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2013.08.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

ワクワークモデルを確立

──ストリート・チルドレンの夢を叶えるビジネスモデルはどうやって考えだしたのですか?

当時、私は大学院でビジネスで社会貢献を行うノウハウを学んでいました。その研究の一環として徹底的にフィリピンの現状をリサーチしました。その結果、たいへんなことがわかったんです。世界100カ国に支部がある国際NGOが運営する孤児院でも1年間に路上から保護できる子どもの数はわずかひと桁。0人の年もあります。その理由は「コスト」。路上から5歳の子どもをひとり保護すると、月に1000~2000円の養育費がかかります。大学生では学費が高いのでその3倍の月3000~6000円に跳ね上がります。つまり、1人の大学生が孤児院を卒業して自立すると、次の子どもが孤児院に入れるというシステムになっていたのです。逆にいえば、大学生が自立して出て行かない限り、路上にいる子どもは孤児院に入れないんです。

ところが、この大学生がなかなか自立できません。フィリピンでは人口の8割が30歳以下の若者なのですが、多くの人を雇用できる企業があまりないのでそもそも働く場が少ないのと、彼ら自身も仕事を得るだけのスキルを持っていないのでなかなか就職できないんです。ですので、せっかく5歳から15年間支援を受けて孤児院を出てもまた路上や孤児院に戻る若者もたくさんいます。

ただ一方で、フィリピンにおける大学進学率は3割程度ととても低い。大学に通えるのは中流階級以上の家庭の子息が主ですが、中には孤児院で保護されている子どももいます。その大学生自身はすごく優秀かつモチベーションも高いんですね。そこで、この優秀な大学生が孤児院から学費をもらい続けるのではなく、働いて自立できるようにトレーニングする。そうしたら新しく3人の子どもを路上から保護できる。そのために、たとえば大学の授業後に、英会話教師として3時間働いて自活できるだけのお金を得られれば、彼に当てられていた奨学金を次の世代に回すことが可能になります。こういう仕組みを「ワクワークモデル」としてNGOに提案し、5つの孤児院・NGOと提携しました。この流れを加速させることで、支援を受けられる年齢を下げ、子どもたちが里親を待たなくても、自分たちの力で大学に行くという希望がもてるようになったのです。

こうして、フィリピン人講師5人と私でスカイプを使った英会話事業「WAKU WORK ENGLISHワクワーク・イングリッシュ」をスタートさせたんです。

毎週英会話レッスンを行う孤児院にて、子どもたちと夢を共有

──「ワクワーク」という名前をつけた理由は?

ストリート・チルドレンは、その日のご飯代を稼ぐために、路上でわずか数円~数十円の物を売っています。それも1時間に1つ売れるかどうか。そんな状況から、自分の夢に向かってワクワクしながら働けるようにという願いを込めてワクワークという名前にしました。

オフィスにもこだわって、入っただけで自然と仕事がしたいと意欲が湧いてくるようなつくりにしました。例えば壁をオレンジにペイントしたり、いろいろな本をたくさん置いていつでもみんなが読めるようにしています。フィリピンでは本が高いので、こういったオフィスはまだまだ珍しいんですよ。


──当時23歳ですよね。その若さで、しかも誰も手を付けていないビジネスで起業することに不安は感じなかったのですか?

私はめちゃめちゃポジティブなので、やると決めたらできるかできないかではなくて、どうすればできるかに全力を注ぐんです。また、当初は周りの人々にこういうことがやりたいんだと夢を語ったら、誰もが「そんなの無理だよ」とか「やめた方がいいんじゃない?」などと散々言われました。でも私はそう言われた方が逆に燃える性分なんです。「いや、無理じゃないから。それを証明します」みたいな感じで頑張りました(笑)。

サービスのクオリティを重視

──ビジネスとして軌道に乗せるためにしたことは?

あくまでも国際協力ではなく、英会話ビジネスとして社会に認めてほしかった。そうじゃないとビジネスとしてやる意味がないからです。だから優秀な英会話講師を採用するなど、英会話授業のクオリティを高めることに全力を注ぎました。

同時に営業をがむしゃらに頑張りました。営業先として日本の企業を回っていたのですが、当時の私は大学院生で、身だしなみやメールの打ち方など、基本的なビジネスマナーが全然わかっていなかったので、ずいぶんと企業の方に叱られました。でもそうやって叱られながらマナーを身につけていきました。


──実際に自立できたフィリピンの学生の例を教えてください。

例えばある女の子は、せっかく孤児院から大学に受かったのに、実家が貧しすぎるため、一日中、幼い兄弟たちと一緒に路上に出て布切れを縫い合わせて作った雑巾を1枚2円でタクシードライバーなどに売っていました。当然大学にも通えません。しかし、当社に入ってからは1日3時間のトレーニングを受け、合計300時間に達したところで日本の小中学生に英会話を教える先生になりました。大学にも復学し、1年半英会話講師として働いた後、現在はフィリピンで一番有名なコールセンターで働いています。

彼女のように、自立した生活を送る学生や、卒業してから自分の夢を叶える若者も徐々に増えました。また、このような若者が自分の出身孤児院に出向き、子どもたちに現状を語ることで、子どもたちが夢をもてるようになっていることも、とてもうれしいことですね。

山田貴子(やまだ たかこ)
1985年神奈川県生まれ。株式会社ワクワーク・イングリッシュ代表。

慶應義塾大学環境情報学部卒、2009年同大学院政策・メディア研究科修士課程在学中に株式会社ワクワーク・イングリッシュを設立。フィリピンの貧困層の若者と一緒に、生まれた環境に関係なく、誰もが夢と自立を実現できる社会を目指してさまざまな事業を立ち上げ中。日本では軽井沢に拠点を置き、地域活性活動に取り組むほか、慶應義塾大学の非常勤講師や「湯河原子どもフォーラム」の講師も務めている。2012年、世界経済フォーラム・ダボス会議により、20代30代のリーダーGlobal Shapersに選出。2013年、第1回日経ソーシャルイニシアチブ大賞の国際部門でファイナリスト選出。

初出日:2013.08.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの