行政とコラボした木育イベント

川崎市高津区とコラボした木育イベント
──前編では様々な木育関連の活動について皆さんに語っていただきましたが、他に印象に残っているイベントやワークショップはありますか?
佐藤政満(以下、佐藤) 昨年(2016年)の8月27、28日の2日間で神奈川県川崎市高津区で開催された「高津区こども未来事業『区民木育体験』」です。高津区役所が木育をテーマに、住民同士の絆を深めることを最大の目的として、過去にこのWAVE+に登場していただいた須藤シンジさんが代表を務めるピープルデザイン研究所とコラボしたイベントです。ピープルデザインは長年、住民同士のコミュニケーションの活性化に尽力しており、この木育プロジェクトはその一環だったんです。当社も森田さんが担当している環境出前授業や角田さんが所属しているきづくりラボで、子どもたちへの環境教育や、国内木材を積極的に家具に使っていくことなど、社会への木育PRを行っているので、可能な限りお手伝いさせていただこうということになったわけです。
──具体的にどのようなお手伝いをしたのですか?
佐藤 イベントは、座学と実際に椅子を製作してもらうという内容で、我々はそのサポートを行いました。役割としては、僕は高津区との調整役というか、イベントをコントロールするプロデューサーのような立場で、角田さんや森田さんには先生役として全面に出てもらいました。

座学の様子
森田舞(以下、森田) 座学ではいつも環境出前授業でやっているような話をしました。まず日本の森林の状況から話して、間伐したものを使うことが大事だということや、切った木がどうやって家具の材料に加工されていくのかという話をしました。
角田知一(以下、角田) その後、その木材を組み合わせたり加工をすることでどのように椅子が作られるかという構造やデザインの話をしました。我々家具メーカーの人間が講師を務めるからには子どもたちにただ自由に作ってもらうだけではだめだと思い、最初にきちんと椅子の構造や木の組み方、デザインの仕方についてしっかり教えました。そして素材となる丸太や端材に触れイメージを膨らませてもらった後、子どもたちにアイデアスケッチや簡単な図面を描いてもらった上で実際に椅子を製作してもらいました。主に小学生が対象でしたので、積み木感覚でもある程度椅子らしいものが組み立てられるような素材を用意しました。製作例として事前に佐藤さんたちと端材で各自椅子を作って、本番に3脚持っていったんですね。それを子どもたちに見せると、この木材でここまでのちゃんとした椅子ができるんだなとみんな感激してそれを真似たり、そこからアレンジして椅子を作ってましたね。我々は安全管理や工具の使い方やわからないところを教えたりと、そのサポートを行いました。
<$MTPageSeparator$>参加者に大好評

佐藤 参加者は全部で11組、22名の親子連れの方々で、お子さんは下は3歳から上は高校生までいました。みなさん普段木に親しんでおらず、木がどういうものなのかがわかっていないように見受けられました。だからこそ、実際に木を触って切って組み立てるという一連の作業を通して、木とはどういうものなのかを体感し、喜びを感じ、かつ自分の作りたい椅子ができたので楽しかったと、非常に喜んでいただけました。木育イベントとしては大成功だったと思います。

角田 本当は1組につき椅子は1脚だけつくってもらう予定だったんですが、みんな楽しくなっちゃって2脚3脚と作ってくれたのがすごくうれしかったですよね。用意した素材が全部なくなっちゃいましたからね。
浅野 みなさんが作ったのはちゃんと座れるような椅子だったんですか?
佐藤 日常生活で充分に使える椅子だよ。
森田 かなりレベルの高い椅子ができてましたね。
佐藤 そうそう。最初はちゃんとできるかなと思って心配していたんだけど、その心配は全くいらなかった。次回はもっとレベルの高いものを作らせても大丈夫ですね。
角田 多分、みなさん、単に大きな板材や長い角材が置いてあるだけだとどこから椅子を作っていいのか悩むでしょうけど、あらかじめ木材を「これは脚に使えるかな」とか「座面に使えるかな」と容易に想像できるようなサイズにカットしておいたので、小さなお子さんでもその場でブロックのように組み合わせることで椅子づくりが楽しめたのではないかと思います。
森田 お子さんとご両親だけだと、作る過程で行き詰まってしまった時にどうしようと不安になりますが、その場に我々家具メーカーという専門家がいたので安心感があったと思います。
浅野 なるほど。確かにそれは大きかったでしょうね。
木育は子どものためだけのものにあらず
森田 あとこの時すごく印象的だったのが、木育というと子どもに対してするものというイメージだったのですが、実際にワークショップ形式でやってみるとお父さんお母さんの方が盛り上がっていたんですよ。もしかすると木育といっても、対象年齢はもっと上、大人なのかなと思うほど、子どもそっちのけで盛り上がってどんどん作っていた人もいてびっくりしました(笑)。
佐藤 そうね。意外と大人が盛り上がってたね。原木に接することなんてめったにないだろうからね。今後は大人も木育の対象にすべきかもしれない。
角田 イベントの翌週に、できあがった椅子を武蔵溝ノ口駅のコンコースに飾ったのですが、結構盛況で、たくさんの人が見てくれてたのでよかったですね。

このイベントで完成した椅子は武蔵溝ノ口駅のコンコースに展示された
木育の課題

──現状で木育に関して抱えている問題意識はありますか?
角田 何が本当の木育なのかというのがすごく難しいですよね。現状で行われている「勉強」としての木育と本当に実施してもらいたい木育は乖離してるのかなと。つまり単に木について説明されたところでそんなのに興味のある子はなかなかいないし、間伐材で作った家具を見たり触ったとしても愛着が湧くわけじゃない。もちろん効果としてゼロではないですが、違うんじゃないかなと。
佐藤 じゃあ角田さんの考える真の木育とはどういうものなの?
角田 木育っていろんなものがあるのかもしれないけど、自ら木を使ってものづくりをするなど愛着がわくような体験を通して木に触れ合えないものは本当の木育じゃないのかなと。だから講義だけでなく私がこれまで行ってきた、参加者が家具を実際に作るプログラムなりワークショップが木育というのならわかるんです。もっと言えば赤ちゃんの頃から回りに木製の家具に囲まれて育った人とそうじゃない人は違う。
浅野 どういうこと?
角田 木製の家具は子どもの成長や家族の暮らしの日々を積み重ねる中で傷や染みがついたり、反ったりしますが、それらが家族の思い出や歴史となり、やっぱり木はいいなあと愛着が湧くと思うんですよね。そういう文化が昔から日本にはあった。しかし、そういった文化も木造の家が減り、木製の家具が使われなくなった現代ではなくなっています。それをなんとか復活させてできるだけ木を使おうという動きが国主導で始まっていて、木育もその一環なのですが、現代人の多くは身の回りに木がない生活を送ってきたので、木の特性が全然わかってないんですね。だから国や会社に言われて急に木製の家具を買ったとしても年月を経て反ったり割れたり傷がついたら、なんだやっぱり木はダメじゃないかということになる。

浅野 確かにそうなんだよね。
角田 そうならないように、赤ちゃんの頃から木製のおもちゃなど、いろんな木製品に触れさせておく必要がある。興味をもつには自分の物じゃないとなかなか難しいですからね。それによって木に対する興味が生まれて好きになり、木はどんなものがあるのかなと自分で調べ始める。そういう体験をしていれば、大人になって家具を買う立場になった時、愛着をもって木製品を買って使うと思うんですね。だから体験型ではない木育を一所懸命学んでもらったところでそこから興味をもつ子はなかなかいないんじゃないかなと。勉強が先じゃなくて、まず自分の体験から育てるのが本当の木育なんじゃないかと思うわけです。
──今の角田さんの意見に対して学校で環境出前授業をしている森田さんはどう思いますか?

森田 角田さんが言っている本来の木育は私もその通りだと思います。でも私がやってる環境出前授業では勉強のところしかお手伝いできなくて、それは多分、私含めて社内で携わっている人たちも多少のジレンマをもっているだろうなと。
先ほどお話に出た早稲田大学の古谷先生が主催している、自然とともにある学びについて考える研究会「森が学校計画産学共同研究会」に参加しているのですが、その中で古谷先生がおっしゃった言葉ですごく印象に残ってるものがあります。それは「森に行くことはかけがえのない体験になるし木育にもなるから、行ける人は絶対行った方がいい。でも森に行けない状況の子どもたちもいる。近くに森がない都会の子どもたちは、森からできた椅子や机、おもちゃなどの木製品が学校や家の中にあることで、一瞬かもしれないけど木や森に興味をもつかもしれない。だから、木育家具は森のものが生活空間の中に入ってきたというイメージがいいと思う」という趣旨で、確かにそうだなと思いました。出来た製品を触るだけではあまり木育として効果はないのかもしれないけれど、全くないよりは全然いいと思うんですよね。実際に木材を製品にするのは課題がたくさんあって、浅野さんも悩んでいると思いますが。
浅野 確かにいざ木製品を売るとなると割れちゃったり反っちゃったり、汚れやすかったり傷つきやすかったりするので難しいんですよね。ずっと大事に使ってくれる人に供給したいなという思いはありますけどね。親や先生が木製品は傷つくものだと子どもに教えるところから木育かなとは思うのですが、それもなかなか難しいですよね。
<$MTPageSeparator$>重要なのは大人の木育

議論は徐々に白熱し、活発な意見が飛び交った
──そういう意味では子どもよりも大人の意識を変えることが重要なのかもしれないですね。
森田 そうですね。大人に「木育というキーワードを知ってますか?」と聞いても知らない人の方が多いですからね。あんまり普及しているキーワードじゃないような気がします。
佐藤 一般的には知らない人の方が多いでしょうね。
浅野 子どもを教育するのが木育というイメージもありますよね。それを大人に対しても呼びかけられる仕組みがあるといいですよね。
森田 木育を普及させるためにはきっと大人に呼びかけたほうが効果的だとは思います。

浅野 それはさっき角田さんが言ってたように、子どものうちから木育をやると将来の日本が変わるという話に繋がりますよね。
角田 業界の中で大人の木育って話題にはしてるんですね。大人こそ木育が必要だと。これから数年で大人となり自ら家具を買ったり家を建てたりする人が木を好きになってくれて正しい木の知識が身につけば木材需要も飛躍的に伸びるのではないかと思います。
浅野 今後のキーワードは大人の木育ですか。
角田 真面目にそう思いますね。
森田 大人に「木っていいですよね」と言うと「何となくいいとは思うけど、結局何がいいの?」と聞かれることが多いんですよね。その時はっきりと「こういうところがいいんです」と断言できないんですよ。「何となく癒されますよね」くらいしか答えられない。
浅野 ちょっと温かみがあるとかね。今後は、温かみがあると何がいいんだ、というところまで突っ込んで調べたいと思っています。
森田 大人の木育に関してはそれが今後の課題ですね。
様々な活動を通して木育を社会に広めたい

佐藤 ここ数年、建築の方では木材が人体にどういう効果を及ぼすかという研究がハウスメーカーや大学などで行われています。時々メディアで報道されていますが、鉄筋コンクリート造の校舎よりも、木造の校舎や鉄筋コンクリート造でも内装を木質化した校舎ではインフルエンザによる学級閉鎖率が下がっているというデータがあります。でもなぜ下がったのか、その因果関係がはっきりしないから研究しよう、データ化しようという動きです。様々な要因の中で湿度が大きく関係してると考えられているので、調湿が開発のキーテーマになるかもしれませんね。

そうすると浅野さんが開発に取り組んでいる木育用の家具は、その家具に使われているいろんな材料で子どもたちが知識を得るというのがテーマですよね。だから木育ができる家具を1つの新しいコンセプトとして開発したいということなんでしょう?
浅野 それがエコプロで展示していた物ですね(前編参照)。
佐藤 浅野さんが木育家具を開発していることや、森田さんが木育家具を題材に子どもたちに授業していることや、角田さんが大学や地域のいろいろな方々とコラボして木育をテーマに地域創生活動をしていることなど、オカムラが取り組んでいる木育にはさまざまな切り口があります。それらをうまく繋げて、もっと社会に木育を広めていきたいですね。