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2016.11.15  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

注文制作の進め方

──現在は仕事の8割が注文制作ということですが、どのような人から制作依頼が来るのですか?

アラン・ウエスト-近影3

一般企業から、ホテル、イベントホール、レストラン、神社、自治体、個人など本当にさまざまですね。作品も掛け軸、版画、衝立、屏風、襖絵、パネル画、酒瓶のラベル、扇子、着物など、こちらも多岐にわたります。


───注文は定期的に入るのですか?

理想的なのは、年に3回ほど大規模な作品の注文が入って、中くらいの規模の注文がその間にいくつか入るというバランスですね。ただ、もちろん年によって全然違うこともあり、企業からの注文が多くて個人が少なくなる年もあればその逆もあり、注文が集中する時もあればぱったり来なくなる時もあります。個人で事業をやっている人ならわかると思いますが、誰かこの理由を解き明かしてほしいです(笑)。

日々、僕が楽しく絵を描いて、その絵をこのアトリエにふらっと入って来た人が買ってくれるということが定期的にあれば、それほど大きな仕事が来なくてもそこそこ生活できるんですよね。だから自分の絵を画廊じゃなくて自分のアトリエで売るようにして本当によかったと思います。結局、いろんな意味で僕は無理をしないで自然体であればあるほどうまくいくということに気付きました(笑)。

ただ、今は幸いにして経済的に困ってはいませんが、個人の絵描きとして活動している以上、注文が突然止まることもありえなくはないので、全然安心ではないです。この稼業は安心なんて一生できないでしょうね。


──絵は具体的にはどのように描いていくのですか?

まずは注文してくれた人から、どういう目的で、どんな絵をどのように描いてほしいのか、好きな色、タッチ、絵を置く場所などをヒアリングします。

可能であれば注文してくれた人の家や店にうかがって、絵が置かれる部屋を自分の目で確認します。光の入り具合が重要で、絵がどういうふうに光を受けるかで構図も決まるので、窓の位置などの光環境を確認します。また、そこで受けたインスピレーションも作品に入れ込みたいので。それが無理なら設計図や写真をお借りして参考にします。

たとえ現場に行けなくてもいろんなことを手がかりにします。発注者との打ち合わせの際、着ている服、デザイン、サイズ、色や、立ち居振る舞い、キャラクター、話し方、言葉遣いなども意外と手がかりになるんですよ。

サンタクロース気分で描く

アラン・ウエスト-近影4

コンセプトが決まったらいよいよ実際に描く作業に入ります。下図は描く場合と描かない場合があります。描く場合は、お客様を安心させるためですね。よくあるパターンは、夫婦のお客様でそれぞれ好み・希望が違う場合。先方が1つの絵の中で調和の取れた形で両方とも表現できるのか不安を抱いてしまうので、その場で矢立てを出して目の前でさささとラフ図を描いて、こんな感じでどうですかと提案します。するとご納得いただけるケースが多い。だから下図はすごく大事ですね。

でもオーダーが最初からかなり具体的な場合はスケッチしないでぶっつけ本番で描くことが多いです。下図をあまりに詳細に描いちゃうと新鮮味がなくなりますし、一度下図を描いてしまうと選択肢が狭まってしまいます。あまりに下図が決まってしまうと後は塗り絵になってしまっておもしろくなくるんですよね。

だから、描きながらいろんな選択肢の中からいろいろ試してみて、これでこうやるとこうなるのか、おもしろい、じゃ次はこうしてみようというふうに、謎解きの冒険みたいな感じで描いていくといい作品になるし、僕自身も楽しく描けるんですよ。


日本画の制作工程

  • [1]スケッチ:下絵を描く
  • [2]箔押し:金箔、銀箔を台紙に貼る
  • [3]おおまかな線を書く
  • [4]切り金:竹のナイフで金属箔を正方形に細かく切る。後に絵に貼り付ける
  • [5]野毛:金属箔を細い線状に切る
  • [6]岩絵の具を炭を熾して溶かす。天然の石を粉末にした岩絵の具を接着剤の役割をするニカワで溶かして描く
  • [7]描画:岩絵の具で描いていく
  • [8]砂子:細かい金粉を絵に散らす

──描いてる時はどんなことを考えているのですか?

常に注文してくれた人の顔を思いながら、絶対に喜ばせるぞ、いい意味で期待を裏切って驚かせちゃおうというような、半分サンタクロース気分で描いているんです。人の喜ぶ顔を思い浮かべながら描くというのは心の底から楽しいんですよ。また、いつもというわけじゃないんですが、一番うまくいく時は、何も描いていない、金属箔を貼った台紙に完成絵が浮かんできて、それをなぞるだけって感じになるんですよ。そういうときって、浮かんできたイメージが消えないうちに描き切りたいから、筆のスピードは早いですよ(笑)。


──以前アランさんが出演したテレビ番組で、ヘッドホンをかけながら作業をしていたシーンがあったと思うんですが、どんな音楽を聞いているんですか?

