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2014.01.06  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

父親の変化が社会の変革を生む

こういうことが政治や企業の中の重要な決定をする立場の男性には理解されていないことが多いのですが、彼らの多くも実は家に帰ればひとりの夫であり父親なのでまずは彼ら男性の意識や行動を変えることで家庭や地域が変わり、企業の働き方が、そして社会が変わっていくと考えたのです。僕らがFJを立ち上げて以来ずっと言い続けてきた「父親が変われば、社会は変わる」とはこういうことです。

2013年8月にはFJで田村厚生労働大臣に面会し、育児休業給付金についての意見書を提出。過去には政府に働きかけた結果、それまで母子家庭しか受け取れなかった児童扶養手当を2010年からは父子家庭でも受け取れるように法律が変わった

セミナーや僕の講演に参加する男性、特に奥さんに連れて来られるお父さんたちは最初のうちは「俺はちゃんと家事も育児もやってるのに、なんでこんな話を聞きに来なきゃいけないんだ」というような仏頂面をしていますが、「父親の変化が社会の変革を生む」という話をすると、「そうか、俺が子どものおむつを替えるのは国を変えることに繋がるのか」と腑に落ちてスイッチが入る人は多いです。男性はみんなウルトラマン気質ですからね。「自分が誰かを、世界を救う」というストーリーが好き。まあ3分しかもたないのが玉にキズですが(笑)。

また、リーマンショックや東日本大震災の影響で、仕事の達成感やお金を得る物質的な幸福感よりも「家族の絆」や「地域との関わり」が重視されるようになりました。そういう流れの中で家事・育児や地域参画に関心をもつ人は確実に増えています。「働いて収入を得て、お金さえ家に入れていれば絆ができるわけじゃない。時間を使って子どもと遊んだり家事をしたり奥さんの話を聞いてあげるなどをしないと、本当の家族の絆は築けない」というようなことを僕のサラリーマン時代の実体験を基に伝えています。そこに共感してくれる人は僕の講演後に、「自分もFJに入ってみなさんと一緒に活動したい」と会員になってくれるパパは多い。それが積み重なって、FJを始めたときはたった13人だった会員が、現在は400人にまで増えたんです。

FJ納会にて。子どもたちと絵本やバルーンで遊ぶ

パパの学校も運営

──講演だけではなく、実際に笑っている父親を育成するための活動にはどのようなものがあるのですか?

校長として講義をする安藤さん

パパの笑顔が幸せな家族と明るい社会をつくる出発点だというコンセプトで取り組んでいるのが「ファザーリング・スクール」です。今では数多くの自治体や団体が似たような活動を行っていますが、日本で初めて行ったのが我々でした。

スクールではこれからパパになる予定の人、パパになりたての人に、パパにはなったけど悩んでる男性向けに、笑っている父親になるための心構えやパパとして必要なスキルを教えています。かなり好評で、これまで5000人以上のパパに参加してもらっています。先日始まった都内のあるパパスクールは15人の新米パパに5回シリーズでさまざまなことを教えるのですが、1ヶ月前に予約が埋まってキャンセル待ちが出たほどです。「もっと人数を増やしたら」という声もありますが、少人数にしているのは一人ひとりと向き合ってじっくり丁寧に教えたいのと、受講するパパ同志が地域で仲良くなることが大事だと考えるからです。


──育児や家事のテクニックよりはマインドを変えるのが目的ということでしょうか?

その通りです。パパたちは週末に子どもが喜んでくれる「遊び」のテクニックや子育ての「正解」を求めがちですが、まず「どういう家族にしたいのか」「そのために自分はどういう働き方や家族の一員として行動するか」を考えてもらいます。ただ頭だけで理解していても子育ては楽しくならないので、パパならではの絵本の読み聞かせ法や、バルーンアートの作り方などけっして保健所では教えてくれないエンターテインメント色の強い、子どもと一緒に遊べるアクティビティを教えています。また、ときどき父子キャンプも開催しています。これらのプログラム参加者にはまだ生後2ヶ月の赤ちゃんを一人で連れてくるパパも最近はいます。母性たっぷりにあやしたりおむつを替えたりしていますが、10年前にはこうした風景はみられなかったと僕も感じます。ただ、参加してくるパパの中には笑顔が少ない人も多い。「僕は日々子どもを風呂に入れたりおむつを変えたり、ときには食事を作ったりと家事や育児に協力しているつもりなんですが、妻の望むレベルに達していないみたいなんですよね」と妻への不満を語ります。この辺がまだイクメンの過渡期で、ビギナーパパはまだ自分がやった家事や育児をママに「褒めてもらいたい」と思っていて、いちいち家で自慢していたりするんですよね。

僕もかつてはそうだったのでその気持ちはよくわかります。でもここがそもそもの間違いで、「家事や育児はパパもやって当然なのよ」、と多くのママは思ってるわけです。家事や育児は「手伝い」じゃなくて「シェア」する自分の仕事なのだとマインドセットができていないからママからの評価が低いんだよと言うと「ああ、なるほど」と気がつきます。妻からは言われたくないんだけど、先輩パパからそう言われると妙に納得してくれるわけですよ。

このマインドセットのことを「OSを入れ替える」と僕らは呼んでいます。父親になる前の古いOSから笑っている父親になるためのOSに入れ替えるということです。パパになるときにはこれが何よりも重要なんですが仕事をしながらではなかなか難しい。女性の場合は妊娠したときから主に身体的な変化により母親としての意識が芽生え、育児を通してより確立していきます。つまり自然と母親のOSに入れ替わっていきますが、男性の場合は自身には何も変化がないし、働き方も子どもが生まれてからも変わりませんからね。

僕は16年前に父親になったのですが、最初はやはり苦労しました。OSを完全に入れ替えるまで3年かかり、ようやく肩に力が入らずに家事や育児できるようになったのです。これまでの経験から言っても普通、子どもが生まれて1年未満のパパ、育児より仕事が大事だと思っている男性はまだ古いOSのままの人が多いので根気強く、そして分かりやすく教える必要があるんです。


──教え方のコツは?

「父親になることを楽しもう」と提案しているわけですが、「楽しむとはどういうことか」を説明するのがミソで、参加者には「仕事でも言われたことだけやっていてもつまらないでしょう。自分で企画を考えて企画書を作ってプレゼンして予算取って営業して利益が出るところまでやってみんなが笑顔になるからおもしろいんだよね。育児も同じなんだよ。自分でどういう子どもに育てたいか、どういう家庭を作りたいのか、それらを考えて自分と家族をマネジメントしてください」と話しています。そうすると大抵のパパは「そういう視点ではなかったです。妻に言われたことだけ、あるいは自分がやれるときにやれることしかやってなかったです」と言います。「そんな人は会社でも評価されないでしょう?」と言うと、「確かにその通りです」と肚落ちするわけです。

また、みんなもちろん幸せになりたいと思って結婚して子どもをつくるのですが、それがうまくいかない時代になってきているんだと感じています。夫婦の働いている環境や、妻が働いているか専業主婦か、夫がもっている理想の父親像などその家庭によって事情は違うわけなので、ルールややり方はその家庭で作ればいいのですが、笑っている父親を作るためのメソッドはFJにありますよとパパたちに訴えかけているわけです。言い方を変えれば、僕らは父親になることの答えはないけどメソッドはあると思っていて、それを明文化してプログラム化して実践してるのがFJなんですよ。


──スクールに参加したお父さんたちの反応は?

スクールが終わる頃には、参加したほとんどのパパがOSの入れ替えに成功して子育てを楽しめるようになっています。当初から父親として育児や家事に参加したいというモチベーションはありながらも、具体的に何をしていいかわからない、あるいはママがパパに求めるニーズの違いでケンカになるというケースが多い。でも事前に、子どもが生まれると何が起きるのか、こういうケースではこうすると大変にならないということをあらかじめ教えておけば、「ちょっと失敗しても必要以上に慌てずにすみました」、あるいは「悩んだ時に相談できるパパ友がいて助かった」という声は多いですね。

安藤哲也(あんどう てつや)
1962年東京都生まれ。NPO法人ファザーリング・ジャパンファウンダー、副代表/NPO法人タイガーマスク基金代表ほか。

大学卒業以来、出版社の書店営業、雑誌の販売・宣伝、往来堂書店のプロデュース、オンライン書店bk1の店長、糸井重里事務所、NTTドコモの電子書籍事業のディレクター、楽天ブックスの店長など、9回の転職を経験。2006年11月、会社員として仕事をする傍ら、父親の子育て支援・自立支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、代表を5年間務める。2012年7月、社会的養護の拡充と児童虐待の根絶をめざす、NPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ、代表理事に就任。地域活動では、娘と息子の通った保育園、学童保育クラブの父母会長、公立小学校のPTA会長を務めた。2003年より、「パパ's絵本プロジェクト」の立ち上げメンバーとして、全国の図書館・保育園・自治体等にて「パパの出張 絵本おはなし会」を開催中。タイガーマスク基金のハウスバンド「タイガーBAND」ではギター担当。社会起業大学講師、にっぽん子育て応援団共同代表、(株)絵本ナビ顧問、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進チーム顧問、東京都・子育て応援とうきょう会議実行委員なども務めている。 『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパ」になれた理由~親を乗り越え、子どもと成長する子育て』『パパ1年生』『家族の笑顔を守ろう!~パパの危機管理ハンドブック』など著書多数。

初出日:2014.01.06 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの