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2013.05.01  取材・文/山下久猛 撮影/村上宗一郎

東京R不動産のディレクターのひとりとして

──ディレクターを務めている東京R不動産は個性的な物件を扱っているサイトとして何かと話題ですが、どのような経緯で始めたのですか?

東京R不動産」Webサイト

東京R不動産はひとことでいえば、東京に山ほど眠っている魅力的な物件を、新しい視点で発見、紹介していくサイトです。

Open Aを立ち上げたのと東京R不動産がスタートしたのはほぼ同時期で、最初は趣味・冗談のように始めたんですが、それから10年が経とうとしています。同時期に立ち上がったのには理由があって、Open Aを立ち上げるとき、事務所は既存の空き物件をそのまま使うんじゃなくて、自分たちの好みに合わせて大幅にリノベーションしたいと思っていたんですね。いろいろ探したらけっこうおもしろそうな物件があって、それをブログで紹介していたんです。

いろんな町の不動産屋さんに「改装OKの倉庫みたいな物件ないですか?」と聞いて回ったのですが、どこも「そんなのないよ。改装なんてダメに決まってるでしょ。現状復帰が原則なんだから」と断られちゃって。

でも長年放置されていた物件のオーナーさんと直接話したら、好きに改装していいよと。それで元々駐車場だった1階のスペースをリノベーションしてオフィスにしたら、オーナーさんが「こんなにかっこよくなるんだ!」と喜んじゃって(笑)。

こういう経験を通して借り手とオーナーの間に不動産屋さんが入ることによってミスマッチが起きているなという感覚をもったんです。そのミスマッチを解消したいという思いと、この街の周りに山ほどある魅力的な空き物件から東京を眺めてみようといった考現学的な視点で、個人ブログの延長みたいなものから始まったのが東京R不動産なんです。

現在、東京R不動産は月間3万ページビューを越えており、不動産仲介サイトとして多くの人に認知されていますが、最初は都市を観察するメディアとして書いていたというのが実情です。

大学の准教授として

──東北芸術工科大学での准教授としての仕事について教えて下さい。

研究室をもって大学院生に建築について教えています。もちろん座学もありますが、僕の場合は実戦、つまり実際の仕事を通して学生にいろんなことを学ばせたいと思っているので、民間企業と合同プロジェクトをたくさん行なっています。

たとえば、復興支援の一環として、仙台の住宅メーカーと一緒にリノベーションの新商品を開発したり、2009年には山形の老舗旅館のリノベーションを行いました。

だから学生たちは完全に大人扱いですね。彼らを使うのはたいへんですが、実戦を通して学んだほうが確実に技術は身につくので、そういう方針でやっているんです。

本の執筆は素敵な時間

──本もたくさん執筆されてますよね。

これまで共著を含めて7冊ほど書いています。僕にとって本を書くという仕事は究極のソロワークで、唯一ひとりになれる素敵な時間なんです。最近、この仕事には2つの意味があると思っています。

一つは、もやもやと頭の中で考えていることを整理できること。僕は走りながら考えるタイプなので同時に多種類の仕事をしているのですが、そのいろんな仕事の位置づけみたいなものを自分の中で整理して再編集しなければ、分裂して収集がつかなくなるような気がするんですね。それを本を書くことで、その仕事の目的と意味を整理して納得することができるんです。

二つめがプロジェクトを作るため。僕は本がプロジェクトを作ったり動かしたりするためのドライバーだと位置づけているんです。わかりやすくいうと企画書です。例えば『新しい郊外の家』という本は、楽しいから新しい郊外に住もうよという経験談なのですが、それを読んだ人や企業がそんな家を建てたいと相談・依頼に来てくれるので企画書でもあるわけです。そういう意味では新しい仕事のフィールドをつくるための企画書として、また社会に対する問いかけとして本を書いているんです。

馬場さんの代表的な著書。左から『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(林厚見氏、吉里裕也氏との共著/ダイヤモンド社)、『「新しい郊外」の家』(太田出版)、『都市をリノベーション』(NTT出版)

──現在も書いている本はあるのですか?

今は公共空間のリノベーションについて考察し、提言する本と、さまざまな問題を抱えた日本の30年後の姿を建築家の立場から考える本を書いています。

有機的に繋がる4つの仕事

──これらのさまざまな仕事はつながっているのでしょうか。

はい。例えば、Open Aや東京R不動産で学んだことを大学で教えているし、逆に大学で試してみてうまくいったことをOpen Aや東京R不動産の仕事にフィードバックしたりしてます。それらについて本を書くし、書いたことで整理された思考が、Open Aや東京R不動産、大学の教育にフィードバックされています。だからすべての仕事は一見あまり関係がなさそうに見えますが、密接かつ有機的につながっているんです。


──各仕事にかける時間・労力の割合はどんな感じですか?

時間と労力はOpen Aが50~60%、大学が20~30%、東京R不動産が20%という感じでしょうか。本の執筆は休みの日にやっているので、入れてません。原稿を書く時間は休暇と思ってますね。自分と向き合いながらじっくり取り組む時間があることは精神衛生上とてもいいですね。


──本の執筆は仕事ではないと(笑)。では仕事とプライベートの垣根はないという感じですか?

そうですね。建築家という職業は、例えば家で子どもと遊んでいるときでも、子どもの行動から最適な家の設計について考えたりしているんですよね。だから日常の中にこそ重要な仕事のヒントがあるので、プライベートの中に仕事があり、その逆もしかりなので、仕事とプライベートの境界線はないですね。それでもストレスは感じていません。

馬場正尊(ばば まさたか)
1968年佐賀県生まれ。建築家/Open A ltd.代表取締役/東京R不動産ディレクター

早稲田大学理工学部建築学科卒業後、博報堂へ入社。博覧会やショールームの企画等に従事。その後早稲田大学大学院博士課程へ復学、建築とサブカルチャーをつなぐ雑誌『A』編集長を務める。2003年、建築設計事務所Open Aを設立。個人住宅の設計から商業施設のリノベーション・コンバージョン、都市計画まで幅広く手がける。東京R不動産では編集・制作面を担当し月間300万PVの人気サイトに育て上げる。東北芸術工科大学准教授を務めるほか、イベント・セミナー講師など多方面で活躍。『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(ダイヤモンド社)、『都市をリノベーション』(NTT出版)、『団地に住もう! 東京R不動産』(日経BP社)、『「新しい郊外」の家』(太田出版)、など著書多数

初出日:2013.05.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの