山田貴子個人としての仕事
──仕事の種類としては2つあるとのことですが、もうひとつのワクワーク・イングリッシュとは直接関係のない、山田貴子さん個人として行っている活動とは何ですか?

こちらも2つあります。1つは母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で、非常勤講師として毎週3コマ体育を教えています。元々スポーツが大好きで、体育の先生になるのが子どもの頃からの夢だったので、これは完全に個人的な仕事ですね。授業ではワクワーク関連の活動については一切話していないので、私がワクワーク・イングリッシュの代表を務めているとか、フィリピンでワクワークセンターをつくったりラーニングジャーニーを行っているという活動を全く知らない学生がほとんどです。ただ、授業にラーニングジャーニーで行っているダイアログを取り入れたり、フィリピンでのラーニングジャーニーに参加してくれた学生もいます。
もうひとつは地元・湯河原で子どもたちと一緒に、子どもたち主体での学校づくり、町づくりを行っています。私が小学3年生のときに、担任の先生から「貴子ちゃん、できるよ、やってごらん」と言われたことですごく可能性が広がったという原体験があり、そのおかげでワクワークの設立含め、今の私があると思っているんです。そして、そう言われたときから私もその先生のようになりたいと思っていました。そんな、自分を育ててくれた湯河原に私にできることで何かを還元したいという思いがすごく強いのでこの事業に取り組んでいるんです。
正式名称は「湯河原子どもフォーラム」という研修会で、2010年から湯河原の教育委員会から委託されています。後期に毎月1回、湯河原の3つの小学校の児童会事務局の子どもたちと、その3つの小学校の児童が進学する湯河原中学校の生徒会の子どもたち、計30~40人と一緒に行なっています。
研修会といっても、こちらはファシリテーターとしての最低限の仕切りをするだけで、すべて子どもたちが自主的に考え、行動するというスタイルで行なっています。1年目のテーマは「みんなが居心地のいい学校づくりのために、私たちができること」でした。体育館でブレインストーミングをしながら、理想の学校についてのアイデアをたくさん出しました。そして、そのアイデアの中から、「自分たちができること」と「大人にしかできないこと」(例:津波に強い学校など)にわけ、自分たちができることについて話し合い、10のプロジェクトにまとめました。そして、スローガン「笑顔あふれる最高の楽校(がっこう)」の実現を宣言しました。2年目は、1年目のスローガンを引き継ぎ「笑顔あふれる最高の楽校(がっこう)」の実現にむけて、子どもたち自身が新しいプロジェクトを考え、各学校で実践をしていきました。今年の3月に行われた子どもフォーラムでは、子どもたち、町の住民の方々、議員さん、町長さん、校長先生たちが一緒になってダイアログをしながら未来の湯河原について考えました。こういう活動を通して、ゆがわらっことしてこの町の子どもたちの未来を一緒につくっていきたい、そう思っています。
──子どもたちの可能性のために、という意味ではフィリピンでの活動と日本の活動は根っこの部分ではつながっているんですね。
その通りですね。そこはすごくつながっていて、フィリピンの子どもたちも日本の子どもたちも、1人ひとりが可能性をもっています。フィリピンの路上に生まれたから、日本に生まれたから、その生まれた場所で子どもたちの尊厳が失われたり可能性が閉ざされる社会はおかしいと思うんです。だからこそ、生まれた環境に関係なく誰もが夢をもってワクワクできるような場所やコミュニティをつくりたいと思っているんです。

フィリピンの路上で暮らす貧困層の子どもたちと
そフィリピンではワクワークセンターの建設、100の事業の創出に取り組みながら、日本では子どもたちと一緒に私が生まれた町の10年後の未来につながる活動をしているという感じです。
<$MTPageSeparator$>日本での活動拠点
──フィリピンや日本でさまざまな活動をしていますが、活動の拠点はどこに置いているのですか?
日本とフィリピンを行ったり来たりしていますが、年間の半分以上はフィリピンで活動しています。現地に部屋を借りていて、フィリピンにいるときはそこで生活しています。
日本での拠点は軽井沢です。去年(2012年)の冬にオフィスを東京の恵比寿から長野の軽井沢に移転しました。それとは別に神奈川に自宅があります。
──なぜオフィスを軽井沢に?
元々湯河原という海と山に囲まれた町で育ったので、自然豊かな場所で仕事をしたいという思いが小さいころからありました。それに、我々の仕事はインターネットさえあればどこでもできるので、あえて都内にオフィスを構える必要性がないということもあります。でも移転した最大の理由は東京よりも軽井沢の方がワクワクすると感じたからです。豊かな自然に囲まれているし、軽井沢に住んでいる人もおもしろい人が多いんですよ(笑)。それに私は元々地域活性化に興味があって、これからお世話になるこの軽井沢の塩沢という地域で、村の人たちと一緒にワクワクすることをやってみたいという思いもありました。本当にご縁に恵まれてこの場所で活動できることを幸せに思っています。
──とはいえ東京近辺に行くこともけっこうあるんですよね?
慶応SFCでの体育の授業が毎週あるのですが、その時は神奈川の自宅に帰ればいいですし。その他、東京近辺のワクワーク・イングリッシュを導入してくださっている大学や企業にうかがうこともありますが、軽井沢って東京に1時間で出られるのでむしろ便利なんですよ。それに、それほど頻繁に行くわけじゃないですしね。
ワクワーク・イングリッシュのフィリピンのスタッフとはスカイプで通信するので、日本国内どこにいても問題ありません。このようにそもそも我々の手がけているビジネスは場所を選ばないので、どこにオフィスを置くかということはさほど問題ではないのです。
軽井沢での活動
──軽井沢では具体的にどのような活動をしているのですか?<
日常的な業務の他には、ワクワーク・イングリッシュのWebサイトや新しいシステムの構築、ワクワークセンターのプログラムについて考えたりしています。
あとはラーニングジャーニーに参加する学生を集めて、その前後に軽井沢オフィスで合宿を行なっています。合宿ではダイアログを行い、参加者全員のライフストーリーを共有します。そうするとメンバー同士の信頼関係が強まり、現地に入ってすぐにみんなで協力して密度の濃い活動ができるからです。現地にいられる時間も限られてますからね。帰国後は振り返りを行なっています。
それから、オフィスの近くに緑友荘という古民家があるのですが、そこで地域の方々と一緒に何か活動ができればと思っています。一例としては、緑友荘とフィリピンをスカイプでつないで、1回ワンコイン(500円)で地域の子どもたちやお年寄り向けのワクワーク英会話講座を開く予定です。
また、子どもたちに関しては軽井沢の豊かな自然×英語という形で、ワクワクしながら、夢を描いたり、生きていく力を育めるような活動もしたいと思っています。例えば夏休みになると大勢の家族連れが軽井沢の別荘に来るのですが、その子ども向けのワクワークの英会話講座を緑友荘で実施できたらおもしろそうだなぁとか。ただ英会話を教えるだけではなく、英語を使って森の中でご飯を炊いて食べるとか、体を動かすアクティビティ、スポーツなども含めていろいろやりたいと思っています。
これまではフィリピンに学生を連れていって活動しているのですが、子どもたちが命の大切さに気づいたり、自分の夢に気づいたり、そういう体験って、この軽井沢でもできるんじゃないかなぁと思いはじめています。
こんな感じでここを拠点に子どもたちと一緒に夢を育てていけるような、自分の町の未来をつくっていけるような活動を行いたいと思っています。
<$MTPageSeparator$>ワクワクを最大値にしたい
──国内外で精力的にさまざまな活動をしていますが、山田さんを動かすモチベーションの源泉は何ですか?

ひとことで言えば「ワクワクすること」。これに尽きます。「ワクワクを最大値にしたい」という思いが根本にあり、すべての活動はこの思いが原動力になっています。単に仕事や雇用を生み出すだけじゃなくて、「ワクワク」の部分が大事で、1人1人が本当に何をやりたいのか、どんなことにワクワクするのか、その1人1人の情熱で、一緒に未来をつくっていきたいと思っています。
今は、改めて子どもたちに興味があるということをすごく感じています。キーワードでいえば「子ども」と「ワクワク」と「可能性」の3つですね。
──現在の仕事のやりがいや魅力は?
一番は子どもの笑顔ですね。フィリピンの孤児院にいた子どもたちが英語を話せるようになってきたときの笑顔や、大学に通うことができて喜んでいる笑顔、そして新しい夢をもちはじめたときの笑顔。日本でも湯河原子どもフォーラムの子どもたちが研修会を通して、「自分たちでこんなにできた!」といったような達成感を得たときの笑顔。そういう子どもたちの笑顔を見られたとき、私自身もうれしくなり、この仕事をしていてよかったなと思います。彼らからたくさんのエネルギーをもらっているんですよ。
子どもだけではなく、大人の笑顔もうれしいですね。今年(2013年)のゴールデンウィークにロレガでワクワークセンターを作るためのラーニングジャーニーを行ったとき、昨年の12月にカフェを立ち上げた人たちも参加して発表会を行いました。
参加者の一人にネリアというお母さんがいるのですが、それまでは内気で全然喋らなかったのに、「私は今カフェの仕事をもっている。働ける場があって、給料をもらえるおかげで子どもに大学を卒業させることができて、刑務所にいる夫にも会いにいけて、本当に人生が変わった。こんな私でもチャレンジをしたことで夢が実現できた。だからみんなも絶対にできるよ」と力強く発言したんです。それを聞いていた、新しく参加したロレガのお母さんたちがみんな涙を流していましたが、私自身もそれを聞いたとき、すごく大きな喜びを感じました。
誰かが自分の可能性に気づいたとき。そして新しい一歩を踏み出したとき。そういう瞬間に大きなやりがいを感じます。

ラーニングジャーニーでカフェをつくった学生たち
──逆に仕事をする上でつらいことや現在抱えている問題などはありますか?
特にはないですね。そもそもあまりつらいとかたいへんだとか思わない性格なので(笑)。あと、我々は「課題」とか「プロブレム」という言葉は全部「チャレンジ」に言い直すんです。そうすることで明るくなるし、元々体育会系気質なので、少しくらいつらいことがあった方が燃えるんですよ(笑)。
ただ、組織をまとめる人間としては、自分自身が人間的にもう少し成長しないと組織がもう一歩前にいかないだろうなということは感じています。これからワクワークイングリッシュを100人体制にして、ワクワークセンターを立ち上げていくのですが、その過程で自分自身の内面を掘り下げながら、1歩ずつ進んでいきたいと思っています。
働くとはワクワクすること
──山田さんにとって働くとはどういうことですか?
ずばり「ワクワクすること」です(笑)。働く意味って人それぞれあると思うのですが、私の場合は、自分のハッピーと相手のハッピーが重なったときに何か大きなハッピーが生み出される。その瞬間に立ち会いたいがために働いていると言っていいと思います。その重なるところが「ワクワーク」で、それが社名にもなっています。言い替えれば私の「働く」は人と何かをわかち合うということ。私のワクワクとあなたのワクワクが重なりあい、新しく何かが生み出され、未来を一緒につくっていくということです。
──誰のために働くかと問われれば?
まずは自分のためです。今の数々の仕事は私がやりたいからやっているわけですから。
それと最近、今の、そして未来の子どもたちのために仕事をしたいなと強く思っています。フィリピンのロレガで作ろうとしているワクワークセンターも未来の子どもたちのためですし。あまり「◯◯のため」とは言いたくないのですが、自分の子どもや孫世代にまでつながる仕事をしたい。今、私が生きているこの社会も親世代、祖父母世代がつくり、つないできてくれた社会ですしね。だから今の仕事によって、未来の子どもたちがワクワク楽しく生きていけるような社会に繋がるといいなと思っています。
──国内外でさまざまな活躍をしていますが、仕事とプライベートの境目はあるのですか?
私の場合、正直仕事もプライベートも1つにつながっているような気がしています。さらに去年(2012年)、結婚したのですが、相手はこれまで一緒に仕事をしてきた人で、今も一緒に働いているのでさらに仕事とプライベートの境目がなくなりました(笑)。
夫の方は日本の子ども向けの仕事や大学への英会話の導入、当社のWebサイトやラーニングジャーニーのパンフレットの制作など、教育系&制作系の仕事がメインです。また、現地ではココヤシを使ったお酒づくりをしていたり、WAKUMAMACAFE(ワクママカフェ)の店長にも就任したり、現地でデザインを通じて仕事をつくる仕事しています。


ともに働き、暮らしている夫の森住直俊さん(写真左)
──仕事も私生活もご主人と一緒というのは快適ですか? ストレスが溜まったりはしないのですか?
確かに、結婚して間もないころは朝起きてから夜寝る直前まで仕事の話ばかりしてしまう状況で、けっこうストレスを感じていました。だから働き方を一度見直したんです。リビングにいるときには仕事の話はしないとか、食事をする場所には絶対パソコンを置かないとか、いくつかルールを決めてからは快適になりました。

また、最近私が体を壊して入院したのですが、抱えている仕事のほとんどを夫がやってくれたり、精神的に弱っているときに支えになってくれたりと、とても助かりました。こういうところが夫婦で一緒に仕事をすることの大きなメリットで、私生活も仕事もパートナーという働き方でよかったなと改めて思いました。最近ではジャーニーなどで深い対話をしている中で、お互いの小さな悩み、葛藤、弱さ、すべてを共有しながら新しいエネルギーが2人の間にあるのを感じています。また、お互いの仕事を深く理解しているので、家事の分担がしやすいのも大きなメリットですね(笑)。

二人でワクワークポーズ
今後、働き方はこう変わる
──今後の働き方はどうなると思いますか?
もっといろんな働き方があっていいと思っています。他者からはおかしいと言われることも多々あるかもしれませんが、それでも自分の心がワクワクする働き方をすればいいのでは? と思います。実は軽井沢にオフィスを移転するときも、英会話事業だけでなく他の事業をスタートするときも、体育の講師を始める時も、周りからけっこう反対されたんです。でも私自身がワクワクする働き方、仕事づくりができると思ったので、そうしました。
今後は私みたいに若い世代が東京ではなく地方に行く時代が来るんじゃないかな、既にその流れが来ているんじゃないかな、と感じています。実際に最近は地方に眠っている可能性や価値に惹かれて地方に行きたいと言ってる仲間が多いんです。
また、都会の熾烈な競争の中で他者を蹴落とし、勝ち残って成功したいというのではなく、利益追求以上に自分の能力や技術を使ってこの国や社会に貢献したいという人が特に若い世代に増えているように感じています。そうなると、個人のハッピーと社会のハッピーが繋がる形で新しい仕事が生まれていくんじゃないでしょうか。それに今ある職業のほとんどは自分の子どもの世代にはない職業かもしれないですしね。特に今の若い人たちは自分の一つひとつの仕事が社会のどこにつながっているかという意味をすごく見出そうとしてると感じます。
それと、複数の仕事で収入を得るという働き方も増えるんじゃないかなと思います。私自身もワクワーク・イングリッシュを経営したり、ワクワークセンターをつくろうとしていたり、大学で教えたり、湯河原の子どもたちのリーダー育成事業を手がけたりと、いろいろな仕事をして、いろいろなところから収入を得ていますが、こういう自由でフレキシブルな働き方は増えているし、今後もっと増えると思っています。
愛にあふれたコミュニティをつくりたい
──今後の目標や夢を教えてください。
ワクワーク・イングリッシュに関しては、2014年度からまた新しい大学でオンライン英会話の授業をやる予定なので、そこに照準を合わせて現在40人の講師を100人にしたいと思っています。でも我々は大量に雇って、いらなくなったからすぐ解雇ということは絶対にやらないので、採用もこれまで通り、慎重に行います。今のワクワークファミリーとしての文化を維持していくためにも、講師は100人がマックスだと思っていて、それ以上増やすつもりはありません。
大きな目標として、フィリピンで100の事業を創出するというのがあります。そのため、英会話事業に続き、カフェや美容院(9月正式オープン予定)を立ち上げました。そしていよいよ今年の9月にもっと多くの子どもたちや若者、ママ・パパが通うことができるワクワークセンターの建設が開始されます。起業して以来の夢がひとつ形になるので楽しみです。

フィリピンの若者たちと一緒に夢を叶えるべく奮闘する山田さん(写真前列中央)
また、個人的な夢としては、家族が大好きなので大好きな祖母(88歳)に自分の子どもを見せてあげたいですね。そして、ワクワークセンターの1階にはお母さんが安心して幼い子どもを預けて働けるように託児所のようなものをつくる予定で、もし私にも子どもができたらこのロレガのコミュニティで育てたいと思っているんです。ロレガの子どもたちに「私の子どもを受け入れてくれる?」と話したら「もちろん! 早く連れてきて」と笑顔で答えてくれています。愛にあふれたコミュニティをつくることが、自分の将来の子どもにもすごく影響するだろうなと感じています。
あるがままの自分を自分自身で受け入れて、そのあるがままの自分を受け入れてくれる、愛にあふれるコミュニティ。そして自分はこれでいいんだ、自分には可能性があるんだと自信をもって、夢に向かって一歩踏み出せるようなコミュニティを日本でもフィリピンでもつくりたい。それが私の究極の夢であり目標ですね。