長く続けないと意味がない
──治療などの医療活動は基本的に個人で行っているとのことですが、医療系の国際NGOの一員として活動するということは考えたことはないのですか?

僕も個人で活動しつつ、国際NGOの医療チームに依頼されて参加することもたまにあります。その時、現場で支援の仕組みなどいろいろ学べるのはいいのですが、活動の内容に関して支援者の意向が反映されることもあるんです。もちろん、ある程度は当然のことなのですが、そうなると100%患者さんのための医療が難しくなりますよね。そういうことを目の当たりにすると、どうなのかなと思うんです。
また、こういう活動は長く継続しないと意味がありません。ある年、某NGOに十分な支援金が入らず、途上国に行けなかったことがあったんです。でもそんなことは現地の人にとっては全く関係ないことですよね。今年の何月に来るだろうと待っているのにいきなり来ないということになると、現地の人は困ります。そういうことはやりたくないなと。だから団体に属さず、自分ができる範囲で活動をしてきたわけです。といっても僕自身も数年前から社団法人ウィズアウトボーダーを通してご支援いただいていて、そのお金で患者さんのCT代や転院の交通費など治療以外の部分が賄えるので非常に感謝しています。
貧しい患者さんを支援するための資金もまだまだ足りていないので、支援者の方が増えてほしいと思っています。
それと、現地に行く時は、極力身一つで行くようにしています。どうしてもそれがなかったら手術ができないものは持って行きますが、それ以外は材料も器具も人も極力持って行かないようにしています。それは最初から決めていることです。
──それはなぜですか?
途上国へチームを組んで行く人はたくさんいますが、それだと行かなくなった誰も何もできず、何も残らずに終わってしまうので。僕1人で行って地元の医師やナースを使って、そこにある器具で手術をしていれば、仮に何かの事情で僕が行けなくなっても何かは残るかなと。そういう考えで最初から身一つで行って、現地であるもので何とかできるように工夫しているんです。
治療以外の活動
──治療以外の活動について教えてください。

上顎多形成腺腫の手術の様子。ラオス大学口腔外科マスターコースの若手たちが、岩田さんを囲んで熱心に術式を覚える(写真提供:ウィズアウトボーダー)

カンボジアUP大学で歯学部の学生に講義する岩田さん。テーマは骨造成について(写真提供:ウィズアウトボーダー)
現地には専門医がいないので、その育成ももう1つの大きな仕事として力を入れています。そのために、手術には必ず現地医師を立ち会わせて手術の方法をリアルタイムで教えています。そうすることで、元々は消化器外科の医師だったのが顔面も治療できるようになるんです。このような教育の仕方のほかに、大学で講義したりもしています。
──先ほど日本から医師を連れて行くスタディツアーも実施しているとおっしゃっていましたが、その目的は?

スタディツアーのひとコマ。カンボジアの病院にて(写真提供:ウィズアウトボーダー)
日本の医療教育の中では海外の医療現場を見る機会がほとんどないので、多くの日本の医者は何でも設備が整った、ほしいものは何でも手に入る日本の恵まれた医療現場しか見たことがありません。そんな彼らに途上国の何もない医療事情を見てもらいたいと思ってスタディツアーを始めました。それは何も、CTを撮らないで手術をするとか、材料・器具がない状態で工夫して日本でやってくださいという意味ではなくて、途上国の医療事情を自分の目で見ることによって、日本医療を少し考え直してもらえればというのがスタディツアーの目的です。参加者の中には若手医師や、医学部・歯学部の学生さんもいるのですが、そういう人たちに何か感じ取ってもらえばと。
──他に治療以外の活動は?
現地の幼稚園や小学校に行って、子どもたちにヘルスチェックや歯科検診、フッ素塗布、歯磨き指導など、予防のための活動や女性のための保健衛生活動もしています。現地ではそういうことも遅れてますからね。また、僕の活動に共感していろんな支援をしてくれる方が増えてきたので、その支援金で孤児院へ衣類や文房具、トランプ、歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸、お菓子や生理用品など生活用品を届けるプロジェクトを行ったりしています。これらの活動は主に妻の方が「一般社団法人ウィズアウトボーダー」の中のTOOSMILE PROJECT活動として行っています。
<$MTPageSeparator$>つらいと感じる点
──素晴らしい活動でやりがいは大きいとは思うのですが、ものすごく大変ですよね。つらいと感じることもないんですか?

