福岡市美術館
MUSEUM

福岡市美術館

Fukuoka Art Museum

アート・建築・自然を堪能する「開かれた」美術館photo:Nacása & Partners(ページ内1点を除く)

エスプラナード(フランス語で広場)越しに大濠公園の池を望む。

2階エントランスへとつながるエスプラナードは、竣工当時からの姿を継承。外壁タイルには独特の釉薬のツヤがあり、陽を浴びて複雑な色に輝く。

2階エントランスロビー。前川の監修によるオリジナルの椅子と机もリペアして再利用している。

主階段の吹き抜け越しにカフェとレストランを見る。新エントランスを設けたことで、より公園側に視線が抜けて明るい空間になった。ユニバーサル化のため、階段に低い手すりを追加した。

エスプラナードから見た外観夕景。かまぼこ天井から壁面に光が回る。建物と屋外彫刻作品、植栽のライトアップも館の新たな見どころ。7〜10月の金・土曜日は20時まで開館している。

前川建築のリニューアル

福岡市中心部の憩いの場・大濠公園。その敷地内に建つ福岡市美術館は、ダリ、ミロ、ウォーホルといった近現代美術から、筑前福岡藩主・黒田家伝来の古美術まで、九州随一の多彩なコレクションが魅力。日本モダニズム建築の先導者、前川國男(1905–1986)が晩年に手掛けた美術館建築としても知られる同館が、2年半の大規模改修を経て、2019年3月にリニューアルオープン。前川の建築意匠を継承しつつ、より開かれた美術館へと生まれ変わった。

 老朽化した設備など機能面の更新とともに、運営面の刷新も図る。美術館リニューアル事業としては全国で初めてPFI方式を採用(※)。美術品の収集や調査研究、展示、教育普及など美術館の運営の根幹は市が担いながら、広報やサービスは民間主導で行い、官民が連携する。


(※)PFI方式で実施した本事業の事業者は、大林組、西日本新聞社、西鉄ビルマネージメントの出資で設立された特別目的会社、福岡アートミュージアムパートナーズ。他6社の協力企業とともに、リニューアルにあたる設計・建設、開館準備、維持管理、運営業務を手掛ける。

1行目:公園側に新設した1階アプローチ。今回唯一増築した風除室は、外観の印象を変えないよう、庇の下にガラスのボックスを潜り込ませた。カフェには屋外テラス席もある。

公園側に新設した1階アプローチ。今回唯一増築した風除室は、外観の印象を変えないよう、庇の下にガラスのボックスを潜り込ませた。カフェには屋外テラス席もある。

3行目:1979年竣工の美術館のリニューアル。新緑を取り込む2階エントランスロビー。リニューアル後は、海外からの観光客や若いファミリー層も多く訪れるようになった。また、2019年6月のG20福岡 財務大臣・中央銀行総裁会議の際には、国主催の夕食会が展示室で開催された。

1979年竣工の美術館のリニューアル。新緑を取り込む2階エントランスロビー。リニューアル後は、海外からの観光客や若いファミリー層も多く訪れるようになった。また、2019年6月のG20福岡 財務大臣・中央銀行総裁会議の際には、国主催の夕食会が展示室で開催された。

2行目:コンクリートの表面を削ったはつり加工のロビー天井は、手仕事が生むぬくもりある表情。

コンクリートの表面を削ったはつり加工のロビー天井は、手仕事が生むぬくもりある表情。

4行目:回廊式の2階特別展示室。ガラス壁面展示ケースと、天井のレールに沿って4方向に移動できる可動展示壁、造作壁を組み合わせて自在な展示空間を実現することができる。

回廊式の2階特別展示室。ガラス壁面展示ケースと、天井のレールに沿って4方向に移動できる可動展示壁、造作壁を組み合わせて自在な展示空間を実現することができる。

時代に合わせたアップデート

前川が設計で意図したのは、来館者を「芸術を味わう非日常の世界」へと誘うこと。既存のアプローチでは、公園側から大階段をのぼって2階エントランスに至り、建物の最奥に配置された展示室へ。大濠公園への眺望は2階レストランを除いて植栽によって遮られ、とくに1階は周辺環境から閉じた空間だった。 

 最大の変更点は、公園側から直接1階に入ることのできる新アプローチだ。あわせて1階を公園の散策途中に何気なく立ち寄ってもらえるにぎわいの空間に。新エントランス脇にカフェを構え、2階にあったミュージアムショップも移設。レクチャールームやアートスタジオ、ミュージアムホールの機能も整えた。

 2階は前川建築の魅力が随所に宿る広々としたロビーを中心に、特別展示室、コレクション展示室、一般市民・団体に貸し出すギャラリーの3つの大きな箱を巡る構成。特別企画展の鑑賞後、自然とコレクション展にも足を運んでくれるよう、動線計画の一部を変更した。メインの2つの展示室は巨大な正方形で、中心に倉庫を配し、それを取り囲む回廊式の展示空間となっている。既存の天窓は閉じ、様々な展示に対応できるホワイトキューブに変更した。

2階展示室の間をつなぐロビー。既存の銅製の照明器具を再利用し、管球は最新式のLEDに交換。明るさと省エネルギー性を高めながらも、以前と変わらない柔らかな光を再現している。

2階特別展示室。リニューアルオープンの特別企画展では、右手にあるガラス壁面展示ケースを可動壁で隠して使用している。

近現代美術室Aはグレーを基調とし、展示替えが容易なフラットスライド扉ガラスの壁面展示ケースを使用している。

2階コレクション展示室は各室内装に個性を出している。近現代美術室Bはフローリングの床とメッシュの天井で、映像・インスタレーションの展示にも対応する。

近現代美術室Cは白を基調とし、外光が入り込む壁の向こうに、もともとあった窓を活かして休憩スペースを新設した。

古美術を展示する1階コレクション展示室。展示空間を拡張し、壁面展示ケースと可動展示壁を導入した。低反射フィルムを貼った高透過ガラスの展示ケースは空調機に接続され、ケース内の湿度・温度をコントロールしている。

建築の魅力を次世代に引き継ぐ

今回建て替えを選ばなかったのは、建物自体もアートの1つと考えるからだ。アーチ状の「かまぼこ天井」や、壁面や天井のはつり加工など、細部まで前川のこだわりが見られる。 

 前川建築の代名詞ともいえる赤茶色の磁器質タイルも健在。補修にとどめた外壁は、40年の経過を感じさせない美しく豊かな風合いのままだ。一方、防水改修のため全面的に張り替えた2階エントランス前広場、エスプラナードの床タイルは、色や質感を忠実に再現している。改修計を手がけた梓設計九州支社・設計部副主幹の馬場明氏は「オリジナルの色ムラや風合いは、コンピュータ管理された現在のタイル工場では再現することが難しかった。屋根瓦を焼く工場に頼み、試作を繰り返して近づけながら、大濠公園の散策路のレンガに近い色も新たに取り入れ、公園との連続性を高めました」と語る。

 一般公開していないが、バックヤードの階段室はなんと壁一面が緑の蛍光色。ル・コルビュジエの色彩感覚を引き継ぐ前川の遊び心が垣間見える。建築意匠、そして大濠公園の水と緑とともに、アート作品を堪能したい。

1行目:2階レストランからは大濠公園を一望できる。

2階レストランからは大濠公園を一望できる。

3行目:公園で散歩する人を館内へと誘う新エントランス脇のカフェ。カフェとレストランはいずれもホテルニューオータニ博多が運営。

公園で散歩する人を館内へと誘う新エントランス脇のカフェ。カフェとレストランはいずれもホテルニューオータニ博多が運営。

5行目:館が建つのは、福岡市を代表する巨大な都市公園エリア。福岡城跡や運動場を有する舞鶴公園も隣接。地域住民だけでなく観光客も多く訪れる。「前川が手掛けた他の美術館のエスプラナードは都市と隔絶した閉じた空間ですが、福岡市美術館は大濠公園側に開き、一体感が図られています」(梓設計・馬場氏)。

館が建つのは、福岡市を代表する巨大な都市公園エリア。福岡城跡や運動場を有する舞鶴公園も隣接。地域住民だけでなく観光客も多く訪れる。「前川が手掛けた他の美術館のエスプラナードは都市と隔絶した閉じた空間ですが、福岡市美術館は大濠公園側に開き、一体感が図られています」(梓設計・馬場氏)。

2行目:2階ロビー内に拡充されたキッズスペース。久留米市在住のアーティスト・オーギカナエ氏によるデザイン。

2階ロビー内に拡充されたキッズスペース。久留米市在住のアーティスト・オーギカナエ氏によるデザイン。

4行目:元講堂を、遮音性・遮光性を高めたミュージアムホールに改修。アートに限らない幅広いイベントが開催可能に。写真は、所蔵品を楽譜に見立ててつくった曲を演奏するピアノコンサートの様子。

元講堂を、遮音性・遮光性を高めたミュージアムホールに改修。アートに限らない幅広いイベントが開催可能に。写真は、所蔵品を楽譜に見立ててつくった曲を演奏するピアノコンサートの様子。

DATA

所在地福岡県福岡市中央区大濠公園1-6
開館1979年(竣工)・2019年3月21日(改修)
敷地面積2万5906㎡
延床面積1万4630㎡
規模地上2階
建築設計前川國男建築設計事務所
改修設計梓設計
照明監修松下美紀照明設計事務所(改修)
建築施工戸田建設
改修施工大林組
bp vol.31掲載(2019.09発行)