男性社会、「女性ならでは」エピソード

左から古澤ひかりさん、福吉奈津子さん、島田静恵さん
古澤ひかり(以下、古澤) みなさん、現場で他の会社から来てる人と話すことってあります? 私は自分からはほとんど話さないです。女性が珍しいから話しかけてくれる人もいるので、そういう時は話しますけどね。あまりグイグイ来る人は苦手で聞こえないふりをすることもあります(笑)。
福吉奈津子(以下、福吉) 私もあまりグイグイ来る人は無視することが多いかな。
島田静恵(以下、島田) でも他の職人さんはたまに荷物を持ってくれたりします。やたら手伝ってくれたりするよね。
福吉・古澤 あー、それはあるある。
古澤 あとたいへんなのはトイレですね。女性用トイレを設置してくれる現場もあるんですが、多くの現場ではないですからね。近くにコンビニもない現場だと超大変ですね。
島田 確かに。あと着替えの問題もあるよね。基本的に一回会社に帰ってきて着替えるんだけど、直帰の場合もありますよね。私は駅のトイレとかで着替えてるんですが、福吉さんはどうしてます?
福吉 作業着でそのまま帰ってる。
左官職人になってよかったこと

古澤 先輩方は、左官職人になってよかったと思ったことって何ですか? 私は初対面の人と話すとき、「仕事、何?」って聞かれた後、最初の3分から5分は盛り上がることですかね。とりあえず、つかみはオッケーになる。一個くらいは質問返しが来ますしね。
福吉 なるほど(笑)。
島田 どんな質問をされるの?
古澤 例えば「仕事は何してるんですか?」 左官という仕事しています。 「へー、珍しいね。どんなことやるの?」 こんなことしています。......という感じで終わります。
島田 そう言えば、古澤はこの間合コンに行ったって言ってなかった?
古澤 あれは合コンじゃありません。同い年で飲んだだけです。合コンなんて、ソッコーで休憩のときのネタにされてしまうので行ったとしても絶対言いません(笑)。
島田 私も初対面の人に「左官をやってます」って言った時に「へー」っていろいろ聞かれたりするの、嫌だな。めんどくさい。あくまで他と同じ職業のひとつだから。
福吉 島田さんはワークショップで左官を教えてるけど、その時はどう思ってるの?
島田 今は周りの人たちの方が左官に興味をもちすぎていて、こっちから言わなくてもグイグイくるから「楽しいですよね」と返しています。例えるなら......教官のような気持ちで教えています。
女性メンバーの数は一定
福吉 私が入社したころはまだ女性が少なかったけど、ほぼこの10年間、社内にいる女性左官の人数は7~8人で安定してるよね。もちろん入れ替わりはあるけれど。
島田 そうですね。辞めてく人もいるけど入ってくる人も多いですしね。
福吉 ひとり辞めたら、また入ってくる。ずっと同じくらいの人数だからか、仕事をするうえであまり変化は感じないんだよね。
島田 女性左官、増えてほしいですか?
福吉 あまり多すぎても何かと大変そうだよね。それに10年前からテレビでも取り上げられているから、テレビで紹介されたからといって外的な変化もあまりない。
島田 左官業界だけじゃなく、ほかの職種でも女性が注目されていますよね。例えば、美人タクシードライバーとかトラックの運転手とか、それこそ"ドボジョ"とか。でも自分としては「誰が何をやったっていいじゃん」と思っていて、そういうメディアに作られた世の中の流行とは関係なく、しっかり働いていればいいのかなって思っています。
子育てと仕事の両立

福吉奈津子さん
古澤 うちの会社って女性の働きやすさという意味ではどんな感じなんでしょうか。福吉さんは、うちの会社での産休取得者第1号なんですよね。
福吉 入社1年目と3年目の時、男の子と女の子を産んで、今10歳と7歳。妊娠した時、特に旦那からも会社からも辞めろとは言われなかったね。当時は、辞めるも何もまだ左官の修行を始めたばかりだったし、ここと同じ待遇でほかに雇ってくれる会社なんかなかった。だからこの会社で今も働いているって感じかな。
島田 当時は、先代の社長ですか。
福吉 そう、先代。あのとき社長とやりとりしながら産休とか育休の制度を作ったんだよね。
古澤 先代の社長とはどんなふうにやりとりしてたんですか?
福吉 「行政的なもので、こういう制度があるよ」と調べて教えてくれたりした。あと、最近だと連続して行っている現場で、持って帰るものがなくて、本社に用がなければそのまま自宅に帰らせてもらってる。基本的には私は電車で帰ることが多いかな。みんな私に子どもがいることを知ってるから、「いいよ、電車で」って言ってくれる人が多い。言ってくれない場合は、様子を見て自分から「電車で帰ってもいいですか」って聞いてる。もちろん材料や道具など荷物が満載の時は、ちゃんとみんなと車で会社に戻ってきて一緒に片付けするようにしてるけどね。ただやっぱり電車で帰った方が確実に早く家に着けるんだよね。それに主婦にとっては夕方の1時間ってものすごく大きい。15時に仕事が終わったとして、18時に帰るのと19時に帰るのとでは全然違う。そういう意味では子どもをもつ女性が働きやすい会社だと言えるし、会社のみなさんにはいつもお世話になってます。
島田 とんでもないです。
古澤 確かに今幼稚園や保育園の子がいる職人さんはみんなが気を利かせて帰れるようにしているから、いつもお迎えの時間に帰ってますよね。もちろん、私自身はまだ結婚もしてないし子どもを産んでもないので、そのことだけを取って働きやすいと断言することはできないとは思いますが。
福吉 そうだね。急な残業も多いし、他にもいろんな要素があるから働きやすいか働きにくいかをひと言で言うことは難しいよね。ただ、この会社は女性が結婚したり出産したりしても、できるだけ長く働けるように努力してくれていると思う。
島田 確かにこの会社では結婚や出産で働けなくなるという不安はないですよね。
<$MTPageSeparator$>結婚出産後も働くことができる、という選択肢

福吉奈津子さん
島田 お子さんが小学校に上がる前は、保育園の送り迎えは旦那さんがされていたんですか?
福吉 私は6時半に会社に来るから、子どもを保育園に送るのは絶対できないし、仕事が終わる時間もわからないからお迎えも無理。だから旦那が8年間ずっと送迎をしてくれたのよ。今は2人とも小学校だから送迎は必要ないから、家に帰ってから夕飯を作ったり家事をしたりしてる。
古澤 お子さんが小学生になって少しは楽になりました?
福吉 いやあ、まだまだ大変だよ。やることはたくさんあるからね。
古澤 福吉さん見てるとすごいなあと思いますよ。一番大変だったのは、どんな時ですか?
福吉 子どもが熱を出したと保育園からよく電話がかかってきていた時は、結構大変だったかもしれない。現場から自分だけ途中で帰るのは他の職人に対して申し訳ないじゃない。そういう時が一番つらかったかな。もちろん帰るしか選択肢はないんだけどね。
島田 お子さんに仕事の話とかするんですか?
福吉 ざっくりとはするけど、興味を持っているかは......うーん、この仕事って子どもにはわかりづらいじゃない? 普段働いている姿が見られるわけではないし、そんなにイメージがわいてないんじゃないかな。
古澤 ママ友も福吉さんが左官職人をやってるって知ってるんですか?
福吉 それは知ってる。この格好で普通に近所を歩いてるからね。未婚のふたりは結婚してからも働きたいって思ってる?
島田 結婚の予定はないですが、今の気持ちとしては、漠然と仕事は続けたいなあと思っています。
古澤 私も同じですね。
男女の性差よりも"器用さ"

古澤さんのこて。これだけの数をケースにより使いこなす。この量でもまだ少ない方だそう
島田 左官って男女で得意不得意はないですよね、あまり。
福吉 うーん、男女より器用か不器用かの差なんじゃない? ものすごく不器用な人は修行しても限界あるよね。自分で向いてないと自覚して辞めていった人もいたし。
島田 恐くなってきた、私に言ってるのかと......。
古澤 私もドキドキッときました......。
福吉 自分で器用だと思ってないの?
古澤 不器用でなはいと思いますけど......不器用な人はいくら修行してもダメですか?
福吉 難しいと思う。生まれつきすごく不器用な人が器用な人と一緒に入って仕事をしても、器用な人を超えることがあると思う? 手先の器用さは変わらなくない?
島田 それはそうかも。
福吉 もっとも人の10倍くらい努力すれば、なんとか一人前になれるとは思うけど。でも、左官って器用さだけを求められる仕事じゃないないから。要領のよさも必要だよね。
島田 要領よくやる仕事もありますね。この仕事はあまりできなくても、この仕事はやたら上手というものもありますし。
福吉 例えばブロックを積むのは、要領よくやっていけば、どんどん進めていけるタイプの仕事だし、そんなに器用さは求められないよね。器用さとか繊細さなどの能力が重視されるのは仕上げの仕事だけど、仕上げについては、行く頻度が高い人は決まってるよね。
仕事の目的
島田 福吉さんくらいベテランなら「左官という仕事に誇りをもってる」と言えるかもしれないけど、私はまだ「職業は左官です」くらいのレベルですね。
福吉 いや、私だって胸を張って「左官に誇りをもってます」なんて言えないよ。だって、恥ずかしくない?
古澤 先輩方にとって仕事の目的って何ですか?

古澤ひかりさん
島田 私にとって仕事はお金のためが一番、生きるためにするもの。
福吉 そうだよね、お金のため、生きるため。
古澤 私は他に何をしていいかわからないから働いてます。周りで働いてない人がけっこういるので、働こうって思いました(笑)。
得意な技術、苦手な技術
島田 一番難しい技術はどれなんだろう。先輩は黒の磨きが一番難しいって言ってましたね。
福吉 島田さんは、土壁が好きって言ってなかった?
島田 好きだけど、会社じゃやったことないですから。
福吉 私もこの会社に10年以上いて数回だから、そりゃそうだね。
島田 板に材料つけて張って、その板をはがすと木の目が出るやつは好きですね。嫌な仕事ってあります?
福吉 金属の塗料は好きじゃないね。万が一吸ったら、とても体に悪いので。あと炭を入れたモルタルは、全身黒くなるからやりたくない(笑)。
<$MTPageSeparator$>ロールモデルがいる環境

先輩後輩でも和気あいあいとした雰囲気
古澤 この仕事って何歳くらいから体力的につらくなるんですかね。
福吉 わかんない。やってる仕事にもよるよね。だって1日中塗ってたら、何歳だってつらくない? 例えば資材の搬入ばかりだと疲れるけどそれだけの仕事はないよね。逆に搬入がない仕事はないわけだし。
島田 入ったばかりのころは搬入だけで疲れるけど、そういうのは何年か経つとなくなってきますよね。
古澤 いくら力仕事とは言っても、8時間労働のうち8時間力仕事をしてるわけじゃないですよね。最初の1時間程度だし。
福吉 社内の最高齢の方は60代後半かな。70歳で引退だから、それ以上の年齢の人はいないけど。
古澤 何歳くらいまで働こうかとか考えてます?
島田 それはわからないなあ。いくつまで働くとかは考えても仕方ないと思うし。
福吉 女性左官の「この先」については、社内に女性の先輩たちがいるから、彼女たちを見て考えようと思ってる。
島田 社内にロールモデルがいるのは確かにいいことですよね。今女性で一番年齢が上の方は42歳ですが、最近やたら元気ですよね(笑)。
古澤 現役バリバリ。たまに腰が痛いって言ってますけど。
福吉 腰が悪いんだよね。ヘルニアかなんかで慢性的なものみたいだよ。
古澤 そうなんですね。この仕事を長年やってる人は、みんな腰が痛くなる。でも主婦だって腰痛くなるじゃないですか、そう思うと関係ないですよね。
今後の目標

島田静恵さん、福吉奈津子さん
古澤 女性左官として注目を浴びてテレビ番組に出たいという思いはないですか?
福吉・島田 ないね。
古澤 私も全然ないです(笑)。
福吉 将来的に独立は考えてる?
古澤 親が自営業なんですけど、大変そうだからそんな勇気はないですね。
福吉 私も同じ(笑)。
島田 個人事業主でいわゆる「一人親方」さんはたくさんいらっしゃいますけどね。会社から仕事を受けて現場で仕事をしてる。福吉さんは、社員左官だけどクライアントからご指名がくることもあるそうですね。
福吉 社長はそんなことを言ってるようだけど、私はどの現場でどのクライアントからご指名が来るのか全然知らないんだよね(笑)。指名とか欲しい?
島田 来たらうれしいけど、そんな重圧には堪えられないですよね(笑)。
古澤 私は「はい、喜んで!」って行っちゃうかも。でも、がっかりさせて帰ってくるのが恐いですね(笑)。
福吉 「二度と指名しないよ」みたいな結果になったりね(笑)。2人はこれからの目標とかはある?
古澤 私は要領が悪いので頑張って早く人並みに仕事ができるようになりたいです。あと左官の仕事は、一人でやってみないとわからないことが多いじゃないですか。見ていて超簡単そうと思っても一人でやってみたら、何もできなかったりするので、徐々に一人で仕事ができるようになりたいなと思います。
島田 新しい仕上げが多く、今はそれらの材料を使い始めたばかりの段階なので、マスターしていけたらなと思いますね。あとは古澤さんじゃないけど、要領よくやって仕事のスピードを上げたいです。福吉さんは?

福吉 これといった目標はないんだけど、しいて言えば1つあるかな。最近うちの会社の女性職人だけで現場に行くことが結構あるじゃない? そういうとき、男の中に1人女性が混ざっているならまだしも、2人3人の女性で行って失敗でもしたら、「だから女の職人はダメなんだ」って感じになるじゃない? だからそうならないようにいつも以上にすごく頑張ろうって思っている。
古澤 いろんな人に仕事を見られてるからってことですよね。
福吉 やっぱりまだまだ現場は男社会でその中に女性がいたら目立つからね。うまくやれたら「女の人だから器用だね」と評価が上がるし、ちょっとしたミスでもすぐクレームにもつながる。自分でも結構見られてるんだなと思うよ。