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2015.01.05  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

外国人女性落語家として

──ダイアンさんの現在の活動について教えてください。

落語を披露するダイアンさん

メインの仕事は落語です。国内外を飛び回って日本語と英語の両方で落語の公演をしています。その他は講演会、バルーンアート、着物・ゆかたの着付け教室などのいろんなワークショップをしています。


──国内外で日本語と英語の両方で落語を披露している外国人の落語家はおそらくダイアンさんだけだと思うのですが、落語をするようになった経緯は?

日本に来て6年くらい経ったころ、英語落語の先駆者だった桂枝雀師匠(1999年死去)に英会話を教えていた私の友だちから、「今度の落語会で枝雀師匠が外国人のお茶子を探しているんだけどやってみない?」と声をかけてもらいました。(※編集部注:落語のお茶子とは、寄席で落語の舞台でめくりと呼ばれる落語家の名前が書かれた紙の札をめくったり、座布団を裏返したりするアシスタント)

落語なんて1度も見たことがなかったから、かえって枝雀師匠の迷惑になるかもとちょっと悩みましたが、その友だちから「大丈夫、お茶子の仕事は全部教えるから。それに着物が着られて、舞台に出れるよ」という言葉を聞いて、「やるやる!」と即答しました。日本に来た当初から着物が大好きだったのですが、自分の着物を持ってなくて茶道や生け花をやるときに知り合いに着物を借りて着ていました。めっちゃ着物が着たかったのでこれはチャンスやと(笑)。

それから枝雀師匠を紹介してもらって、落語やお茶子の作法を教えていただき、本番の日を迎えました。初めて間近で落語を見たとき、『時うどん』という古典落語の英語落語だったのですが、枝雀師匠のパフォーマンスにめっちゃびっくりしました。目の前に一つの旅の風景が現れたんです。うどんをおいしそうに食べるシーンでは本当に食べてるみたいでした。たった一人で座布団の上に座ったままで、声や表情、身振り手振りだけで、何役も演じて、一つの世界をつくれるのが本当にすごいなとめっちゃ感動したんです。これまで見たことのない世界でした。私は子どものころから物語が好きだったので、師匠の落語にすぐに引き込まれ、私自身が旅をしているような気分になりました。それがすごく楽しかったんです。お客さんも全部その世界に入ってしまっていました。

同時に、どうしてこんなにすごい落語という文化が外国で有名じゃないんだろう、この素晴らしいパフォーマンスのことを誰も知らないんだろうと不思議に思いました。当時外国で英語で落語をやってた人は枝雀師匠くらいでしたから当然といえば当然なのですが、もったいないと思いました。それ以降もときどきお茶子をやらせてもらって、いろいろな人の落語を間近で見ているうちに、自分でも落語をやってみたいと思うようになり、英語落語の道場に入って勉強し始めたんです。

落語の習得に励む

──道場ではどんなことを習ったのですか?

まずは落語についての基礎知識から入って、小道具の使い方、目線の配り方や喋り方などの演技の仕方やストーリーの作り方などを学びました。だんだん慣れてくると、道場に行く前に小咄を作ってみんなの前で演じたりしてました。落語の勉強はすごい楽しかったですね。ほんまに趣味で始めたから。最初は仕事にするつもりなんて全然なかったです。

98年、落語家デビュー

──初めてお客さんの前で落語をしたのは?

落語家としてのデビューは1998年。大阪の寄席でした。最初は他の落語家さんたちと一緒にいろんな場所に行って落語をしていたのですが、だんだんダイアン一人で行くことも増えてきました。一人でやるようになったことで、自分だけの落語ショーをつくらなあかん状況になり、着付けも自分でやらなきゃいけなくなったから着付けも覚えました。


──「ダイアン吉日」という芸名はやはり「大安吉日」から?

そうです。ラッキーデイ・ダイアン(笑)、ラッキーな名前なので落語家になる前から名乗っていました。日本に来たばかりのときに、ジョークで「ダイアン吉日です」と自己紹介したら、ちょっと間があってみんな「おお~! うまいなあ」とウケたので、これを芸名にしようと決めたんです。


──上達するために工夫したことは?

とにかく練習と実戦を繰り返すのみですね。何でも1回目よりも10回目の方が確実にうまくなっているでしょう? とにかくお客さんの前でやらなきゃだめですね。ウケるかウケないかも、お客さんの前でやることで初めてわかります。自分の頭の中だけで「これ絶対おもろい」と思っても、お客さんが笑わなかったら意味ないので。それを繰り返すことで、段々とウケるコツがわかってきたんです。ウケなかった部分は外国人の私にとってはおもしろいかもしれないけど、日本人にとってはそんなにおかしくなかったということ。その理由を「どうしておもしろくなかったと思う?」と日本人の友だちに聞いていました。それを繰り返すことで、文化の違いでおもしろくなかったんだとか、おもしろくするためにはこうすればいいんだということが段々わかってきたんです。

ダイアン吉日(だいあん きちじつ)
イギリス・リバプール生まれ。英国人落語家/バルーンアーティスト。

ロンドンでグラフィックデザイナーとして働いた後、子どものころからの夢だった世界放浪の旅に出る。1990年、旅の途中で友人に勧められ日本へ。たちまち華道・茶道・着物などの日本文化に魅了される。後に華道、茶道の師範取得。1996年、英語落語の先駆者、故・桂枝雀氏の落語会で「お茶子」をする機会を得て落語との運命の出会いを果たす。その巧みな話芸とイマジネーションの世界に感銘を受け落語を学び始め、1998年初舞台を踏む。以来、古典から創作までさまざまな工夫をこらして英語・日本語の両方で国内外で落語を公演。「わかりやすい落語」と幅広い年代に愛されている。また、ツイスト・バルーンを扱うバルーンアーティストとしても活動中。今までに40ヵ国以上を旅した経験談や、日本に来たときの驚き、文化の違いなどユーモアあふれるトークを交えての講演会も積極的に開催。その他、落語、バルーンアート、着物・ゆかたの着付け教室、ラフターヨガ、風呂敷活用術、生け花教室、即興劇などさまざまなワークショップの講師としても活躍中。現在はどこのプロダクションにも所属せず、フリーで活動を行っている。2011年に発生した東日本大震災では被災地で落語やバルーンアートなどのボランティア活動で多くの被災者を励ました。また、これまでの日本と海外の文化の懸け橋となる国際的な活動が高く評価され、2013年6月に公益財団法人世界平和研究所において第9回中曽根康弘賞 奨励賞を受賞。テレビ、新聞、雑誌などメディア出演多数。

初出日:2015.01.05 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの