高知県立 坂本龍馬記念館 本館・新館
Sakamoto Ryoma Memorial Museum
龍馬を深く知り、体感するミュージアムphoto:Nacása & Partners
本格的な観光“ミュージアム”へ
開館28年目の再オープン
土佐の国・高知に生まれ、近代日本の夜明けを目指して奔走した坂本龍馬(1835-1867年)。日本の歴史上の人物の中でも絶大の人気を誇る龍馬の生誕150年を機に、県内有志たちの募金によって名勝・桂浜の崖の上に建設されたのが坂本龍馬記念館である。1988年に行なわれた公開構想設計競技は、ベテランから若手まで数多くの建築家が応募する中、当時駆け出しだったワークステーション・高橋晶子氏の案が選出され注目を集めた。1991年のオープン以来、同じく桂浜に立つ龍馬の銅像とともに、観光名所として親しまれてきたが、2014年に高知県が大幅なリニューアル構想を発表。新館を増築、既存の本館は改修することになり、約1年間の休館を経て、2018年4月に再オープンした。
その経緯を、同館学芸課チーフの三浦夏樹氏は「当初は龍馬の人物像を広く知っていただくための観光施設的なコンセプトでつくられたのですが、多くの方に足を運んでいただく中で、徐々に専門的な展示を行うようになりました。海を臨む開放的な本館は、常に海や船と共にあった龍馬を体感するには絶好の建築ですが、文化財級の資料展示には向いていません。そこでより本格的な展示・収蔵を行うために、博物館的な役割を担う新館をつくり、本館はその良さを活かした展示へと全面的にリニューアルすることになりました」と振り返る。新館の増築と本館の改修は一体的な計画として公募型プロポーザル方式による設計者選定が行われ、石本建築事務所と本館設計者であるワークステーション、地元の若竹まちづくり研究所による設計共同体が選ばれた。
新館・1階のエントランスホール。
本館の大きく海に迫り出した箱の下から新館を見る。タイル打ち込みGRCの外壁にランダムに開けられた小窓に、本館の鮮やかな色が映り込み、刻々と表情を変える。
対照的な建築で一対を成す
本館と新館
本館と新館は、実に対比的な構成や意匠をもつ。太平洋に向かって漕ぎ出す船のように、海側へと迫り出したガラス張りの本館に対し、山側へと大きくキャンチレバーを延ばし、来館者を迎える炻器質タイル張りの新館。本館と新館は2階の渡り廊下でつながり、メインエントランスは新館に設けられた。
石本建築事務所が新館の設計を中心に全体を統括し、ワークステーションは本館改修の意匠設計を担当。若竹まちづくり研究所は高知で数多くの公共施設を手がけてきた実績から様々なアドバイスを行った。「第一に重要文化財を展示・収蔵できる機能が求められた新館は、二重にした屋根と外壁で風雨や塩害、厳しい日射から展示品を守る『蔵』のような建築。今回のリニューアルで順路も再編し、まずは新館で貴重な歴史資料に触れ、龍馬を深く知ってから、躍動感あふれる本館で雄大な景観と多様な展示を楽しむ流れにしました」と、石本建築事務所の執行役員・プリンシパルアーキテクト、能勢修治氏は語る。
手紙を通して
「龍馬と心通わす」新館
新館に足を踏み入れると、開口部を最小限に絞ったエントランスホールが出迎える。展示の導入となるシアターコーナーを通り、2階の常設展示室へ。照度を落とした空間に、同館が重点を置く龍馬の書簡コレクションを中心に、関連資料がズラリと並ぶ。「姉の乙女に宛てた手紙にある有名なフレーズ『日本(ニッポン)を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべくー』のように、龍馬は例え話が上手く、ユーモアにあふれる手紙をたくさん書いています。一方で2017年に新発見された、龍馬が暗殺される直前に書いたとみられる『新国家』の文字が書かれた手紙からは、他にはなかった側面が垣間見えるなど、長年研究し尽くしても人物像が計り知れない面白さが、龍馬の魅力です」(三浦氏)。手紙は、実物あるいは複製、活字化したもの、現代語訳、そして解説文の4点をセットにして展示ケースに収められ、貸し出されるタブレット端末からの音声解説に耳を傾け、拡大表示をしながら、じっくりと堪能できる。
展示を一新した本館は、長さ70mの展示室を2カ所の支柱群からケーブルで吊った斜張橋のような構造。左手の螺旋階段を上ると、屋上に辿り着く。
本館・2階の小ギャラリー「海の見える・ぎゃらりい」。室戸岬から足摺岬まで、太平洋を一望する展望空間も健在。
本館で特に人気なのが、書簡から抜き出した平仮名のシールを組み合わせ、自分の名刺をつくれるコーナー。海を眺めながら、遊び心あふれる体験型展示が楽しめる。
体験型展示を通して
「龍馬と遊ぶ」本館
一方、ガラス張りの開放的な空間はそのままに展示を一新した本館は、子どもがはしゃぐ声でにぎやかだ。龍馬が子どもの頃のエピソードや成し遂げた偉業を、イラストやアニメーションを用いた親しみやすい展示や体験コーナーを通して学び、身近に感じられる工夫が凝らされている。そして何より、太平洋を一望できる空間そのものが本館最大の展示物である。特に、海側に配した小ギャラリーや休憩コーナー、そして屋根全面に広がる屋上からは、大人も思わず歓声を上げる絶景が広がる。
2018年は明治維新150周年でもあった。新しい国の姿を目にすることなく、33歳の短い生涯を終えた龍馬。龍馬が桂浜を訪れたという記録は残っていないと言うが、この雄大な海を前にすると、土佐から世界の大海原へ飛び出し、どんな「新国家」を志したのか、自然と想いを馳せる。1年365日、休みなく開館する同館。「企画展にも力を入れ、全国の龍馬ファンはもちろん、県民にリピーターになっていただける施設を目指しています」(三浦氏)。本館・新館を通してそれぞれの龍馬像を思い描き、人々が集い、学び合う場へー龍馬のように、永く愛される記念館となるに違いない。
龍馬が最期を迎えた近江屋の再現(上)や、関連書籍を集めた図書コーナー(下)もある。
本館・地下2階の「幕末写真館」。本館で唯一遮光できる空間で、リニューアル前は企画展示空間として使用。
本館の螺旋階段(上)とスロープ(下)など、開館当時の姿をそのまま活かした空間に嬉しさを感じる建築ファンも多い。
夕景に浮かび上がる本館と新館。リニューアル後の来館者数は予想を上回るペースで、約5ヶ月で10万人に達した。
DATA
所在地 | 高知県高知市浦戸城山830 |
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開館 | 1991年(本館)・2018年4月21日(本館改修・新館) |
敷地面積 | 7013㎡ |
延床面積 | 1945㎡(本館)、2024㎡(新館) |
規模 | 地上2階・地下1階(本館・新館) |
建築設計 | ワークステーション(1991年 本館)、 石本・ワークステーション・若竹設計共同企業体(本館改修・新館) |
建築施工 | 大成建設(1991年 本館)、 新進・七祐特定建設工事共同企業体(本館改修・新館) |
展示設計施工 | 丹青社(本館改修・新館) |