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2016.08.17  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

シンガポールでの仕事

──シンガポールでは具体的にどのような仕事をしていたのですか?

シンガポール時代の鯉渕さん。仕事だけではなくスポーツなどにも打ち込んでいた

シンガポール時代の鯉渕さん。仕事だけではなくスポーツなどにも打ち込んでいた

支社設立後は現地法人ディレクターとして、シンガポール国内はもちろん東南アジア地域の日本企業の現地法人向けに、人材育成の支援を行っていました。主には、現地のミドル層やマネジメント層に対する研修プログラムを、シンガポールの大学や講師などと相談しながら実施していました。また、日本の若手社員や管理職層をシンガポールに呼んで、海外経験を積むようなディスカッション機会を提供したりすることもありました。こちらもゼロからのスタートだったので、最初はなかなか私たちの研修プログラムを導入してくれる企業はなかったのですが、地道に人脈を作っていくことで最終的には大手企業のお客様に導入いただくことができました。

この時の経験から、何かに行き詰まったり、悩んだりした時には、一人で抱え込まずに周囲に相談してみることの大切さを学びました。おかげで助けてくれるシンガポール人の友人がたくさんできました。自分から行動を起こしていればどこかで突破口が見つかる、何もしなければ始まらないというのが一番の学びだった気がします。また、新たな市場開拓と、現地に合った商品の開発が主なミッションだったのですが、これにおいては、現地のことは現地のよきパートナーを見つけることの重要性も学ぶよい経験になりました。これらの経験で得た「行動すれば何かが変わる」も今の私にとっては原体験の1つかもしれません。シンガポールに駐在していたのは1年2カ月だったのですが、私の人生においてとても貴重な時間でしたね。

「あきらめない」という選択

──帰国後はどんな感じで働いていたのですか?

シンガポールでの経験を活かして新規事業の立ち上げに携わっていました。具体的には、グローバル人材育成の1つの大きな要である、社会人向けのビジネス英語のオンライン研修を、フィリピンのコールセンターと連携しながら法人企業向けに提供するという事業でした。まだサービスを開始して数カ月であったため、プログラム開発や外国人講師のトレーニング、ビジネス英会話力を測るアセスメントの開発などです。国によって仕事の取り組み方の違いを問題視されることもありますが、一緒にどこを目指したいかというビジョンを共有した上で、互いの強みをどのように業務に活かしていくかを探るのは楽しかったですね。フィリピンのメンバーは明るく、開発段階のファジーな状況下でもコミュニケーションを上手に取っていきますが、細かいことには目が行き届きにくい。その一方で日本人のメンバーは、慎重で細かい評価をしたり仕組み化するのは得意ですが、その一方で時間を要したり、物事が決まっていないと進みにくいこともあります。互いの文化や強みを尊重しつつ、弱みは補い合って進めるおもしろさはシンガポールで学んだことですね。

鯉渕美穂-近影4

その一方で、帰国をした時、すでに36歳を迎え、高齢出産は避けられない年齢になっていました。年々、出産リスクが高まることを身近に感じながら、少しでも早く子どもを授かりたいと思い、治療を再開することにしました。ただ、そのためには定期的に通院しなければならないというハードルも高く、最初は今の仕事を続けるのは難しいと思い、週3日程度で働ける派遣のお仕事を探したりもしました。

あれこれ悩んでいる中で、最終的には「仕事も、家族もあきらめたくない」という結論に至りました。そこで、会社にありのままを相談した結果、その当時のポジション、責任、業務内容のまま、週4日勤務にしていただくことができたんです。相談する前は抵抗がありましたが、何を一番大事にしたいかを考えると、その思いは自然と自分の中で消化できるようになりました。その後、いろんな苦労もありましたが、幸い子どもを授かることができたんです。


──よかったですね。でもそもそも子どもができたら専業主婦になろうと思っていたはずなのに、その後も働いていますよね。それはなぜですか?

そうですね。確かに就職当時は、自分も専業主婦であった母と同じように子育てにしっかりと向き合いたいという思いから、子どもができたら仕事をきっぱり辞めて、専業主婦になろうと思っていました。しかし、実際にキャリアを重ねていくと、プライベートだけでなく仕事を通じて出会ういろんな方からの気づきや、成長できることへの喜びを強く感じるようになりました。また仕事が大好きな自分にも気づいちゃったんですね。なので、やはり仕事も子育てもどちらもあきらめないで、同じように続けていきたいというように考えが変わっていったからですね。

でも、自分が子どもを授かり、少し先の状況を考えられるようになると、同世代のママさんたちが出産して育児休暇を取った後、職場に復帰しても元の仕事やポジションに戻りづらいという状況を知るようになりました。特に会社勤めをしながら子育てもと思うと、どうしても1週間のうち週5日は保育園に預けざるをえなくなったり、逆に子どもとの時間を大切にすると仕事を辞めてキャリアが途絶えてしまったりする。それは人生の中の優先順位が変わって、仕事よりも子どもの方が大事になるから当然だと思うのですが、私は仕事も子育てもどちらもあきらめないでいられる方法があるのではと考えるようになりました。そこで、働き方や時間の使い方をルールにとらわれずに自主的に選択する方法として、自分自身の一つの将来像であった経営者になることを決意したんです。

仕事と育児の両立のため、起業

──どういう会社を立ち上げようと考えたのですか?

鯉渕美穂-近影5

妊娠中に、自然と地域のママさんや子育て中のママさんと出会う機会が増えました。妊娠を機に退職したけどいずれは再び働きたいと思っている人や、出産を機に仕事を辞めてから復職するきっかけがないまま何年も経ってしまったという人にたくさん出会い、こういう働く意欲はあるけれどきっかけを失ってしまっているママさんたちが子連れでも地域で働けるようなサポートをしていきたいと考えていました。そこで勤めていた人材コンサルティング会社を2014年8月に退職し、自分で起業する準備を進めていました。

退職して間もなく、弊社の役員メンバーの一人から「MIKAWAYA21のまごころサポート事業をもっと拡大していくために、社長になってくれないか」と声をかけられました。社長の話は別として、まずは事業についてきちんと知りたいと思い、いろいろ話を聞きました。その中で、まごころサポートは時間に縛られずに地域に貢献しながら社会との関わりをもてる仕事なので、自分が住んでいる地域の中で子連れで働きたいと希望しているママさんたちに働く機会を提供できるかもしれないと思い、事業への関心が高まっていったんです。

MIKAWAYA21の代表取締役社長に

妊娠中にMIKAWAYA21の代表取締役となり、プレゼンを行う鯉渕さん

妊娠中にMIKAWAYA21の代表取締役となり、プレゼンを行う鯉渕さん

──当時鯉渕さんは妊娠中でしかも出産間近ですよね。迷いや葛藤はなかったのですか?

声をかけていただいたのは、ちょうど出産3カ月前でした。なので、事業に関わりたいけれど、さすがに出産直前に社長を引き受けるのは難しいし、周りにも迷惑をかけてしまうと思い、最初は断ったんですよ。今までいろんなことを応援してくれていた主人からもさすがに反対されましたね。しかし他の役員メンバーと何度も話し、熱い話を聞いているうちに、徐々に気持ちが揺らいできました。

MIKAWAYA21の事業自体は社会的意義が大きく、企業ではなくて社会を変えることで世の中にインパクトを起こすことができるのではないかと感じていました。ちょっとした仕組みを変えることで社会全体が幸せになるというか、社会全体にインパクトを与えられるってすてきだなぁと。特にそのために仕組みづくりの部分に、とても惹かれました。さらに、何かにチャレンジする時は、自分一人ではなく、チームをもつ方が大きな成果につながる可能性も大きくなります。またそれぞれの強みを活かすことで、互いにカバーできます。出産や育児は確かに大変なことも多いかもしれないけれど、チームをもつことで自分が得意な部分は活かしながら、周囲の協力を得ることで、できることも広がるのではと思うようになっていきました。おそらく困難なことも多いと思いますが、この大きな壁を乗り越えることで、初めて見えてくる世界もあるのではないかと思うと、それにチャレンジしたいという思いの方が強くなっていったのです。

そして元々やりたいと思っていた、地域のママさんたちが子連れでもまごころサポーターとして活躍できれば、社会復帰のチャンスをつくれるのではないかと思い、2014年10月にMIKAWAYA21の代表取締役社長に就任することになったのです。その2カ月後、第一子を無事に出産することができました。

鯉渕美穂(こいぶち みほ)

鯉渕美穂(こいぶち みほ)
1977年東京都生まれ。MIKAWAYA21代表取締役社長

雙葉学園中学・高校卒業後、東京理科大学経営工学部へ。卒業後、外資系大手コンサルティング会社入社。 国内大手製薬会社や公団民営化に伴うプロジェクトに会計コンサルタントとして参画。外資系ソフトウェア会社を経て、人材育成コンサルティングに入社し、法人向けの教育研修事業部のマネジャーとして部署を統括後、シンガポール現地法人のディレクターとして海外拠点を立ち上げ、新規事業推進に従事。2014年10月、シンガポール駐在時代に知り合った友人に請われ、地域密着で子供からシニアまで安心して暮らせる社会の実現に取り組むベンチャー企業「MIKAWAYA21」株式会社の代表取締役社長兼COOに就任。2014年12月に長女を出産。現在は経営者、一児の母として仕事と育児の両立に励む日々。趣味はテニス、ゴルフ、車、茶道。

初出日:2016.08.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの