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2014.10.01  取材・文/山下久猛 撮影/宋英治

葛藤の時期

──当時30代半ばですよね。将来の不安はなかったのですか?

もちろんありましたよ。だから社会科見学をもっとちゃんとした仕事にしようと思っていろいろ考えました。で、社会科見学をNPOにしたらいんじゃないかと思って2010年9月から半年間、地域おこしやNPOを設立するノウハウを学ぶ学校に通い始めたんです。でもその学校に通いながら、NPOはいろいろと制約が多くどうも僕の性に合っていないと思うようになりました。実際にNPOを運営している人たちにも「小島君はNPOには向いていない。やるなら普通の会社にした方がいい」と言わたのでやっぱりそうかと(笑)。半年間学校に通いましたが、社会科見学はビジネスにした方がいいのか、ならば会社を立ち上げた方がいいのかなとかいろいろ悩んでいました。

ちょうど同じ時期に『社会科見学を100倍楽しむ本』という本を作っていて、学校の修了とほぼ同じタイミングの2011年4月に出版しました。この本はこれまで7年間の社会科見学に関する活動をまとめたような内容で、その7年間に知り合った仲間たちと一緒に作った本です。社会科見学の会社を立ち上げようかどうか悩んでいましたが、この本を出版することで僕の中では社会科見学に一つの区切りがついてしまったんです。

そこで次に何をしようかなと考えた時、この本でも取り上げた長崎県の池島に久しぶりに行ってみようかといろいろ調べていたところ、長崎市が池島での「地域おこし協力隊」を募集していることを知ったのです。池島はまだまだ活用できる伸びしろがあるし、僕がこれまでやってきたノウハウが活かせると思い2011年10月から地域おこし協力隊員として池島に赴任したというわけです。

池島との出会い

──なぜ池島の地域おこし協力隊に?

そもそも池島との最初の出会いは2008年です。その年の1月に『ニッポン地下観光ガイド』という本を共著で出したのですが、取材がとても楽しかったのでその第2弾を作ろうと思い、日本各地の地下事情を調べていたところ、「デイリーポータルZ」というWebメディアで海底炭鉱が残っている島があることを知りました。それが池島だったんです。

池島は周囲4キロの小さな島ですが、20世紀の最後まで石炭採掘で栄えた島で、最盛期は8000人以上の人が暮らしていたと言われています。隣のひき島まで海底トンネルを掘って石炭を採掘していたのですが、その一部がまだ残っていて、見学できると。海底炭鉱って全く未知の世界でしたからこれは是非とも見学しなければと思い、早速長崎市の炭鉱見学の窓口に取材申請をしました。しかし、取材直前にアポイントを確認したところ実施会社に話が通っておらず結局取材はできませんでした。でも地上だけでも見てみたいと池島に行ったところ、そこですごい衝撃を受けました。島にはかつて炭鉱マンとその家族が住んでいたマンション郡が廃墟になってそびえ立っていたり、石炭を運んでいた巨大な機械たちや発電所なども風雪に耐えボロボロになりながらもそのまま残っていました。元々炭鉱だった場所は国内にたくさんありますが、現在もそれらがほぼ完全に近い形で残っているのは池島しかないんです。

池島にはさまざまな産業遺構が残っている

その様は産業島というにふさわしく、まさしく20世紀が残っているような世界。島内を散策するとまるで映画の中を歩いているような錯覚に陥りました。しかもそういう島にいまだに生活している人たちがいる。とにかくこれまで見たことがないような場所で、日本にこんな場所があったのかと感動しました。それでもう一回ちゃんと取材で来なければと翌2009年に今度は直接実施会社に取材依頼をして、無事に取材できました。しかし、残念ながら2009年の時点で海底部分はすでに水没してしまっていました。海底部分は入れず地上の坑内(トンネル)しか見学できなかったけれど、それを差し引いても有り余る魅力が池島にはあったのです。そのとき撮影した写真や取材した記事などが先ほど話した『社会科見学を100倍楽しむ本』に掲載しています。


──一番感動したのはやはり坑内見学ですか?

いえ。確かに坑内見学はとても楽しかったのですが、それだけでは満足できませんでした。僕が初めて池島に来たときに感じた衝撃や感動を半分も味わえなかったからです。池島には坑内以外にも、地上部分にせっかく「炭鉱の島」としての機能や生活の場が残っているのに見学コース(炭鉱さるく)ではそこをほとんど見せないため、島全体のストーリーがいまいちつながらないのです。炭鉱さるくは「石炭を掘る」ということに特化しているんですね。炭鉱さるくで池島を訪れた人が見る場所といえば、港と炭鉱の説明を聞く建物と炭鉱坑内の3カ所程度。ほとんどの人はそれだけ見て帰ってしまう。それでは当然島自体にお金は落ちませんし、離島に来たのに船に乗ること以外離島であることを感じることがありません。なんてもったいないんだと怒りすら感じました。

そして2010年に池島の地域おこし協力隊の募集を見た時に、そのときの思いがふつふつと蘇ってきました。池島にはもっと素晴らしいところがたくさんあるからそれをたくさんの人に知らしめたい、それが自分にはできると思ったんです。

小島健一(こじま けんいち)
1976年埼玉県生まれ。長崎大学大学院工学研究科インフラ長寿命化センター研究員/元地域おこし協力隊員(長崎市池島)/見学家/フォトグラファー/「社会科見学に行こう!」主宰

大学卒業後、コンビニでのアルバイト、商社、IT企業、Web制作会社などを経て、2004年からフリーランスとして社会科見学団体「社会科見学に行こう!」を主宰。先端科学研究所や土木工事現場、産業遺産や工場などの見学をコーディネートを行い、大人の社会科見学ブームの火付け役となる。同時に工場などを一般向けにテレビ、ラジオ、書籍、WEBなどで紹介。また、トークライブやサイエンスシートなどを通して、技術者や研究者などの専門家と専門外の人を結びつける活動も。写真家として活動するほかに執筆、イベントやロケーションのコーディネートなども手掛ける。2011年10月から長崎市の地域おこし協力隊の一人として長崎の離島「池島」へ赴任。2014年8月まで「産業遺産で地域再生」を目標に地域おこしに従事。池島の認知度向上、来島者大幅増加に貢献。2014年9月からは長崎大学大学院工学研究科インフラ長寿命化センターの研究員として勤務。テレビ、新聞、雑誌などのメディア出演・登場多数。著書に『社会科見学に行こう! 』、『ニッポン地下観光ガイド』、『見学に行ってきた。』などがある。

初出日:2014.10.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの