──この3つの他に最近手がけられている仕事はありますか?
最近は小さな会社や組織、または地域の相談役的な仕事が増えてきました。
東日本大震災の2ヶ月後、陸前高田の3人の若い社長たちと東京のある会社の代表・副代表が、震災後の地域の"仕事づくり"を目的とする、民間の復興まちづくり会社「なつかしい未来創造」を立ち上げました。
その仕事で去年(2012年)の3月から、現地に通っています。
最初はWebサイトを作るだけだったのですが、関わってるうちにロゴマークの制作などいろいろリクエストをいただくようになりました。それらを一つひとつやっていくと膨大な金額になるし、こういう復興のための活動は何年にも渡って継続的に関わらないと意味がないと思ったので、「もう雇ってしまってください」と申し出たんです。
それで久々にサラリーをいただいていて、月に多い時で3回、少ないときで1回ほど陸前高田に通っているんです。
──現在、具体的にはどんなプロジェクトが進行しているのですか?

建築プロジェクトをひとつ進行中です。
現在、陸前高田にIターン、Uターンを希望している人たちが現地へ行って仕事探しや住まい探しをしようとしても、宿泊するところがないんです。
それで彼らが活動の拠点にできるような、シェアハウスとワーキングスペース、カフェもある一種のコレクティブハウスのようなものを山林の中に建てようとしているんです。
──このプロジェクトでの西村さんの役割は?
僕はコーディネーターですね。プロジェクトファシリテーターというか、全体の仕切り的存在です。
会議には進行役が必要ですよね。でもいろんな職能を持っている人が集まっているので、誰かが進行役をやると、その人が話せなくなります。
だから僕がやった方がいいと思い、手を挙げて会議の進行役を務めるようになったんです。これによりメンバーのみんながより自由にいろいろなことを話せるようになったと思います。
その中で何が必要なのかということをいろいろ議論してきて、役に立ちそうな人の話を一緒に聞く機会を作ったり、都内のコレクティブハウスを何カ所か一緒に視察に行ったりということをしてきました。
その中で彼らのプランニングワークを手伝いつつ、今度はチーム作りをサポートしました。ランドスケープデザイナー、プランナー、建築家、大工さんなどそれぞれのメンバーとの相性を考慮に入れつつ、適材適所で能力を発揮しそうな人、このプロジェクトに貢献してくれそうな人を探してマッチング。教える仕事でも触れましたが、まさに冷蔵庫にあるものでなんとかするみたいな感じで揃えることができたんです(笑)。
僕は各分野にそれほど詳しくはないですがある程度の見通しは効くので、人選して声をかけてチーム編成をして、実際につくってみるワークショップを企画。その準備のために東京にいるメンバーとも議論の場を作ったりと細々としたこともやっています。
かいつまんで言うと、プロジェクトのスキームを設計しつつ、プロジェクトを動かして、必要に応じて調整する、よく言えばクリエイティブな用務員さん的な役割ですね。
<$MTPageSeparator$>──そういう人がいるとスムーズにことが運びそうですね。
こういう仕事は働き方研究から、教育・ワークショップ、以前の建築計画の経験を総動員できるのでうれしいですよね。
2月18日には全員が陸前高田に集まってキックオフをやり、その場でばんばん建物の模型もつくりながら、3日間で基本的な設計をやってしまおうという試みを実行しました。
その後は建築家とランドスケープデザイナーがメインの設計者になるので、その他の関わってた人たちは自分のもっているノウハウや視点を提供して、後は頼まれたら相談役になるという感じ。今年の11月くらいには竣工する予定です。

陸前高田での会議の模様
──すごいスピード感ですね。ここでも、頭の中だけで考えず、とにかく始めてみる、遅延させないということが生きているわけですね。
そういうスピード感でやりたいのでワークショップ型にしたんですよ。通常の建築プロジェクトとは違って図面や模型などは一切作らず、プレゼンテーションもなし。話し合いで基本的なコンセプトだけを共有し、あとは今、目の前で材料を切って造って見せるという感じのワークショップでやろうと。
その分、設計期間もコミュニケーションにかかる無駄な時間も圧縮されるので、早くできるというわけです。
この陸前高田のプロジェクトは10年間で解散することが決まっています。地方でのプロジェクトに限らず、基本的にはプロジェクトごとにいろんな人が集まり、終了すると解散するという離合集散型のグループワークが基本です。
──西村さんはさまざまな仕事内容に加えて、個人としての活動、経営者としての活動、そして社員としての活動と働き方としても多岐に渡っていておもしろいですね。全体の仕事の割合ってどんな感じになっているんですか?
現在は、陸前高田の仕事が4割、書く仕事2.5割、教える仕事2.5割、クライアントから受注するデザインやモノづくりが1割、自分でやるモノづくりがほとんどゼロという感じです。これが悩みのタネなんですが(苦笑)。
──独立されてからはベースとなる拠点というか仕事場はご自宅になっているわけですよね? 職住近接というか一致。このへんのストレスは感じてないですか?
地方に出かけていたり、どこかで会議やワークショップのファシリテートをやっていたり、あるプロジェクトでみんなでディスカッションしていたり、インタビューで人の話を聞いたりと、外に出ている時間が多いのであまり自宅にいません(笑)。
またそもそも会社員時代から家で働きたいなあとぼんやり思っていたし、家で働くということが苦にならないタイプなのでストレスはないですね。
しいて挙げるとすれば、モノづくりの過程で生じる物で作業場があふれかえっているので、これを何とか整理しないといけない。悩みといえばこのくらいですね。
<$MTPageSeparator$>──モノづくりの部分では奥様と一緒に仕事をしているわけですよね。そういう意味でも仕事と私生活が同じという環境にストレスはありませんか?

おっしゃるとおり、僕は自宅を仕事場にして、「リビングワールド」を妻と一緒に経営しています。
でも大抵の人は「妻と一緒に仕事をしない方がいい」と言うんですよね。特にクリエイティブ的な業界、デザインや制作の人たちはだいたいみんなそう言いますね。
確かにその気持がよくわかる部分もあります(笑)。
でも僕たちはそもそも何らかの主旨に基づいてこの関係を始めたわけじゃないんですね。縁があった、相性がよかったというだけのことなんです。僕たちにとっては一緒に働いて生きるということがすごく自然なことだったんですよね。
──奥さんと一緒に働くということのメリットについてもう少し詳しく教えてください。
最大の利点は性格や価値観、ものの考え方や持っている技術など、お互いのすべてが深く理解できている関係で仕事ができることですね。この安心感はとてつもなく大きいですよ。夫婦という関係ならではだと思います。
それから身内であるがゆえに、通常の仕事の同僚よりも遠慮なくちゃんと言いたいことが言えます。この関係は貴重で、会社内の関係でありがちな、「本当はこう思っているんだけど、仕事上の関係だから抑える」というようなことがないわけですよ。
自分の存在と仕事が重なっていて、「ここまでが仕事、ここからがプライベート」という仕事の仕方はしない。お互いにそういうレベルで話を交わせるのは、コミュニケーション上で齟齬が少くなり、真意が確実に素早く伝わるので、すごくナチュラルにものづくりができるんです。
──公私一致的な働き方をしている西村さんは、昨今話題になっている「ワークライフバランス」についてどう思いますか?
僕たちのような「ワーク」と「ライフ」の間に垣根がない人にとっては、現状の「仕事の時間は抑えて」といった論調で語られる「ワークライフバランス」は、ピンときません。
しかし会社勤めの人は「ワーク」と「ライフ」を、あるところで線引きしないことにはとてもやってられないと思うだろうと想像するんですよね。
「この仕事の意味があまりにも感じられない」とか「いったい何のために自分はこの仕事をやっているんだ」というような状況だと、「ここから先は仕事を侵入させない」という線を引いて、自分の居場所、安心できる精神圏みたいなものをつくらないと精神的にかなりきついと思うので。

でもサラリーマンでもそうじゃない人もいます。僕の友人の大手ガス会社に勤めている人は、究極の請負業であるサラリーマンでも「自分の仕事」といえる仕事をしていく方法はちゃんとあると言っているんですね。それは何かというと「人から"10"やれと言われた仕事を"10"じゃなくて"15"で返すことだ」と。つまり命じられたレベル以上の仕事をするということ。
例えば彼が企画書の作成を命じられたとき、「こんな仕事意味がない」とか「ワークライフバランスが大事だから定時で帰る」ではなく、彼は完成度の高い企画書プラス頼まれてもいない補足資料をつけるんです。
本筋の仕事とは直接関係はないけれど、興味がわいて調べてみておもしろいと思ったことを補足資料としてまとめて、プレゼンする。その結果、頼んだ人も喜ぶし、おもしろいやつだなと好印象を持たれるんですね。
大抵の場合、会社の中ではみんなが極力自分の仕事を減らそうと動いているので、仕事を増やす方向に動いた人は目立つ。さらにその人が生き生きと仕事をしているし、仕事の結果が予想以上だと、また別の企画が持ち上がった時に、そういえばあいつにやらせてみようと声をかけられる。つまりその仕事がフラグになって自分の仕事がどんどん生まれて、回り始める。
そう彼は言っているし、実際にそうすることで生き生きと人生を生きているという感じなんですよね。
その話を聞いて、なるほどと思いました。つまり、ワークライフバランスはライフ寄りにバランスを取るのではなく、ワーク寄りに重心をおく。前のめり気味にバランスを取る。そうすると仕事も人生もうまくいく。それは僕のワークライフバランス観に近い。彼に教わった部分が大きいです。
<$MTPageSeparator$>──これから働き方はどう変わると思いますか?

現状ではひとつの会社に勤めてひとつの仕事をしている人がほとんどだと思いますが、これからはひとりの人が複数の仕事をもつ、つまり多業化していくと思います。
それは副業やダブルワークというレベルではなく、それぞれ全然違う仕事だけど全部本業。いうなればたくさんの肩書をもつ人が増えると思いますね。
僕自身もいろんな仕事を同時にやっていますが、「複数の脚で立っている椅子」のような状態を目指すというか、おのずとそうなっていく人が増えるんじゃないかなと思っています。
その理由はひとつはリスクヘッジのため。ひとつの仕事しかもっていなければそれが失われたらとたんに収入が途絶えて行き詰まってしまうけど、複数持っていれば何とかなります。
もうひとつは一つの仕事だけで生活するのに十分な収入が得られなくなるという経済的な理由でそうなっていくのではないかと。
それに合わせて働く場所も多拠点化していくと思っています。実は僕もすでに多拠点化していて、ベースとしては東京の自宅件事務所があるのですが、それに加えて去年の9月から福岡にも部屋を借りているんですよ。
──社会的な動向としてはどうなっていくとお考えですか?
自らの意思で進んで高卒で働こうとする人が増えると思います。
この10~20年続いている不景気の影響で親の収入も下がり続けていて、せっかく大学に進学してもその後の経済的支援が十分に受けられない子どもが増えています。
奨学金を借りて大学に通うと、卒業と同時に数百万円の返済を始めなければならない。つまり、借金を返すためにはとにかく仕事を選ばずに働かなきゃいけないという状況にあるんですよ。こういう状況はバカらしいと、もう多くの親も子どもも思っているんじゃないかと。
だから、高校を卒業したら成長・成熟を遅延化させないですぐ社会に出て働くという人たちが増えてくると思うんです。
受け皿となる企業の方もそういう動き方を始めるでしょう。事実、某大手企業は高卒採用を始めましたよね。
もちろん大学のよさもありますが、そこをちゃんと天秤にかけて考えられる親や子どもや企業が増えてくるんじゃないかなと思っています。
家庭の事情などで高校を出てすぐ働き始めて立派な仕事をしている人、その中で充実感を見出している人はたくさんいるわけですからね。
──西村さんが理想と思う方法は?
僕の理想としては高校を出てすぐ就職するのもいいですが、もう少しもう少し"泳ぐ"時間があるといいなと思うんですよね。
例えばデザイナーになりたければ、美大に年間百数十万円の授業料を四年間払うより、その一年分でもさらに半分でもいいから融通してもらって、自分が「この人!」と思うデザイナーに「これで個人教授をお願いします」とでも頼んでみる方がいいんじゃないか、と思うことがあります。
師匠にしたい人の仕事を間近で見られるし、マンツーマンで教えてもらえるし、いろんな有能な人に会わせてもらえるだろうし、その中でいろいろと将来のことを考えられるだろうし、メリットは計り知れません。
何でもそうですが、学校で習うよりも現場で実際に仕事をしながら学んだ方が実戦的なスキルを身につけられるので確実に早く一人前になれるんですよね。
とにかく一番良くないのは働くことを意味もなく遅延させること。今後、大卒で働くという価値観の見直しがいい形で進んでいけばいいなと思っています。