まずは起業よりも就職の道を
──そもそも秋好さんがランサーズを立ち上げようと思った動機と経緯を教えてください。

20歳のときに初めてパソコンを購入し、大学生の頃から個人事業としてWebサイトの制作や受託開発、コンサルなどのインターネットビジネスを手掛けていました。いわゆる学生ベンチャーみたいな感じです。最も利益が大きかったのは旅行系のメディア。比較的リーズナブルなホテルを集めたポータルサイトや格安航空券の検索サイトなどを作ったところ、旅館や旅行代理店や旅行系のサイトを運営している企業から広告の出稿がどんどん舞い込み、年商は数千万円ほどになりました。規模が大きくなるにつれてひとりではできなくなったので、フリーランスのエンジニアやプログラマなどに業務を依頼していました。
就職活動時期になり、企業に就職をするか、そのまま大阪に残って自分でビジネスを継続するかで悩みました。自分が本当にやりたいことって何だろうと考えたとき、確かに起業もひとつの目標としては持ってはいましたが、それよりもインターネットを活用して、もっと世の中に大きなインパクトを与えたいという気持ちの方がそのときは強かった。ならば今は起業よりも企業に入るべきだと就活を開始したんです。
2003年当時のネット業界はまだ黎明期で、新卒採用なんてほとんどのIT企業は実施していませんでした。それでも数社から内定をいただいて、やりたいと思っていたインターネットビジネスの企画と事業開発ができるニフティに入社しました。
──ニフティではどんな仕事をしていたのですか?
入社後、Webサービス事業を行う部署に配属され、プロデューサーとして20~30ほどのインターネットサービスの企画・運営を手がけました。ニフティというのはおもしろい会社で、ビジネスの規模は大きいのですが社員はわずか600人しかいません。ですのでひとりの社員が外部の協力会社に実務を発注して、仕事を回していくというやり方なんです。私も新卒で入ったにもかかわらずプロジェクトマネジャーとして、20~30人のパートナー企業の皆様と仕事をさせていただきました。
当時業務を発注していたのはおもに大企業だったのですが、当然ながら外注費は高くつきます。そこで私が大学生のときに仕事をしてもらっていた個人事業主に発注しようと考えました。彼らはとても優秀で仕事のスピードも早いしクオリティも高かった。しかも外注費も大手企業の3分の1で済む。かつその金額は個人にしてみればすごくいいギャラでした。まさにどちらにとってもメリットが大きいwin-winなので、早速発注の稟議書を書いて上司に提出したのですが、取引実績のない個人は信用度が低く、仕事を発注するのは不安だという理由で稟議がなかなか通らなかったのです。今でも大企業は法人じゃないと取り引きしないという会社が多いですよね。それと同じです。
ただ、発注できないのは会社のルールの問題であって、有能で信頼できる個人なら企業側も依頼するメリットは大きいのは間違いありません。
ミスマッチを解消したい

個人側からしても大企業から仕事を受注できると多くの場合、報酬は高いし、その成果物は大きな実績となり、自分のフリーランサーとしての価値と信頼を高めることに繋がります。そんな大きなメリットがあるのはわかっていても、何のつてもない場合、なかなか大企業に営業に行って仕事をもらうことは難しい。かつて私自身が個人事業主として仕事を請ける立場だったのでよくわかります。高い技術を持ちながら営業が苦手というフリーランサーはたくさんいますよね。
このように、企業とフリーランサー、どちらにもニーズがあるのにミスマッチが起こっているということに気づいて、法人は安心して個人に仕事を発注でき、個人は気軽に法人から仕事を受けられるというサービスが私自身もほしいし、世の中にも必要なんじゃないかと思いました。私は両方経験しているから余計そう思ったんですね。さらにそういうサービスがあれば時間と場所にとらわれない働き方ができ、人びとの働き方が変わる可能性があるんじゃないかと考えました。
当時そういうサービスはなかったので、ならば自分で作ってしまおうと、2008年に独立して会社を起こし、クラウドソーシングサービス「ランサーズ」を立ち上げたというわけです。
──大企業グループから抜けて独立するということに不安や恐れはなかったのですか?
ゆくゆくは起業したいという気持ちは学生の頃からありましたし、学生の頃に自分である程度の規模のビジネスを作ることができたので、ニフティを辞めるときはそれほど怖くはなかったですね。もし起業してうまくいかなくてもまた数千万円レベルであればすぐ自分で稼げると思っていましたしね。

壁一面にホワイトボードが設置されていていつでもブレストができるランサーズのオフィス。ちなみに椅子はオカムラ製の「バロン」を採用している。「1日座っても疲れないので重宝しています」(秋好さん)
ランサーズ立ち上げの原体験
──インターネット、そしてクラウドソーシングサービスがここまで成長するという可能性を感じた、その先見の明がすごいと思います。

学生のとき、インターネットに初めて触れた衝撃はいまだに鮮明に覚えています。当時は何かを調べようと思ったら、まずは図書館や書店まで出かけて行って資料を探し出し、そこから調べないといけなかった。でもインターネットの出現で、ヤフーやGoogleなどの検索サイトのウインドウに言葉を打ち込むだけでそれに関するものが一瞬で何万件と出てくる。「なんだこれは!」と本当に驚きました。
それで自分でもネットの世界を体験してみたいとパソコンを買ってホームページを作ってみたわけです。作るからにはかっこいいものをと思っていろいろ創意工夫して当時としてはまあまあかっこいいものができました。するとある日、私のホームページを見た広島の会社の社長さんから「我が社のホームページをもっとかっこよく作り直してほしい」というメールが届きました。もちろん全然知らない赤の他人ですが、自分のセンスが認められたような気がしてうれしくなって作ってあげました。そしたらその社長さんは「すごくいいホームページを作ってくれてありがとう、君にお願いしてよかった」ととても喜んでくれて、さらに「御礼に制作費を振り込みたいから振込口座を教えてほしい」と言ってきたんです。

当時のインターネットはまだあやしさ満点の世界だったので、口座番号なんて教えて大丈夫かなと不安で最初は教えませんでした。でも再三教えてほしいというメールが来たのでまあ悪い人じゃなさそうだし大丈夫かなと思って教えたら、指定の口座に5万円を振り込んだというメールが来ました。本当かなと半信半疑で銀行に行って通帳に記帳するとその会社から本当に5万円が振り込まれていたんです。驚きましたが、それでもまだ信じられなくて、この5万円、本当に引き出せるのかなと思って引き出しボタンを押すと本当に5万円出てきて、うわっ! 本当におろせた! みたいな。当たり前なんですけどね(笑)。
この経験もかなりの衝撃でした。僕にとってはホームページを作る作業は仕事でもなんでもなくて、ゲームをするような感覚で、それなのに5万円も振り込まれていた。当時はファミリーレストランでアルバイトをしていたのですが、時給700円で1ヶ月頑張って働いてやっともらえるバイト代が5万円だったんです。
いや、5万円という額よりも、自分自身が好きなホームページ作りをゲーム感覚で楽しみながらやったら、会ったこともない人にすごく感謝されてお金をいただいた。この経験で、インターネットってすごい可能性を秘めているなと身をもって実感したわけです。
──なるほど。それが原体験としてあるんですね。
そうです。インターネットビジネスにはまっていったのも、ランサーズを始めたのも、突き詰めればこれが原体験ですね。あのときのあの自分が感じたインターネットの可能性。クラウドソーシングってインターネットそのものなんですよね。企業が会ったこともない個人に仕事を依頼して、個人もそれに応えてちゃんと仕事をして、その報酬としてお金をもらえてお互いハッピーみたいな。
ですから、確かにそこにニーズがあることは確信していましたが、ビジネスとして儲かりそうだという先見の明があったというよりも、自分で体験してすごいと思ったのでそれをもっと多くの人に知ってもらいたい、社会に広めたいという方が感覚としては近いですね。
苦しかった2年間
──ランサーズはスタート当初から好調だったのですか?

いえいえ、とんでもない。立ち上げてしばらくは苦しい状態が続きました。何をやってもうまくいかず、毎朝目を覚ますたびに憂鬱な気持ちになっていました。社長という立場でしたが、つらすぎて会社に行きたくないと思ったり、会社も社長も辞めてしまおうかと悩むくらい追い込まれていた時期もありました。
でも最初に会社を立ち上げると決めた時のワクワク感とかランサーズのもっている可能性を考えると、やっぱりまだあきらめたくない、もう少しだけ頑張ろうと歯を食いしばって耐えて日々の業務に打ち込みました。すると2年くらい経った頃から徐々に業績が上向いてきたんです。
──業績が上向いたきっかけはあったのですか? こういうことをしたから伸びたというような。
特にきっかけのようなものはないんですよね。日々、ユーザーから求められていることを地道にやっていくうちに徐々に向上して現在に至るというのが正直なところなんです。
口コミの力
──マスコミに取り上げられてから伸びたというようなことも?
確かに各種メディアに取り上げられると一瞬は伸びますが、すぐにまた元に戻るんですよ。ちなみに集客という意味で最も反響が大きかったのはヤフートピックスのトップにランサーズの紹介記事が掲載されたときです。
ですから本当にただ地道にユーザーにとって使いやすいサービスを作ろうと努力していった結果、口コミで広がっていったという感じなんです。
──具体的にはどういうことをしたのですか?
クラウドソーシングサービスを大きくするためには、まず良質なクライアントを集めることが必要不可欠なので、それに専念しました。クライアントが増えれば仕事がほしい人も増えますからね。でも企業を回ってランサーズに仕事を登録してくださいと営業したわけではありません。集客はあくまでも、インターネット上だけで行いました。といってもそれもごくわずかで、やはり1度ランサーズを使って満足していただいたクライアントが繰り返し使っていただいたこと、そして他の企業にランサーズを使ってうまくいったと宣伝してくれたことで徐々に増えていき、それにともなって良質なフリーランサーも増えていったのです。
<$MTPageSeparator$>震災で人びとの働く意識が変わった

スタッフ全員が秋好さんの掲げるランサーズのビジョンとスピリッツの下、一致団結して尽力してきた結果、現在の成長を成し遂げた
──ではランサーズがビジネスとして軌道に乗ったと思ったのはいつ頃ですか?
確信めいたものは最近ですね。立ち上げてから今まで、ランサーズに社会的な潜在ニーズは絶対にあると信じていましたが、どうやって成功させるか、このやり方で本当にいいのかと悩みながら試行錯誤を繰り返してきました。方法論の部分では確信は持てなかった。そこはいまだに不安で悩んでいます。経営者って人一倍不安症だと思うんですよね。ただ、もう一方でもっと伸びるという可能性は感じていて、そのためにどうするかを日夜考えているわけです。
ひとつの契機としては2011年に起こった東日本大震災があります。震災からしばらくは企業は節電のため、工場を平日の日中は止めて、深夜や土日に稼働させました。また、社員に自宅で仕事をするテレワークを命じた企業も多かった。これらによって、働く人のシフトチェンジが起こりました。また、首都圏では会社からの帰宅困難者がたくさん出たため、住む場所について改めて考えた人もたくさんいたでしょう。企業も個人も時間と場所にとらわれない働き方に対してこれまで以上に興味を示し、理解も深めたと思います。
さらに2012年に政権が自民党に戻り、テレワーク、女性の働き方、シニアの再雇用といったアベノミクスで多用されたワードに、時間や場所にとらわれない働き方ができるというクラウドソーシングが提供できうる価値がリンクし、注目が集まりました。また、近年ではパナソニックやNTTなど誰もが知っている大企業がランサーズ上に増えてきました。
こういったことが追い風となり、最近では依頼総額や登録案件数が前月比130%の伸びで急成長しているのだと思っています。
つくる人をつくる

人材育成に力を注いでいる秋好さん
──秋好さんご自身の働き方についておうかがいしたいのですが、秋好さんはランサーズの経営者として日々どのような仕事をしているのですか?
経営者として最も重要な仕事、ミッションは会社を成長させていくためのビジョンをつくり、達成するための経営戦略、戦術を考えることです。もうひとつ重要なのは組織づくりですね。立ち上げ当初は2人しかいなかった社員も現在では40数名に増えたので、少ない人数なりにある程度指揮命令系統を作っていかなければなりません。情報共有の仕組みづくりやマネジメント層の育成、人材採用なども大切な仕事です。
今までは自分がプレイヤーとしてランサーズのシステムをつくっていましたが、今は「つくる人をつくる」のが僕の仕事。自分自身が手を動かすのではなく、実務をしてくれる人や僕が現場に入らなくてもうまく回る組織をつくるというタイミングに来ていると思っています。もちろん現場にはノータッチというわけではなく、新しいサービスやプロダクトをつくる際の意思決定はしています。
──1週間のスケジュールはどんな感じなのですか?
平日は朝9時に出社して22時くらいまで、遅いときは1時くらいまで会社で仕事をしています。平日はほとんど1日会議で埋まっています。ただ、先程も言いましたが、中長期的な戦略を考えるのが社長の大切な仕事なので、意図して水曜の午後は会社に来ないと決めて、近くのカフェでひたすら中長期の戦略を考えています。
──休日は土日ですか?
実は土日も働いているんですよ。イベントに登壇したり、経営会議に出たり。日曜は社長室のメンバーと戦略を考えています。1日仕事関係のことを何もしないという日はほぼないですね。でもそれが経営者というもので、基本的にやりたいことをやっているので苦ではありません。
考える時間がほしい
──では現在の働き方には満足していますか?

中長期的な会社の経営戦略やサービスの未来を考えるためには、ある程度の時間的余裕がないといいアイディアが生まれません。また、新しい働き方を作るというミッションを実現する過程では課題も当然たくさんあって、それをクリエイティブに解決していくためには同じく余裕が必要です。
しかし、先程もお話したように、現状はいろいろな業務でキツキツであまり新しいことを考える余裕がないので、常に半分くらい脳みそを自由にさせておきたいですね。例えば週の半分は出社しないでずっと考えるというくらいの働き方ができるといいなと思います。
そのためには僕と同じレベルで思考し、仕事ができる人間を増やしていくことが必要不可欠なので、今それに取り組んでいるところなのです。以前お話した社員合宿もその一環です。
仕事の上に私生活がある
──ほとんど休んでいないという秋好さんですが、ワークライフバランスに関しては思うところありますか?
私生活が充実するためには仕事もある程度充実することが不可欠だと思っています。「仕事が全然うまくいってないけどプライベートは最高です!」という人はほとんどいないんじゃないでしょうか。ですので、私の場合は、仕事と私生活の2つが横に並んでバランスを取るというよりも、仕事の上に私生活があるというような感覚です。
<$MTPageSeparator$>好きなことで役に立ちたい
──秋好さんは働く上でどんなことを大切にしてきましたか?

ひとつ根本にあるのが、明日死んでも後悔しない生き方がしたいということ。その原体験となったのが僕が中学生のときに起こった阪神淡路大震災です。当時は大阪に住んでいたので震災からしばらくは、親族や友人など日常的に人の死に直面させられました。そのとき、人って簡単に死ぬんだな、自分だっていつ死んでもおかしくないんだと強烈に思いました。だからこそ明日死んでも後悔しない生き方がしたいとの思いが胸の奥に深く刻まれたんです。2011年の東日本大震災でも改めてそう思ったし、そういう人も多いんじゃないでしょうか。
明日死んでも後悔しないために重視してきたのは心の底からワクワクするような本当にやりたいことをやること。好きな仕事で楽しく働くこと。ですから今取り組んでいるランサーズの事業は仕事というか自分のやりたいことで、僕はそのやりたいことをやりたいようにやって、生きたいように生きている。それが結果的に「働いている」という状態になっている、いう感じです。
──最高の人生ですね。
最高です(笑)。そうなるようにこれまで自分自身でその都度働き方や生き方を選択してきたという感じですね。
もうひとつ働く上で重視しているのは。自分の仕事が社会にとって意義があるかどうか。それがなければただの遊びになっちゃいますからね。好きなこと、やりたいことで、人や社会の役に立つことを理想として取り組んできました。
苦手なことも好きなこと
──とはいえ、経営者という立場になると本来はやりたいと思っていなかった苦しいことやつらいこともたくさん出てくると思いますが。

確かに経営者という立場になる過程でそういう悩みはありました。ひとりのエンジニアだった頃は好きなものづくりだけに没頭できたのですごく楽しかった。
それが組織が大きくなってくると当然収支面や人のマネジメントなど会社を経営していくための難しいことを考えなければなりません。正直数字を見て分析、判断することなどは得意じゃないのでできればやりたくない仕事です。
だけどそういう苦手な仕事も、僕たちが目指している社会を実現するためには避けては通れない道なんですよね。また、結局どんな大企業でも社長≒会社だと思うんですよ。社長の器で会社の規模も決まるといっても過言ではない。自分も経営者として研磨、鍛錬、成長しないと、会社は成長しないしやりたいこともできない。だから苦手な仕事もやりたいことの一部だなと思えるようになりました。
これからもっと会社の規模が大きくなり、僕自身の視座が高くなっていくと、こんなこともやらなきゃいけないのかというようなことも増えてまた絶対悩むと思いますが、それもまた好きな仕事だと思ってやる。その繰り返しなんでしょうね。
──立場が上がっていくにしたがってやりたくない仕事も増えていくけど、実現したい大きな目標があるから頑張れる。それをこなしていく過程で会社も秋好さんも成長してきたし、これからも成長していくということなんでしょうね。
そうですね。最初はアルバイトひとり雇うのも死ぬほど悩んでた小さな人間でした。石橋を叩きまくって渡るタイプなので(笑)
──では何のために働くかというと?
突き詰めれば自分のためだと思います。大学生のときに大きな衝撃を受けたインターネットの可能性を多くの人にも知ってほしい、気づいてほしいという自己欲求な気がしますね。
そして、正社員、契約社員、派遣社員、アルバイトなどと同列にある働き方の選択肢のひとつとしてクラウドソーシング、つまりランサーズを確立したい。例えば今の大学生が卒業すると大多数は会社に就職しますが、当たり前のように「ランサーズを利用して働く」を選ぶという社会になればいいなと。そういうキャリアパスが描けるように、いきなりランサーズで生きていくというロールモデルも作っていきたいと思っています。そうやって将来的には日本の働き方を変えて、引いては人びとの生き方を変えるところまで実現したいと思っています。