そりゃありますよ。お金ないから(笑)。でもそこはうまく切り詰めるしかないのかなと。そのために日本での仕事を増やしていて、日本にいる時はいろんな病院で休みなくずっと手術しています。
──現地にいる間もずっと仕事してますよね。
だから基本的に僕の休みは飛行機の中だけ。あと現地でたまにほっと休める日ができたりするんですよ。例えば手術を予定していた患者さんが急に体調悪くなって中止になるとか。そういう時は近くのホテルに帰って休んでます。
──驚異的な体力、精神力ですね。
もう勢いで行くしかないですね(笑)。今のところはもってますが、これからどのくらい僕自身続けられるかはわからないですけどね。
──そのために体を鍛えたりしてるんですか?
いえ、トレーニングやスポーツなど何も全くしてません。体力だけは元々あったんでしょうね(笑)。
──もういい加減疲れた、嫌だとはならないんですか?
疲れてるんでしょうけど、あんまり感じてはないですね。
──では活動をやめようかと思ったこともないですか?
この活動自体をやめようと思ったことはないですね。
国内での医療活動
──フリーランス医師としての国内での医療活動について教えてください。クライアントの病院ってどのくらいあるんですか?
今、定期的に治療に行っている病院は8ヵ所くらいですね。個人経営のクリニックから、大きな総合病院までいろんな病院があります。それ以外に年に1、2回、手術だけをしにいく病院まで含めるともっとたくさんあります。
活動範囲は僕が住んでる関西圏が中心で、後は名古屋、東京、千葉などにもよく行っています。
──主にどんな治療をしているのですか?
基本的に手術しかしません。例えばクリニックでは腫瘍の切除、親知らずの抜歯、インプラントなど。総合病院ではカンボジアでやっているようなガンの切除手術や顔の骨折の手術などを行っています。
フリーランス医師と勤務医の違い
──フリーランスと病院勤務との違いは?

収入の安定などいろいろありますが、一番の違いはプレッシャーですね。同じ手術でもフリーランスの方が全然重いです。26年間病院勤めをしてきましたが、今から思えばフリーランスと比べると気楽でしたね。いろんな意味で病院に守られていましたから。でもフリーランスになると全部僕1人の責任でやらなければならない。手術で少しでもミスしたら、もう2度と依頼は来ないでしょう。1回1回が真剣勝負。それは途上国でも同じですけどね。カンボジアやラオスで手術してうまくいかなければ次は呼ばれないでしょうから。
そのプレッシャーはすごいものがありますよ。もちろん病院勤めをしていた時も手術は真剣勝負で緊張感をもって行っていましたが、フリーランスになってプレッシャーがより大きくなったし、質も変わったということですね。常にそんなプレッシャーとともに生きています。
でも幸い、これまで手術してきた病院からいきなりオファーが来なくなったことはないので、大丈夫だろうとは思ってますけどね(笑)。

ラオスの医師と一緒に(写真提供:ウィズアウトボーダー)
──岩田さんほど何千回と手術をやってきた方でもいまだにそのプレッシャーは感じるんですね。
そりゃ感じますよ。手術では毎回あります。よかったのがフリーランスになる前から途上国でフリーランスと同じ立場で手術を重ねていたこと。だから日本でフリーランスになってもやっていけたのかなと思いますね。
──個人で全部やるとなるとスケジュール管理も難しいのでは?
いつもスケジュール帳とにらめっこですね(笑)。国内でも海外でもいかに効率よく病院を回って手術ができるか、頭を悩ませてますが、これも妻が手伝ってくれているので助かっています。