それはですね、作業によって全然違うんです。例えば金箔や銀箔を台紙に貼る「箔押し」の作業の時は、全部同じ圧力、時間で正確に貼り付けないといけません。単純作業で完璧さを要求されるので、僕自身が機械のようにならなきゃいけないんです。その分、頭脳が反抗的になっちゃうんですよ。これつまんないよ、おもしろくないよと。それで例えば哲学的な話のポッドキャストとかオーディオブックスなど知性をくすぐるようなものを聞きながらやると、頭脳の方が喜ぶので、より落ち着いて作業に集中できるんですよ。

もちろん、最もクリエイティブな作業の時は全身のすべての感覚や機能を総動員して描かないといけないので何も聞かないですね。あとはちょっとテンションを上げたい時や締め切りが迫っている時などはアイリッシュフルートを聞きます。テンポが早いから作業スピードがアップするんですよ。だからこういう効果を生むためにこういうものを聞くというふうに、作業に合わせて選んでいるんです。作業中に聞くものも道具の1つとして考えています。

絵に対するこだわり

──日本画を描く時にこだわっている点は?

アラン・ウエスト-近影5

絵描きはみんな絵の具、画材を使って表現していますが、僕は光をもって表現しているんですね。というのは、人は絵を見る時、キャンバスに塗られた絵の具を見ているつもりなんですが、本当は反射している光を見ているんですよ。だから光で表現しようとすると絵を描く時の発想が大きく変わってくるんです。

僕は日本画家なので、まず台紙の上に金箔や銀箔を貼ってその上から岩絵具で描いていくのですが、金属箔は絵の具とは反射する光の質感が全然違うので、見る角度や時間帯によって、つまり微妙な光の変化によって、表情がガラッと変わってくるんです。だからその絵が置かれる光環境を重視しています。

それと、当たり前ですが、絵は静止画なのでリアルタイムに動きを再現することは不可能です。だからこそ止まっている絵の中で線を使っていかに動きを表現するかが画家の腕の見せ所なんです。例えば大きな木は地中から大量の水を吸い上げて葉っぱの先まで伸びている葉脈を伝って運び、蒸発させていますが、これって実はものすごいことなんですよね。僕たちは心臓で血液を全身に循環させていますが、木がそれ以上の水分を動かせているのは生きていて、魂を宿しているとしか思えません。

僕は植物を描く時、その生命力を動きのある線で表現して、線に魂を込めて、僕の絵を観た人がまるで森林浴をしているかのような、清らかで爽やかな心になればいいなと、そんな絵を目指しているんです。だから日本画よりも、大和絵と呼ばれている狩野派、琳派などの19世紀以前の日本の作品には魂を宿せる線の要素が入ってるから好きなんです。

また、画家としては、僕の描いた絵は僕が死んだ後も残るので、作品のもつ影響まで考えて、自分の描いた絵には責任をもたなければいけないと思っています。できること・できないこと、すべきこと・すべきでないことを考えた時、わずかでも社会に悪い影響を及ぼす可能性のある絵は描きたくない。いい影響を与える絵だけを描きたい。それで題材を選んでいるというのもあります。


──画家としてひと皮むけたというような体験は?

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実は独り立ちして最初の頃は、「フジヤマ」「ゲイシャ」「サムライ」などのエキゾチスムに惹かれて日本に来た、日本かぶれの外国人画家だと思われるのがものすごく嫌だったんです。これまでも何度も話してますが、日本に来たのは、自分がこう描きたいというイメージ通りの表現が可能となる画材があるからというだけだったので。だから、いかにも日本画らしい日本画を描くのは避けていたんです。

ちなみに、昔も今も、僕のアトリエに来た人はみんな最初に「お国はどこですか?」「日本に来て何年ですか?」と聞いてくるんですが、あまりいい気持ちはしないんです。なぜかというと、それは僕とあなたの違いを強調することになるし、嫌と言ったら失礼ですが、僕は一日にそういう質問を何十回もされるから。正直、それを聞いてどうするの?って思っちゃうんですよ。谷中のような寺町では、プライベートなことを軽いノリで聞くという行為は控えるというのが美徳ですしね。

アラン・ウエスト(Allan West)

アラン・ウエスト(Allan West)
1962年アメリカ、ワシントンDC生まれ。日本画家/「繪処アラン・ウエスト」代表

3歳から絵を描き始め、8歳で画家を目指す。9歳から絵画教室に通い始め油絵を学ぶ。14歳で初めて絵の注文制作を受け、舞台背景などを描く。高校時代は絵画で大きな賞をいくつも受賞。「National Collection of Fine Arts」(現スミソニアン・アメリカ美術館/Smithsonian American Art Museum)で週2回、ボランティアとして学芸員のサポートを経験。大学は競争率50倍という高いハードルをクリアし、カーネギーメロン大学芸術学部絵画科に入学。1年で休学し、理想の画材や技法を求めて日本へ。岩絵具や膠などの日本画の画材と出会い、日本に移住して画家として活動することを決意。1987年、カーネギーメロン大学学部卒業後、日本へ。1989年、東京藝術大学日本画科 加山又造研究室に研究生として入室。日本画の技法や画材の取り扱い方を学ぶ。同時期に日本人女性と結婚。1999年、谷中に自動車整備工場を改築して、アトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」を構える。以降、掛け軸、版画、衝立、屏風、襖絵、パネル画、酒瓶のラベル、扇子、着物などに作品を描き、数々の展覧会に出品、受賞多数。仕事の8割が注文制作で、クライアントも企業、ホテル、イベントホール、レストラン、神社、自治体、個人など多岐にわたる。その他、講演、ワークショップ、ライブペインティングなども精力的にこなしている。また「繪処アラン・ウエスト」で能楽などのイベントも開催している。

初出日:2016.11.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの