大手食品会社の30代の研究職の場合
──印象に残っている留職の具体的なケースを教えてください。
最近ではハウス食品グループ本社さんの30代の研究職の方のケースが印象に残っていますね。人ってこんなに変われるんだと驚きました。彼は入社以来10年間、研究所で業務を行ってきたのですが、自分はこのままでいいのだろうかという疑問をもち、インドネシアのNGOへの3ヶ月の留職を決意します。
「食」という観点で、インドネシアの農村部に暮らす人たちの収入向上に貢献するというのが彼に与えられたミッションでした。これまで身につけたスキルを使って頑張るぞとやる気に燃えて現地に赴任したのですが、赴任早々打ちのめされます。当然あると思っていた研究設備などあるはずもなく、あったのはコンロと包丁と鍋だけ。最初の1ヶ月間は何もできなくてずっと苦しみ続けていたそうです。それでも彼はあきらめずにもがき続け、不安な状況の中で試行錯誤を重ね、最終的にはある農作物をお茶とドレッシングに加工するという2つの試作品を完成させることに成功しました。その製品の作成方法を伝授するワークショップまで開催し、しっかりと現地に引き継がれました。自分たちの力では想像もできなかった製品ができたことで村人たちはとても喜び、彼にとても感謝しました。彼自身も村人の笑顔に仕事の喜びを感じつつ帰国しました。
帰国報告会での自信と誇りに満ちたプレゼンを聞いて、彼の変わりように上司や同僚みんなが驚いていました。彼はインドネシアでの留職で得た圧倒的な原体験によって枠を超え、自信をつけ、大きく変わったわけです。彼の話を聞いて僕自身も非常に感動しましたし、このプロジェクトに携わったクロスフィールズの職員は涙を流しながら聞き入っていました。
(このプロジェクトについての動画はこちら→https://www.youtube.com/watch?v=n9JiYag2QZg&feature=youtu.be)
「人の可能性を信じ、挑戦を応援する」
──すごいですね。留職でこんなに劇的に人間性そのものが変わる人もいるんですね。
去年(2014年)、「CROSS FIELDS WAY」という行動指針をつくり、職員全員で話し合って、我々が大事にしたい価値観9つを明文化しました。その中に、「人の可能性を信じ、挑戦を応援する」というものがあります。僕たちにとっては、企業が留職の導入を決めてくださって事業が大きくなることよりも、留職された方が自分の枠を超えて大きく成長するのを目の当たりにする瞬間とか、最後に留職に参加してよかったと言ってくれるのが、何よりもうれしいのです。それがこの仕事の最大のやりがいでもあります。
──小沼さんのクロスフィールズの代表としての仕事・役割は?
僕の重要な役割の1つはクロスフィールズのビジョンを対外的に発信していくことだと思っています。例えば企業への営業活動や講演活動、それからこういった取材対応などですね。あとは組織全体が進むべき方向性を決めたり、経営戦略を練ったりという部分はいわゆる企業の経営者と同じですね。特に現在は組織が拡大している真っ最中なので、どうすればいい組織・事業を作ることができるのか、日々悩み苦しみながら取り組んでいるところです。
──現在職員は何人ほどいらっしゃるのですか?
徐々に増えて現在は正職員が13人になりました。全員中途入社で、留学や国際協力・海外ボランティアの経験がある人が多く、職歴としては、コンサルティング会社や商社の出身者が多いですね。
──仕事をする上で大事にしていることは?
先ほどもお話しましたが、そもそも人が劇的に変わる瞬間に立ち会えたり、そこに仕事として自分が携われることが重要だと考えています。ですので、仕事でもプライベートでも、誰かと接するときでも、真摯にその人を鼓舞するようなコミュニケーションを取るということを心がけるようにしています。
小沼大地(こぬま だいち)
1982年神奈川県生まれ。NPO法人クロスフィールズ代表理事
一橋大学社会学部・同大学院社会学研究科修了。大学卒業後、青年海外協力隊として中東シリアに2年間赴任し、現地NPOとともにマイクロファイナンスや環境教育のプロジェクトに携わる。帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。人材育成領域を専門とし、国内外の小売・製薬業界を中心とした全社改革プロジェクトなどに携わる。同時並行で若手社会人の勉強会「コンパスポイント」を立ち上げ、講演会の企画やNPOの支援活動などを行う。2011年3月退社、松島由佳と共同でNPO法人クロスフィールズを創業。2011年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shapers Community(GSC)に選出。2015年からは国際協力NGOセンター(JANIC)の理事も務める。1児の父親として家事・育児にも積極的に参加するイクメンでもある。
初出日:2015.08.03 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの