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2016.04.04  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

魔法のようなシステム

──イベントはどういうシステムになってるんですか?

出版社からはイベント開催の手数料は取っておらず、その代わりにお客さんが払ってくれるイベントの参加料をいただきます。そしてその中からイベントのスピーカーである著者に出演料を払っています。出版社にしてみれば無料で本のプロモーションができるし、イベント会場でも本が売れるからメリットしかない。だからやりたがる編集者が多いんです。著者はその上に出演料ももらえる。お客さんも楽しかったと喜ぶ。僕としてもコーヒーを売るより売り上げも利益もはるかに多い。だから6次元でのイベントは関わる人全員が幸せになれる魔法のようなシステムなんですよ(笑)。


3月14日に行われた鹿の写真集『しかしか』(石井陽子/リトルモア刊)発売記念イベント「鹿ナイト」。鹿を愛する大勢の参加者で賑わった

3月14日に行われた鹿の写真集『しかしか』(石井陽子/リトルモア刊)発売記念イベント「鹿ナイト」。鹿を愛する大勢の参加者で賑わった

イベント会場の6次元では写真集を販売。数人のお客さんが購入。出版社や著者としても直接お客さんの顔を見ながら手渡しで売れるのはうれしい
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イベント会場の6次元では写真集を販売。数人のお客さんが購入。出版社や著者としても直接お客さんの顔を見ながら手渡しで売れるのはうれしい

お客さんが購入した写真集にサインをする著者の石井陽子さん。著者と直接触れ合えるのもイベントの魅力の1つ
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お客さんが購入した写真集にサインをする著者の石井陽子さん。著者と直接触れ合えるのもイベントの魅力の1つ

聞き手となりイベントを盛り上げるナカムラさん(写真右)
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聞き手となりイベントを盛り上げるナカムラさん(写真右)

僕の一番のメリットは出版業界の人脈が増えること。僕が書いたりプロデュースした本の多くは、元々はここのイベントで仲良くなった編集者から本を出しませんかと声をかけてもらったものなんです。

出版系のイベントは、僕自身も出版のことに興味があるので、今一番力を入れています。その本がおもしろいと思ったら別の新聞社の記者やテレビ局のディレクターに紹介したりもしています。いろんな媒体で掲載、放送されると担当編集者や著者も喜びますからね。


──もう1つの独自で企画するイベントは?

主にワークショップ系のイベントですね。ネタは基本的に僕自身が勉強したいことです。例えばこれまで何度も開催して、告知したら一瞬で満員となって回数を増やした大人気企画の「校正ナイト」は、僕が校正を勉強したかったので企画しました。プロの校正者に講師になってもらって校正の授業をしてもらったのですが、僕自身もとても勉強になったし参加者にもすごく好評でした。3年も続けている「能楽ナイト」も同じで、能楽に興味があって勉強したかったので、知り合いの能楽師を紹介してもらってやり始めたんです。これも一石三鳥くらいあるんですよ。例えば能楽のイベントをやると、参加した能楽初心者のお客さんが後日、講師の能楽の会に来てくれるんです。さらに僕も能楽が勉強できて収入にもなる。能楽師、お客さん、僕の全員が得をする最高のシステムなんです(笑)。

編集者の石黒謙吾さんが講師を務める「石黒ゼミ」。大好評で毎回ほぼ満員に

編集者の石黒謙吾さんが講師を務める「石黒ゼミ」。大好評で毎回ほぼ満員に

また、作家がここで作品を作って販売するまでをすべてひっくるめてイベントにすることもあります。去年も台湾のアーティストがいらなくなった紙を集めてきてミキサーにかけてその場ですいて、新しい紙を作り、参加したお客さんに売るというイベントを開催しました。1次産業から3次産業まで全部この空間で完結したので、すごくおもしろかったですね。最近、産業の6次元化って注目されているじゃないですか。それをアートでもやってみようという実験的なイベントでした。実は6次元には、1次産業×2次産業×3次産業という意味も込められているんです。

このような、いろんなことを同時にやることによってイベントに関わるみんなが喜ぶ、一石三鳥みたいな仕組みを考えるのが好きですね。それが今、非常にうまくいっているので今後も増やしていきたいと考えています。

編成力を活かして

──6次元のイベントはバラエティに富んでいておもしろいですよね。

なるべくお客さんを飽きさせないように、いろんなジャンルから企画しています。僕は6次元をオープンさせる前、テレビ業界で働いていたのですが、その頃に培った編成力が活かされてますね。同じようなテーマが続いちゃうと人ってつまらなく感じてしまうので、並びや配分をいつもすごく意識してます。1ヵ月のおおよそのイベントスケジュールを俯瞰して見て、この辺に全然違うイベントを入れた方がいいなというふうに。

ルーシー・リー鑑賞会イベント

ルーシー・リー鑑賞会イベント

告知した瞬間に満員になる人気のイベントもけっこうあって、特に美術関係のイベントに多いですね。例えば東京の各美術館とタイアップして開催することも多いですし、ルーシー・リーの鑑賞会などは、知り合いの学芸員や新聞社の記者にお願いしたら美術館に展示してある本物の作品を6次元に持ってきてくれることになったんです。これはかなり画期的で、美術館はこういうことはまずしてくれません。そのためにはやはり普段からの彼らとの交流が大事ですね。こういう他ではできないイベントは盛り上がるので、今後も力を入れていこうと思っています。


──他にイベント運営でこだわっている点はありますか?

基本的に、自分自身が好きで興味があることしかやらないようにしてます。興味がないけど集客がよさそうだからやるということはしないですね。だって、お客さんには僕が本当に好きなのかどうかって絶対バレますよ。イベントの主催者である僕自身があんまり好きじゃないんだなって思うと興ざめしますよね。だから、そもそもあんまり好きじゃない企画を持ってくる人は少ないんですが、たまに興味をそそられない企画はやんわり断ることがあります。好きなことを好きって言い続ける姿勢はぶれないように心がけていますね。

あとは、イベントへの参加申し込みの仕方は自動フォームとかではなくて、参加希望者に直接メールで送ってもらっていて、その返信もあえて1人ひとり全員に僕がメールを書いて送っているんです。


──それだけイベントをたくさん開催してれば来るメールの量も多くて手間がかかりますよね。あえてそうしている理由は?

自動化しちゃうとつまらないし、その方がイベントの"空気感"のようなものがわかるからです。メールには「参加希望します」だけじゃなくて、「先日のイベントがおもしろかったから今回も参加します」みたいにいろいろ書いてくれる人もけっこういるんですね。そういう自動返信システムではわからないお客さんの生の声を手作業だと得られるんですよ。あとは、スピード感も大事だと思っていて、来たメールはなるべくその場ですぐ返すようにしています。移動中の時間をよく使っているので、今はスマホがあって助かってますね(笑)。

中央線文化の地層

──店内はレトロというか昔のどこか懐かしい時代にタイムスリップしたような不思議な空間になっていて、そこが外国人に人気の理由だと思うのですが、雰囲気づくりでこだわっている点はどういうところでしょう。

異世界に足を踏み入れたような錯覚に陥る6次元

異世界に足を踏み入れたような錯覚に陥る6次元

もちろんこの空間デザインも意図してやっていることです。中央線沿いにある店なので、有名なアートディレクターや空間デザイナーが手掛けたようなおしゃれでかっこいい感じじゃなくて、ちょっとゆるい感じの方がおもしろくていいと思うんですよね。もちろん僕自身の好みでもあります。


──確かに中央線沿線って一種独特の文化がありますよね。

そうですよね。「中央線」がけっこう大事なポイントで、店の窓からちょうど目線と同じ高さに中央線の電車が走っているのが見えるんですよ。特に夜はきれいで、お客さんたちがコーヒーを飲んだり、本を読みながら電車を愛でている。ある日、その風景が隠れ茶室のような感じでおもしろいなと感じたんです。

この場所は、6次元の前は「ひなぎく」というカフェ、その前は「梵天」というジャズ喫茶だったんですが、どちらも伝説的な店で、いわゆる中央線カルチャーを作っていた編集者などクリエイターたちのたまり場でした。今でも時々当時の常連客がやってきます。だからここは中央線文化の地層になっているんですよ。超有名ジャズ喫茶だった「梵天」、閉店するとき保護しようとして受け継いた「ひなぎく」、さらにそれを保存したのが「6次元」。お寺を代々保存していく、昭和文化遺産の保存会みたいな感じで、そういった文化を僕が受け継げているのが誇らしいと思っています。

6次元はこういう空間に巡り会えたから始めたわけで、ここじゃなかったらやってなかったかもしれません。カフェをやりたいと思っていていろいろ探していたのですが、なかなかこれだという物件がなくて。ここは探していた本当に僕の求めていたイメージぴったりでした。

ナカムラクニオ

ナカムラクニオ
1971年東京都生まれ。ブックカフェ「6次元」店主。

高校時代から美術活動に取り組む。作品を横尾忠則氏に絶賛され、公募展に多数入賞、個展開催などアーティストとして頭角を現す。大学卒業後はテレビ制作会社に入社。「ASAYAN」「開運!なんでも鑑定団」、「地球街道」などを手掛ける。37歳の時に独立し、フリーランスに。NHKワールドTVなどで国内外の旅番組や日本の文化を海外に伝える国際番組を担当。2008年ブックカフェ「6次元」をオープン。その後オーナー業と平行してフリーのディレクターとして番組制作の仕事も請け負う。現在は「6次元」店主として年間200回を超えるイベントの企画、運営、執筆活動、出版プロデュース、大学講師、金継ぎ講師など、さまざまな仕事に取り組んでいる。執筆業では、+DESIGNINGで「デザインガール図鑑」、朝日小学生新聞で「世界の本屋さん」、DOT Placeで「世界の果ての本屋さん」、IGNITIONで「Exploring Murakami’s world」などを連載中。著作に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方‐都市型茶室「6次元」の発想とは』(CCCメディアハウス)、『さんぽで感じる村上春樹』(ダイヤモンド社)などがある。

初出日:2016.04.04 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの