朝市にも参加
──畠山さんは朝市にも主催者側として参加しているということですが、朝市とはどのようなものなのですか?

朝市準備中の畠山さん
毎月第2土曜日の8時から10時まで、真名瀬漁港の近くで開催している朝市で、私含め6~7名の漁師が自分たちが獲った魚介類を自分たちで販売しています。2013年12月から有志が集まって始めました。
──なぜ朝市をやろうと?
先程もお話しましたが、葉山には市場がありません(※前編参照)。魚の産地名は水揚げされた市場のある場所になります。つまり、たとえ葉山で獲れた魚でも逗子市場に卸された魚は逗子産になるし、横須賀の市場の場合は横須賀産になっちゃうんです。
さらに葉山には魚屋さんもないんですよ。昔は近所に住んでる漁師から直接買えていたのですが、漁師もどんどん減っているので葉山に住んでる人が葉山の魚を買える場所が全くないんですね。
しかも今葉山に住んでる人の約半分は他の土地から移住してきた人たちなので、葉山でタコやイセエビが獲れることを知らない人がすごく多いんです。それって地元民からすればすごく残念で。
だからやっぱり、地元で獲れた旬のものを地元の人に味わってもらいたいと、漁師になってからずっと思っていました。今一緒に朝市をやっているメンバーもみんな同じ思いを持っていたので、じゃあ一緒に朝市をやりましょうと2013年12月から始めたわけです。
──それは地元の人たちにとってもうれしいですよね。

前日の仕込みなどの準備は大変ですが、新鮮な魚やイセエビが安く買えると喜んでくれる人も増えているような気がするので私としてもうれしいですね。特に夏場は大勢のお客さんで盛り上がっているんですよ。
また、私は葉山生まれの葉山育ちなので、地域を盛り上げたいという思いも強く、その一環として朝市を始めたというのもあるんです。
葉山は観光地というかプチリゾート地というイメージが強いですが、元々は漁村で昔から住んでいる人が多い地域では人と人との繋がりが強く、昔ながらのご近所付き合いが色濃く残っているんです。ここが葉山の一番好きな点で、収入は少ないけど葉山で漁師をやり続けたいという理由もここにあるんです。私は人生において一番豊かで大事なことは、地域の人と濃く、強く繋がれることだと思うんですね。だからこの大好きな葉山の町を何とかみんなで盛り上げたい、人と人とを繋げたいと思っているんです。
<$MTPageSeparator$>漁師の収入
──漁師としての収入はどの程度なのでしょうか。

季節によってかなり大きな波があり、少ない月は5万円程度しかないこともあります。葉山の場合はお金になる漁があまりないので、年間トータルでもそれほど多くはならず、ワカメ、ヒジキ、潜り漁である程度稼いで、あとは刺し網漁やバイトでなんとか生活しているという感じです。だから去年のように、ワカメが獲れなかったら大変なことになるわけです。漁獲高は年々下がる一方で、年によっても全然違うんです。月によってはバイト代の方が多いこともあります。
──自然相手ですし、つらいことや大変なことも多いでしょうね。
やっぱり物理的につらいのが真冬の寒い時期。刺し網を海中から引き上げる時は水が浸透しないゴム手袋をするのですが、刺し網から獲物を外す時は素手でやることも多いので、冬場は手がかじかんで動かなくなります。また、一番寒い時期に行うワカメ漁は、ワカメを切って湯がいた後、真水でじゃぶじゃぶ洗うんですが、それがものすごく冷たくて。さらにそのワカメを干す時、雪が降ってきて北風びゅうびゅう吹いてくると干してるそばから凍ってくるんですよ。干す時は素手なので冷たくて指の感覚がなくなります。一昨年は特に雪が多い年だったのでつらかったですね。
精神的には獲物がかからない日が続くのが一番つらいですね。潜り漁の後、9月の後半まで魚がかからなくて、いろんなポイントに行って探してもいなかった時は大変でした。冬場は海が荒れて船が出せない日も多いですしね。
──荒天で船を出す・出さないの判断とその基準は?

葉山の場合は漁師個人で判断しています。その基準は波の高さや風の強さですが、船の大きさでだいぶ違います。私の船は小さいので冬場は漁に出られない日がけっこうあります。出られなかったら収入がゼロですからね。刺し網は長く入れておくとゴミがかかるし獲物も死んでしまうので、仕掛けてから1泊2日以内で上げなければいけないという規則があるのですが、海が大きく荒れちゃうと引き上げに行けません。そこで大きい船をもってる漁師にお願いして乗せてもらって網を上げたことは何度かあります。
余談ですが漁師になりたての頃、海が荒れて船を出そうか出すまいか迷っていた時、他の漁師から「海が荒れた方がイセエビが穫れるのになんで海に出ないんだ」と言われたので出たら、「こんなに荒れてるのになんで出るんだ」と言われたことがあります(笑)。
──実際に海で怖い目にあったことは?
最初の頃はあまり深く考えないで漁をやっていたので恐い目にあいました。船が引っくり返りそうになって、やばいなと思ったことは何度もあります。
<$MTPageSeparator$>漁師のやりがい
──つらいことや大変なこと、恐い思いをすることが多い割に収入が少ないのに、それでも漁師を続けるのはなぜですか?

とにかく一日中太陽の下で働けるのが私にとってはすごく幸せなことなんです。例えば8月だけは朝4時半までに仕掛けた網を上げなければいけないという規則があるので、朝まだ暗いうちに船を出すのですが、その時に後ろの山からセミの大合唱が聞こえてきたり、息を呑むほど美しい朝焼けや夕焼けが見られたりと、日々自然の中で働けるという点が一番大きな喜びですね。自然を相手に仕事をしているとくだらない人間関係に煩わされることもないですしね。大好きな海で仕事ができて幸せだなと日々、すごく感じています。
あとは、自分が獲った魚がお得意様の飲食店のシェフやお客さんからおいしかったと言われた時もすごくうれしいですね。いつも直接獲った魚をもっていっているので、調理する人とそれを食べる人、そして獲る私と直接顔が見られる距離で繋がれるというのはお互い安心だし、感想を直接もらえるのでありがたいですね。
漁師の仕事自体という意味では、漁はギャンブル的な要素が多いんですね。刺し網を仕掛ける時も、その時の海の状況から魚が獲れそうな場所を予想して仕掛けるわけですが、その予想がピタリと当った時はやった! という感じですごくうれしいんです。

──やはりそういったセンスって大事なんでしょうね。
すごく大事ですね。例えば今は潮がこっちからこう流れているから、魚はこの辺りに隠れているはずだと想像します。イセエビがいる狭い漁場に網をかける時も、風向きや風速、潮流の方向や早さ、船の向きなどを考慮します。ただ網をかければかかるというものではないんですよね。場所がちょっとでも違ったら全然かからなかったりするんですよ。最初の頃は全然わからなかったので、他の漁師が仕掛けるポイントを観察したり、山を目印にして場所を覚えたり、いろんなところに仕掛けてみたりと試行錯誤を繰り返して、段々わかってきました。
──他の漁師さんに聞いたりは?

漁師に今日はたくさん獲れましたか? と聞いても正直に答えてくれる人ばかりじゃないんですよね。漁師は仲間でもありライバルでもあるので。
ですので他の漁師が獲れなくて自分だけがたくさん獲れた時は喜びもひとしおです(笑)。逆に獲れなければ悔しいんですけど、それも含めて、全部自分の裁量、力量、経験、技術で結果が決まるという点がいいですよね。だから毎日楽しいです(笑)。こんな感じでいろいろとつらいことや恐いこと、大変なことは多いですが、それを上回る喜びやおもしろいと感じる部分が多いので、まだ辞めたいと思ったことはないですね。
──ほとんどの漁師さんは高齢で男性だと思うのですが、関係は良好ですか?
いろんな人がいますが、多くの皆さんは私が見習い漁師になった頃から気にかけてくれたり、よくしてくれています。特に朝市を一緒にやってるメンバーとは仲良しです。
<$MTPageSeparator$>漁師という仕事

──仕事観についておうかがいしたいのですが、畠山さんにとって仕事とはどういうものですか?
仕事とは何かなんてあまり深くは考えていません。漁師という仕事は第一に楽しいからやってて、それが微々たるものだけど収入につながっているという感じなので、仕事をしているという意識はあんまりないんですよね。そういう意味では、漁師は趣味だといえなくもないかも(笑)。
──ということは、あまり漁師の仕事で儲けたいとは思ってないということですか?
いえいえ、もちろん、漁師の収入をもっと増やしたいとは思っていますよ。今、もう少し大きい新しい船を探しているところなんです。船が大きくなれば獲れる魚の漁も増えますしね。今はこの業界も高齢化で廃業する漁師が増えているので、船を安く購入しやすいんですよ。
──では、生きる上で大切にしていることは何ですか?

過去にこのWAVE+に登場した川崎直美さんなど、環境のことを考えて活動している人と多く繋がっていることもあり、持続可能な社会を目指して自然を大切にしようと思いつつ日々生きています。漁師の仕事においても、禁漁のものを獲らないのは当然として、魚でもサザエでも小さいものは海に返すなど、小さいことですが実践しています。毎日自然の中で仕事をしているので、自分のことだけじゃなくて自然のことも考えながら生活しようとは思っています。新しく買う予定の船も環境のことを考えてバイオディーゼル、天ぷら油で走らせる船を検討中なんです。
──プライベートについてお聞きしたいのですが、この先、結婚とか出産については考えていますか?
あまり深くは考えていません。漁師になってからは恋愛に割く時間がないので今は独身なのですが、結婚したいと思う人と出会ったらするという感じですかね。子どもについては積極的にほしいという感じでもないですよね。ただ、もし産まれたら3歳までは自分の手で育ててあげたいなと思っています。そうすると漁師の仕事ができなくなるので、当分考えられないですね(笑)。
今後の目標
──今後の目標を教えてください。

やっぱり究極の目標は漁師の仕事だけで食べていけるようになることですね。そのためには新しい船を買ったり網の数をもっと増やす必要があると思っています。
先程もお話しましたが、漁にはセンスが必要で、私にはセンスがないわけじゃないと思ってるので、これからもっと経験を積んでどこに何がいるかわかるようにセンスとスキルを磨きたいですね。どこかに絶対、イセエビのパラダイスがあると思ってるのでそれを探し当てたいんですよ(笑)。
ただ、経験を積めばもっと魚が穫れるようになるとは思うのですが、一方で、温暖化などで年々魚が獲れなくなり、魚の価格も下がってきているので、漁師だけで自活することが果たして可能なのだろうかと不安になることはあります。でも葉山で獲れた魚を地方発送したり、加工品を生産するなど、付加価値をつけることに葉山の人たちと一緒に取り組んで、街全体で漁業を盛り上げたいと思っています。そうすれば葉山が活性化するし、私の収入にもつながるのかなと。

とにかく漁師は死ぬまでずっと続けたいですね。おばあちゃんになって体が思うように動かなくなっても、潜りと海草漁はできますから(笑)。それだけ漁師という仕事が好きなんです。