作りたかったのは居場所
私がほしかったのは自分がリビングにいる状態です。リビングではみんなが特に用事がなくても好きなことをやってますよね。例えば漫画を読む私のそばでピアノを弾く妹がいたり、テレビを見ている父親がいたり、食器を洗っている母親がいたりと、それぞれ好きなことをやってて、その中で誰かが「そういえばさあ、今日こんなことがあってね」というところから雑談が始まったりする。その場にいる人が何を喋っているかがわかって、私も希望したらその会話に入っていける。つまり、そのような、必要がなくてもそこにいていいと思える場所がその人にとっての居場所なんですよね。
会社も同じで、会社にいるときって社員同士、仕事の話ばかりじゃなくて雑談もしますよね。それが雰囲気作りとかお互いの信頼関係の醸成のために大事だったりします。当社でもテレワークにOriHimeを使っているのですが、繋ぎっぱなしにしてるんです。デスクで仕事をしてて、その場にいない社員にちょっと聞きたいことがあった時、OriHimeが横にいればすぐ聞けるんです。その気楽さが極めて重要だと思うんですよ。もちろん、普通に雑談もできます。こんな感じで、その人の身体はオフィスにはいないけど、OriHimeを置くことで、そこに一緒に働いてるメンバーがいると感じることができるんです。
そう考えた場合、電話やテレビ電話はまさに用がある時にしか使わないコミュニケーションツールであって、自分がそこにいることによって生まれるコミュニケーションを実現するためには不十分です。だからOriHimeのようなツールを作ったわけです。つまりOriHimeはコミュニケーションのハードルを下げるというツールでもあり、そこがテレビ電話との最大の違いなんです。
デザインの理由
──OriHimeはなぜのっぺりとした一見無個性、無機質なデザインになっているのですか?
OriHimeを見た人から「OriHimeを操作する人の顔が見えた方がいいんじゃないですか?」とか、「これから顔が見えるようにするのですか?」とよく聞かれるんですが、それが逆なんですよ。実は、OriHimeを開発する過程で、操作する人の顔がわかるモニターがあった方がいいかもと思ってつけたこともあるのですが、全然使われませんでした。なぜかというと、OriHimeを操作するシチュエーションって基本的に自宅や病院にいる時。家にいる時ってだいたい部屋着で、髪もボサボサで女性ならすっぴんじゃないですか。あと、本人の顔だけじゃなくて、子どもや散らかっている部屋の中の様子なども一緒に写っちゃう。それって嫌ですよね。だからモニター付きのOriHimeは全然使われなかったんです。
ならばとモニターじゃなくてなるべく人の顔をイメージさせようと私の顔をレーザースキャンして、シリコンマスクを作ってかぶせてみたりもしました。でも人間に近づけると、今度は本物の人間との違いが気になり始めて、その人がそこにいるという感じがしなくなったんです。
その一方で、我々は命のない物に対して命を感じることができます。例えば実際の命を宿していないアニメのキャラクターや演劇の主人公が死んだ時、我々は涙を流すことができる。AIのsiriやペッパーですらまだ命があるようには感じられないこの現代において、アニメや演劇は命を作ることに成功しているわけです。でも生身の人間であっても見ず知らずの人が死んだ時は、「かわいそうに」と思うくらいで涙は流しませんよね。この差は一体なんだろうと考えた時、我々は架空の命を脳内で作ってしまうことが可能だからなんですよね。また、ぬいぐるみとか愛車なども使い続けて愛着が湧いてくると「この子」とか「こいつ」とかまるで人間のように扱いますよね。これも同じ理屈です。
こんな感じでいろいろ実験を繰り返した結果、我々には命のない物に命を感じられる想像力があるので、むしろ顔や背景などの余計でリアルな情報を与えない方が、周りが想像してくれる上に、その場にその人がいるような感じがする。そして使い続けていくうちに愛着が湧いてくる。だから、あえて能面のようなデザインを採用したわけです。
販売ではなくサービスを
──御社のWebサイトを見たらOriHimeはレンタルだけのようですが、販売はしないのですか?
はい。レンタルだけで販売するつもりはありません。世の中に流通している物の大半は販売ですが、私は販売というものがあまり好きじゃないんです。なぜならば、本当に顧客のことを考えているとは思えないからです。私は患者さんのところへよく行くんですが、意思伝達装置やコンピュータを買っても、使い方がよくわからず、購入元のメーカーに聞いても丁寧にサポートしてくれない。その結果、せっかく高いお金を出して買った製品が埃をかぶって隅っこに放置されている、という光景をけっこう見てきました。
私は物を作って何をするかが重要だと思っています。つまり私が提供したいのは、OriHimeという製品そのものではなく、その場にその人の身体はなくても、本当に実在するかのような状況や、大事な人、会いたい人と一緒にいられるという時間を提供するサービスなのです。あくまでもロボットはそのためのツールに過ぎず、ロボットだけ売っても意味がないんですよ。
OriHimeを手に入れて、思い通りにちゃんと使いこなしてもらうために、アフターフォローをしっかりしたい。そのためにレンタルにしているんです。
──月額使用料はいくらくらいなんですか?
契約内容によっても違いますが、1ヵ月3万円程度です。1台のOriHimeには1人だけじゃなくていろんな人が入れるので、オフィスや会議室にOriHimeを1台置いておくと便利ですよ。私の秘書は難病のため寝たきりなのですが、OriHimeで問題なく仕事をこなし、講演なども一緒にしています。また、会議をする際、顧問やアドバイザーや弁理士の先生方にはOriHimeで参加してもらっています。いちいち当社まで生身で来ていただかなくても自宅で子どもの世話をしながら会議に参加できるので好評です。移動の時間もバカにならないですからね。
──どのくらいの台数が使用されているのですか?
現在導入しているのが60社、使用されているOriHimeは200台ほどです。当社から営業はしておらず、すべて問い合わせなのですが、近年、働き方改革やテレワークの普及で特に会社からの問い合わせが急増しています。また、徐々に体が動かせなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんからも毎日のように問い合わせが来ています。
生産に関しては、たくさん注文が来てもかなりのところまで耐えうるような体制を構築しているので問題ありません。むしろこれから台数が増えるとサポートの方を充実させていかなければと考えています。
吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)
1987年奈良県生まれ。ロボットコミュニケーター/株式会社オリィ研究所代表取締役所長
小学5年生から中学2年生までの3年半、学校に行けなくなり自宅に引きこもる。奈良県立王寺工業高等学校で電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECに出場し、文部科学大臣賞を受賞。その後世界最大の科学大会Intel ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。高校卒業後、詫間電波工業高等専門学校に編入し人工知能の研究を行うも10ヵ月で中退。その後、早稲田大学創造理工学部に入学。2009年から孤独の解消を目的とした分身ロボットの研究開発に専念。2011年、分身ロボットOriHime完成。2012年、株式会社オリィ研究所を設立。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表、ほかAERA「日本を突破する100人」、米国フォーブス誌「30Under 30 2016 ASIA」などに選ばれ、各界から注目を集めている。2018年、デジタルハリウッド大学大学院の特任教授に就任。本業以外でも19歳のとき奈良文化折紙会を設立。折り紙を通じて地域のつながりを生み出し、奈良から折り紙文化を発信。著作『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)にはその半生やOriHime制作秘話、孤独の解消に懸ける思いなどが詳しく書かれてある。
初出日:2018.01.31 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの