クリエイター専門のシェアオフィスへ
──2007年にFEEL GOOD creationを設立してからは、仕事場はどこに置いたのですか?
会社といっても最初は私ひとりでしたが(笑)、現在オフィスを構えている「co-lab(コーラボ)」というクリエイター専門のシェアオフィスに入りました。前々から独立したらここに入りたいと思っていたんです。

クリエイター専門のシェアオフィス「co-lab千駄ヶ谷」の内部
──シェアオフィスは今話題になっていますが、その当時からあったんですね。
シェアオフィスの走りでした。今でこそかなり増えてますが、当時クリエイター向けシェアオフィスは千代田区三番町にあったco-labくらいしかなかったですね。
──なぜシェアオフィスに入りたいと思っていたのですか?
会社に就職する際の志望動機の部分でもお話しましたが、元々工業製品のデザインを志望したのは大勢でひとつの物を造るのが好きだったからで、会社員時代も大きな会社で常に大人数のチームメンバーとともに仕事をしてきました。
しかし、独立したらひとりで仕事をしなければなりません。自宅か事務所でひとりきりでパソコンに向かって黙々と仕事をするなんて、寂しがり屋の私にはとても耐えられなかった。だから独立してひとりになっても、人がたくさんいてわいわい仕事をしている場所で働きたかったんです。
そう思っていたところ、シェアオフィスというのを偶然見つけて。しかもco-labに入っているのは私と同じようなクリエイターばかりで、ラフで和気あいあいとした雰囲気の中で働いていたのでここに決めたんです。最初は個室ではなく、好きなときにオープンスペースの空いている席を使用できるという一番安いプランから始めました。
シェアオフィスのおかげでどん底時代を乗り切る
──入ってみてどうでしたか?

結論からいうとすごくよかったです。当時はCMFデザインの市場がないどころか、CMFという言葉すら誰も知りませんでしたからそれはもうたいへんでした。
最初は仕事を取るために何軒か企業を回ったのですが、CMFについていくら説明しても「何それ? わかんない」と言われるだけなのですぐ営業回りはやめたんですよ(笑)。ですから独立して最初の1年間は本当に仕事がゼロでした。毎月赤字で、経済的にはもちろん精神的にかなりきつかった。もう本当にどん底にいるという気分でした。
でもco-labのようなオープンでいろいろな人がいる場だとひとりで落ち込んでいても、他のクリエイターが「玉井ちゃん、最近調子はどうよ?」とか「ちょっと一服する?」みたいに話しかけてきてくれたんです。それでずいぶん助けられました。もしあのとき、ひとりきりの部屋で仕事をしてたらノイローゼになっていたかもしれません。あのどん底時代を乗りきれたのはco-labに入っていたからだと思うんですよ。
──なるほど。独立した当初はかなりつらかったんですね。そのとき、独立しなきゃよかったと思ったことは?
それはないですね。確かに長らく、今、私はものすごいどん底にいるなあという感じはずっともっていましたよ。だけど、独立したことを今さら悔やんでもしょうがないし、後ろを振り返ったところでもうそこには戻れないじゃないですか。だからなんとかなるかどうかはわからないけれど、前を向いてやるしかないと思っていました。元々そういう性格でしたしね(笑)。
<$MTPageSeparator$>知り合いの紹介で徐々に仕事を増やす
──すごく前向きですね(笑)。その後はどうやって仕事を増やしていったのですか?

新規ではまず無理だとわかったので、最初は知り合いからプロジェクトの一部を手伝わせていただくというところから始めました。あとはオート・カラー・アワォードの審査委員を務めていたので、審査の場でCMFについて話して興味をもっていただいた方からぽつぽつと仕事の依頼が来るようになりました。
そこからその人に別の企業の方をご紹介していただいたりとか、そういう感じで徐々にクライアントと仕事とスタッフが増えていったんです。最近は忙しすぎて体調を崩すほどになりました。それもどうかと思うんですけどね(笑)。
──現在、スタッフは何人いらっしゃるんですか?
3人です。それまではずっとひとりだったのですが、この2~3年で増えたんです。2人はデザイナーで1人はプロデューサーです。プロデューサーはCMFの展示会や勉強会の企画や運営を中心にやってもらっています。
スタッフの増加に伴い、入居しているco-labのスペースもオープンスペースの席から段々と広い個室へと変わっていきました。

現在のスタッフと
メリットだらけのシェアオフィス
──玉井さんが入居しているシェアオフィスco-labについてもう少し詳しくお聞きしたいのですが、どんなシステムになっているんですか?
入居者の人数や会社の規模に応じて5つのプランがあります。一番安いのが専用スペースを持たず、好きなときに共用の大きなデスクの空いている席を利用できるフレックス会員。先程もお話しましたが、私も最初はこのプランからスタートしました。インターネットインフラが完備されていて、個人ロッカーに加え会議室など共用部分が無料で使えるのでとても便利です。フレックス会員契約でも有料で住所を所有し、郵便物を受け取れるタイプもあります。
その他に、専用デスクが使えるデスク会員、専用ブースに複数人が入れるブース会員、個室の専有ルームやアトリエに複数人が入れるルーム会員・アトリエ会員など、利用する側の規模や予算に応じて使えるスペースが選べます。
──どんなクリエイターが入っているのですか?
多いのはグラフィックやWebのデザイナーやIT系のプログラマーですね。あとは建築・インテリア系のデザイナーや広告系のコピーライターもいらっしゃいます。
──最大のメリットは?
やっぱりクリエイターの友だちが増えるのが一番大きいですね。長屋で隣の人にお醤油を借りるような感覚で、違う職種の専門家にちょっとした相談がすぐにできるので助かってます。もちろん私が相談を受けたときは快く応じます。その辺は持ちつ持たれつで和気あいあいとやってます。co-labの仲間内で仕事を回すこともよくありますよ。当社のWebサイトはco-lab内のWebデザイン会社maam.に作っていただきましたし、グラフィックデザイナーさんに仕事を頼んだりしてます。
仕事以外でもco-lab内でお茶をしたり、メンバーが集まってお花見やバーベキューなどイベントもしょっちゅう行なっています。そういうちょっとした交流がほんわかしていいんですよね。
こんな感じでメリットがたくさんあるので、この先当社の社員が増えても可能な限りこういうシェアオフィスにいたいと思っています。
<$MTPageSeparator$>必要なときに、必要な人と
──働き方についておうかがいしたいのですが、独立してよかったと思う点はどんなところですか?

毎回プロジェクト単位で仕事をしているので、クライアント、案件、メンバーなどの集合体はその都度違います。プロジェクトによって集合体の中身も変わり、必要なときには大きくなり、そうじゃないときは個で活動するということが自由にできます。必要なときに必要な人と組めるというのがいいですね。大きな企業の中の一員から個になったことで、集合体として働くということのおもしろさをすごく感じています。
そこが独立して一番変わった点で、企業の中の社員チームと個が集まってる集合体のチームは全然違うと思いますね。大きな組織の中にいると、その組織に対して自分のスタンス・動きを決めなきゃいけませんよね。でも集合体は大きくなってもあくまでも個が主体なので働く上でのスタンスが違います。「何のために、誰のために、どう仕事をするか」という考え方ががらっと変わりましたね。つまり「自分が所属する組織のために」から、「クライアントのために、ひいては最終顧客のために」というふうに変わったということです。
──例えばどんな職種の人たちとプロジェクトを動かすのですか?
例えば建築家、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナー、カラーデザイナー、グラフィックデザイナーなど、各分野のプロフェッショナルが集まります。当然ですがプロジェクトによって集まる人が違います。そして時にはCMFデザイナーである私が中心となり、全体をディレクションすることもあります。
会社組織の中のチームの場合、その上に部長や役員などデザインの専門家ではない人がたくさんいます。現場のチームメンバーの想いやスタンスは同じでも、決定権を持つのは彼らなので、その壁を突破していかなければなりません。そういう障害は少なく、CMFデザインだけに集中できる点が最大の違いです。
──ほかに独立してよかったと思う点はありますか?
すべてよかったですよ。私は過去も否定していないので、会社を辞めなければよかったと思うことは一切ありません。独立したことのデメリットも思いつかないですね。
仕事を自宅に持ち込めない派
──独立してから生活はどう変わりましたか?

あまり変わりませんね。私は家で仕事ができないタイプなので、仕事をするならco-labに来ます。根がぐうたらで、家にいるとだらけてしまうので(笑)。家では仕事は絶対にしません。そう決めているわけではなくて、単純にできないんです(笑)。
自宅で仕事ができる人は素晴らしいと思います。ちゃんと自分で自分を管理できる、オンとオフを切り替えられるということですから。
ただ、私もプライベートでも常にデザインのことを見たり考えたりはしています。それは仕事というか趣味みたいなものなので全然苦にならず、楽しくやってます。元々デザインが好きなんでしょうね。
──毎日のざっくりとしたスケジュールを教えてください。
大体月曜日から金曜日までの平日は9時から9時半に出社して、帰りは終電ギリギリくらいまで働いています。生活のスタイルは会社員時代とあまり変わりませんね。
土日はよほどのことがない限りは休んでいます。サーフィンが趣味ですが去年(2012年)は忙しすぎてあまり行けなかったので今年はもっと行きたいと思っています。
<$MTPageSeparator$>ブレーキをかけることが大事

──働き方に関して心がけていることはありますか?
私は仕事についついのめり込んで倒れてしまうまでやってしまうタイプで、これまでは忙しい時は2カ月休みなしになることもありましたが、それがたたって去年は実際に倒れてしまったんです。
それを教訓に、仕事に精一杯打ち込んでも、今日はもう疲れているな、集中できていないなと感じたら、その時点で切り上げて明日に回すというふうに、体を壊さないギリギリ一歩手前で止めるように心がけています。休みなしで働いてもいいアウトプットに繋がらないので。やっぱり健康が一番大事ですし、いい仕事をしたかったら健康でいないといけないと思いますね。
個が活躍する時代に
──今後の世の中の働き方はどうなると思いますか?
元大企業の社員で現在独立して細々と会社を運営していますが、大企業が今後これ以上巨大化していく時代は終わったと思います。むしろ小さく、分裂していく方向で、身軽になってくっついたり離れたりが自由にできるフレキシブルな組織形態になるのではないかと思っています。
──これから大きな組織を出て個人事業主とか小規模な組織形態を作って生きていく人が増えるということでしょうか。
そうですね。ですからそういった個や小さい組織がもっと仕事をしやすい環境になるといいなと思います。今は大きな看板や後ろ盾がないと大きな企業とは仕事がしにくいのですが、これからはその辺があんまり関係なくなってくると思うんですね。規模は小さくても信用・信頼で大手と仕事ができるという世の中になっていくと思うので、そういう意味でも個や小さな組織が増えると思います。むしろそちらの方が大企業も効率がいいことに気づくと思うんですけどね。
──玉井さんご自身の働き方に関しては今後変えていきたいと思っていることはありますか?
今の働き方に不満はないしこだわりも全然ないし、状況に合わせていくらでも変えられるので、こうしなきゃいけないとか、こうしたいというのはありません。でも人は人生のステージによって考え方やなすべきことががらっと変わるので、そのステージに上がったときに自分も変わっていくだろうとは思っています。
道なき道をゆく
──今後の夢・目標は?

先にもお話しましたが、ひとことでいえばCMFデザインの市場をきちっと確立して、日本のモノづくりを活性化することです。CMFが世の中で当たり前になって、CMFをやればモノづくりが盛り上がるねとみんなが取り組み始めることによって、今まで低迷していた日本のモノづくりにも新しい市場ができる。また、CMFの普及によって日本発の素材が世界中で売れるようになる。そういったことが私の夢です。
──その手応えは感じていますか?
独立してCMFの市場をゼロから作り始めて、それに丸6年費やしていますが、全然まだまだです。これまでを振り返ると、まるで何もない草むらをかきわけて道を作ってきたような感覚で、その作業はとても困難でたいへんですが、一方で「今、私かきわけてるな」という感じが醍醐味ですし、少し道ができたなと感じたときはものすごくうれしいです。
──高村光太郎の誌「道程」の中の一節「僕の前に道はなく、僕の後ろに道はできる」を彷彿とさせる生き様ですね。現在取り組んでいる新しい事業はあったりするのですか?
アメリカのNYに本社がある、革新的な素材を世界中から収集、ライブラリー化している会社、Material ConneXionとライセンス契約をして、今年10月には東京に素材ライブラリーをオープンさせます。世界中の新しくて優れた素材を日本でも使えるようにするためです。Material ConneXion Tokyoは日本写真印刷株式会社と株式会社FEEL GOOD creationが共同で運営します。
今後も日本のモノづくりの復権に寄与できるよう、もっと頑張って新しい道を作っていきたいと思っています。