スタッフの育成も重要な任務の1つです。現場では私たち海外派遣スタッフだけで医療を賄うことはできないので、現地でスタッフを雇用します。特に初めて医療活動を行う現場では自分たちで採用しなければならず、その時私が看護師長のような立場で採用します。
──派遣先はどのような場所が多いのですか?
手術室看護師という特性から、外科治療が必要な患者さんが多い紛争地に派遣されることが多いです。2010年からシリア、イエメン、イラク、ガザ地区など14回派遣されています。
──派遣先は国境なき医師団から指定、要請されるのですか?
そうです。それを受けるかどうかは自分の選択になります。自分からここに行きたいとリクエストすることは基本的にできません。
フリーランスの看護師として
──白川さんは国境なき医師団に所属しているというわけではないのですか?
私は特定の団体・医療機関に所属していない、立場的にはフリーランスの看護師です。でも普段は病院などの医療機関の職員として勤務していて、ある時期だけ休みを取って国境なき医師団の医師や看護師として派遣国に飛んで活動するというスタイルを取っている人もいます。国境なき医師団との関わり方は人によってさまざまです。
──派遣期間はだいたいどのくらいなのですか?
派遣先のプロジェクトの特性によってさまざまです。紛争地での活動は長くても3、4ヵ月ほどでしょうか。紛争をしていない地域での難民の支援やHIVや結核、感染拡大の防止などのプロジェクトの場合は1、2年と長く派遣されることもあります。
──突然、明日からこの国に行ってくださいというような急な要請が来ることもあるのですか?
時々ありますね。昨年(2016年)の10月、イラクでモスル奪還に向けての戦いが始まった時や2015年にネパールで大地震が起きた時などは治療しなければならない患者さんが爆発的に増えるので、国境なき医師団は緊急で現地に行けるスタッフを募ります。初動とオープニングがとても重要になるからです。過去に私も3週間後に次の派遣が控えていたのですが、とりあえずすぐに現地に飛んで次の派遣まで現地で活動したというケースがありました。派遣期間が短いのは大抵こういったケースですね。昨年はこのような緊急要請が多かったこともあって、4回ほど派遣されました。
私はこのような急な要請にもすぐ対応したいのでフリーの立場を取っています。特定の医療機関に所属しなくても仕事はあるし、看護の仕事以外でもやりたいことがあるので、今は心地のいいワーキングスタイルで、働き方としてはベストな状態といえますね。
もっともこういった突発的な要請は手術室の看護師ならではで、通常の看護師はこのような突発的な派遣はあまりないです。
白川優子(しらかわ ゆうこ)
1973年埼玉県生まれ。国境なき医師団・看護師
7歳の時にテレビで観た国境なき医師団に尊敬を抱く。高校卒業後、4年制(当時)の坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校に入学。卒業後、埼玉県内の病院で外科、手術室、産婦人科を中心に約7年間看護師として働く。2003年、オーストラリアに留学し、2006年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部入学。卒業後は約4年間、オーストラリア・メルボルンの医療機関で外科や手術室を中心に看護師として勤務。2010年、国境なき医師団に参加し、イエメン、シリア、パレスチナ、イラク、南スーダンなどの紛争地に派遣。またネパール大地震の緊急支援にも参加。2010年8月から2017年6、7月までの派遣歴は通算14回を誇る。
初出日:2017.06.23 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの