Public Space_Case 01
まちの回遊路に浮かぶ、黒箱の美術館
大阪中之島美術館
(大阪府大阪市北区)
(大阪府大阪市北区)
緑の丘をつづら折りする遊歩道の行く手に浮かぶ、黒い箱。これは構想から約40年、文化施設が集中する大阪中之島に、満を持して開館した美術館だ。遊歩道はそのまま建物の中を貫通。この道は建物のなかで賑わいのパッサージュ(街路)に変貌し、新たな憩いの場が広がっている。この建物、巨大な黒い箱の中では、はるか高く上昇してゆく吹き抜けのその先に、展示室が浮かぶ。賑わいの街路と静謐な展示室が立体交差する、都市の新たなインフラの姿がここにある。
photo:Nacása & Partners
遊歩道を進むと、いつしか建物の中へ。道は建物の中で街路になり、ふたたび屋外遊歩道へ。通り抜け自由な街路は吹抜の底。そこから上昇しているエスカレーターに乗り、展示室を抜け、再びエスカレーターで降りてゆく、一筆書きの美術館体験。
Floor Plan
水都大阪の記憶
堂島川に面して建つ美術館は、江戸時代の広島藩蔵屋敷の跡地に建つ。敷地内からは、蔵屋敷に荷を運んでくる舟を係留していた「船入」という港の遺構が見つかっている。
大阪中之島の中核施設
堂島川と土佐堀川に挟まれた中洲である大阪中之島は、行政、金融、商業の主要施設が集中する大阪のひとつの核となっている地域。東西に長いこの島の中央に位置するのが大阪中之島美術館だ。隣接する国立国際美術館、大阪市立科学館とともに文教エリアを形成している。ここは中之島の東西の人の流れと、川の南北の人の流れが交差するまちの結節点。その動線は地面レベルの他に2階デッキレベルがあり、この2階レベル、空中の動線が車道を越えて周囲の敷地との繋がりを深めている。東には都市広場の「中之島四季の丘」とブリッジで繋がり、南には国立国際美術館へもブリッジは延びてゆく。西側は将来、未来医療国際拠点へも繋がる。したがってこの美術館に1つの正面というものはなく、さらに1階、2階のどちらもメインのフロアなのだ。
大阪に近代美術館を作ろうと構想されたのは約40年前。長い年月を経て、大阪大学医学部付属病院が移転したこの地に計画され、2016年設計者選定のコンペが行われた。コロナ禍の2021年に竣工し、2022年待望の開館を迎えた。
大阪に近代美術館を作ろうと構想されたのは約40年前。長い年月を経て、大阪大学医学部付属病院が移転したこの地に計画され、2016年設計者選定のコンペが行われた。コロナ禍の2021年に竣工し、2022年待望の開館を迎えた。
パッサージュを眺めるエスカレーター
「駅のコンコースのような公共的なロビー空間」としてデザインされた5層吹き抜けのパッサージュ。エントランスと展示室フロアをつなぐエスカレーターからは重層的なパッサージュを眺めることができる。
建物を貫通する都市のパッサージュ
ランドスケープと一体化した低層部には複数のエントランスが設けられ、中之島のまちとつながる回遊的な遊歩道が整備されている。1階ではスロープや階段が周辺道路とつながり、2階では3方向のブリッジが隣接街区の遊歩道と接続される(*1)。設計者の遠藤克彦氏は、建物に「正面」を設定せず、さまざまな方向からアクセスできるようにすることで、東西南北の人の流れをつなぎ、美術館が都市の結節点となるよう計画したという。
全周に半屋外テラスを巡らせた2階では、北側の1階駐車場に被さるように芝生広場が広がる。つづら折りのスロープと階段が広場と道路をつなぐが、この丘状の地形は、土とEPS(盛土材料の発泡スチロール)で造成された軽量な人工地盤であり、下を通る地下鉄への荷重負荷を抑える。また、関西電力が供給する地域冷暖房システムを利用するとともに、免震ピット内にはパイプスペースを設け、将来的な西側への延伸にも貢献している(*2)。一種の地形のように建築をつくることで、都市に新たなインフラが生まれている。
外部の遊歩道は、そのまま建物を貫いて「パッサージュ」と名付けた共用空間につながっている。このパッサージュは1階で南北を貫く軸となって、サイドにショップやレストランを連ねている。ここはところどころ吹抜けをともなって、5階の高さまで届く大空間の底にあたる場所だ。水平方向と垂直方向に伸びてゆく、立体的な動線が生まれている。さらに東エントランスとも接続して3方からのアクセスが可能だ。パッサージュは1階だけではない。各階で南北や東西を貫く太い動線となり、それをダイレクトにつなぐエスカレーターで相互に接続されている。2階は丘の上の芝生広場から建物に入ると、パッサージュが延びていて、逆の入口から通り抜けもできる。「パッサージュは市民の場所です。美術を見にきた人もそうでない人も、歩き回り、佇み、憩う。そんな場所としてつくっています」(遠藤氏)。展示室は吹抜け上方の4階と5階。上り下りの専用エスカレーターは直行するよう配置され、展示を見て降りてくる道筋が一筆書きのように一方通行となるよう計画された。この展示室を巡る移動行程全体が演出され、ひとつの美術館体験となるよう設計されている。また展示室を上階へ配置することで、近接する河川による浸水リスクを回避している。
*1 2022年7月現在、敷地東側の関西電力本店方面につながるブリッジのみが開通。将来的には南側の国立国際美術館と、西側で建設中の未来医療国際拠点へのブリッジが整備される予定。
*2 省CO2と防災対策を意識した計画により、2018年に国土交通省が主催する「サステナブル建築物等先導事業」に採択された。
外部の遊歩道は、そのまま建物を貫いて「パッサージュ」と名付けた共用空間につながっている。このパッサージュは1階で南北を貫く軸となって、サイドにショップやレストランを連ねている。ここはところどころ吹抜けをともなって、5階の高さまで届く大空間の底にあたる場所だ。水平方向と垂直方向に伸びてゆく、立体的な動線が生まれている。さらに東エントランスとも接続して3方からのアクセスが可能だ。パッサージュは1階だけではない。各階で南北や東西を貫く太い動線となり、それをダイレクトにつなぐエスカレーターで相互に接続されている。2階は丘の上の芝生広場から建物に入ると、パッサージュが延びていて、逆の入口から通り抜けもできる。「パッサージュは市民の場所です。美術を見にきた人もそうでない人も、歩き回り、佇み、憩う。そんな場所としてつくっています」(遠藤氏)。展示室は吹抜け上方の4階と5階。上り下りの専用エスカレーターは直行するよう配置され、展示を見て降りてくる道筋が一筆書きのように一方通行となるよう計画された。この展示室を巡る移動行程全体が演出され、ひとつの美術館体験となるよう設計されている。また展示室を上階へ配置することで、近接する河川による浸水リスクを回避している。
*1 2022年7月現在、敷地東側の関西電力本店方面につながるブリッジのみが開通。将来的には南側の国立国際美術館と、西側で建設中の未来医療国際拠点へのブリッジが整備される予定。
*2 省CO2と防災対策を意識した計画により、2018年に国土交通省が主催する「サステナブル建築物等先導事業」に採択された。
フロアに架けられた立体動線
空中で交差する2本のエスカレーターはそれぞれ上り・下り専用で、2-4階の間を約1分半かけてゆっくりと移動する。直交するよう配置したことで一筆書きの動線を実現し、混雑の緩和にも寄与している。
吹き抜けの大空間
1階レベルから天井を見上げる。2階にあるチケットカウンターは、ホール出入口の上に浮かぶように配置されている。
水平垂直に光を採り込む
トップライトによる垂直方向の採光だけでなく、2階エントランス空間では三方をガラス張りとしたことで水平方向からの柔らかな光を採り込む。
人が居着く所を設える
ミュージアムショップとチケットカウンターなどが入る2階エントランス。左に見える休憩ベンチはカンディハウス・藤森泰司アトリエ共同事業体が製作。今回製作された家具はベンチ・ソファベンチ・チェア・ラウンジチェアの4種類で、フロアごとに色を変えて館内の至る所に設置され、誰でも自由に使用できる。
通り抜けできる1階パッサージュ
インテリアショップとレストラン、ホールに沿って建物の南北を貫く1階のパッサージュ。ベンチで休んだり、そのまま通り抜けることもできるオープンな空間。
フロアをつなぐ大階段
1階と2階をつなぐ大階段は、まちとつながる回遊動線の一部でもある。1階南側のエントランスや北側の駐車場から入ってきた利用者を2階の美術館エントランスに誘う。
建物の内外を貫くパッサージュ
吹き抜け越しに見た4階東側のパッサージュ。4階では吹き抜けに面して東西両端にパッサージュが配置され、建物を貫くように視線が交錯する。
中之島に臨むガラスの開口
L字形のガラス大開口が印象的な東側壁面。4-5階に跨がるように設けられ、館内とまちの風景を接続する。各面に同様の大開口が一つずつ設けられ、いずれも内側にパッサージュが配置されている。
パッサージュに出現する巨大なオブジェ
フローリングの折り返し階段と2層吹き抜けの4階パッサージュ。階段の踊り場横のスペースには、高さ約7mの巨大な作品「ジャイアント・トらやん」が配置されている。作者は芝生広場のオブジェと同じヤノベケンジ氏。
垂直動線でつながる4-5階の展示室
4階西側のパッサージュから内部を見る。利用者は4階で短いエスカレーターに乗り換えて5階に上り、折り返し階段で下る。階段を下りてくる際、正面には吹き抜けを介して反対側のパッサージュの様子が見える。
人々が憩うつづら折りの遊歩道
2階の芝生広場には、緑の丘を通る階段およびスロープでアクセス。河原に自生する草木を意識した植栽や屋外ベンチによって、人々が散策し、憩う場所となっている。入口前に設置されているのはヤノベケンジ氏の彫刻作品「シップス・キャット(ミューズ)」。
シンプルな形に秘められた高機能
ストイックでシンプルな外観は、一見単純なものが複雑さをもつ現代性を意識したデザイン。iPhoneやテスラなど最先端のプロダクトを例に、シンプルな見た目の背景には高度な技術があると遠藤氏は述べる。複雑な内部を黒い外壁で覆うデザインが、設備・構造・施工技術、コストコントロールによって実現されている。
外観の特徴である黒壁は、近くで見るとアスファルトのような細かな凹凸がある。これは工場で岩手産玄昌石の砕石と京都宇治産の砕砂、黒色顔料を混ぜたプレキャストコンクリートを打設し、表面をウォータージェットで洗い出した特殊なパネル。そのままだと石や砂が落ちてしまうため、ガラス質の染付け剤にカーボンを混ぜ込んで表面をコーティングした。
吹き抜けに面したパッサージュの壁面と天井は、プラチナ・シルバーのルーバーを配列したシンプルで均一な仕上げ。しかしこの面には高い機能が備えられている。目地が揃った精密な施工は、ピッチを僅かに変えた30種類のストリンガー(ルーバーを差し込む下地材)によって実現。ルーバーはデザイン面だけでなく、その隙間を使った天井での空気の入れ替え、壁面での吸音など、設備面の機能も兼ね備える。
展示室はさまざまな展示内容に対応するため、ニュートラルにつくることが求められた。そのため、2つの展示室に採用した可動式間仕切り壁は3〜4mピッチで設置できる。最も面積が広い5階展示室は天井高6mのホワイトキューブで、大規模な企画展にも対応。天井高4mの4階展示室に設置されるコの字形の壁面展示ケースは総長62m、1台のケースとしては日本最長クラスで、有害ガスが出ない素材、気密性が高いエアタイト仕様により美術品の劣化を防ぐ。さらに4-5階共通でオリジナルデザインの独立展示ケースが4種類42台用意されている。
利用者が目にしない部分にも新たな試みがある。美術館としては全国で初めて、職員の執務スペースを、固定席を設けないフリーアドレスとした。これは館長の菅谷富夫氏の発案によるものだという。
オープン前からさまざまな取り組みを行っている大阪中之島美術館。館長の菅谷氏は、「展覧会だけでなく、もっと幅広い使い方ができる運営をしていきたいですね。美術にはいろいろな親しみ方があります。まずはここに来て、ご自身で新たな美術館体験をしていただきたい」と語る。パッサージュや芝生広場を使ったイベント、国立国際美術館との連携企画など、周辺にも拡張してゆく可能性も秘めている。
外観の特徴である黒壁は、近くで見るとアスファルトのような細かな凹凸がある。これは工場で岩手産玄昌石の砕石と京都宇治産の砕砂、黒色顔料を混ぜたプレキャストコンクリートを打設し、表面をウォータージェットで洗い出した特殊なパネル。そのままだと石や砂が落ちてしまうため、ガラス質の染付け剤にカーボンを混ぜ込んで表面をコーティングした。
吹き抜けに面したパッサージュの壁面と天井は、プラチナ・シルバーのルーバーを配列したシンプルで均一な仕上げ。しかしこの面には高い機能が備えられている。目地が揃った精密な施工は、ピッチを僅かに変えた30種類のストリンガー(ルーバーを差し込む下地材)によって実現。ルーバーはデザイン面だけでなく、その隙間を使った天井での空気の入れ替え、壁面での吸音など、設備面の機能も兼ね備える。
展示室はさまざまな展示内容に対応するため、ニュートラルにつくることが求められた。そのため、2つの展示室に採用した可動式間仕切り壁は3〜4mピッチで設置できる。最も面積が広い5階展示室は天井高6mのホワイトキューブで、大規模な企画展にも対応。天井高4mの4階展示室に設置されるコの字形の壁面展示ケースは総長62m、1台のケースとしては日本最長クラスで、有害ガスが出ない素材、気密性が高いエアタイト仕様により美術品の劣化を防ぐ。さらに4-5階共通でオリジナルデザインの独立展示ケースが4種類42台用意されている。
利用者が目にしない部分にも新たな試みがある。美術館としては全国で初めて、職員の執務スペースを、固定席を設けないフリーアドレスとした。これは館長の菅谷富夫氏の発案によるものだという。
オープン前からさまざまな取り組みを行っている大阪中之島美術館。館長の菅谷氏は、「展覧会だけでなく、もっと幅広い使い方ができる運営をしていきたいですね。美術にはいろいろな親しみ方があります。まずはここに来て、ご自身で新たな美術館体験をしていただきたい」と語る。パッサージュや芝生広場を使ったイベント、国立国際美術館との連携企画など、周辺にも拡張してゆく可能性も秘めている。
ボリュームを削り取ったような大開口
外から見た5階北側の開口部。各面でガラスが壁の上端まで連続しているように見せるため、屋上のパラペットを内側にセットバックさせている。
深い黒色をまとう外壁
609枚のプレキャストコンクリートのパネルで構成された黒い外壁。黒色とすることで雨垂れなどの汚れを軽減するとともに、ガラス張りの超高層ビルが立ち並ぶ街並みの中でも存在感を発揮する。
高精度に施工された化粧ルーバー
パッサージュ内部の壁や天井に使用されている化粧ルーバーは、下地材の種類を増やすことで±5%の範囲内で目地を揃えた。設備や扉などもルーバーと一体化するように納め、存在感を感じさせないデザインになっている。
5層を貫く光のシャワー
1階パッサージュからの垂直見上げ。5階の天井まで視線が通っている。5階を貫いてトップライトが設置されていて、そこから自然光が降り注ぐ。
まちに開かれたランドスケープ
北側の芝生広場や外周部のデッキ、南側の大階段といった外部空間は24時間オープン。中之島の結節点として、誰もが通り抜け、歩き回り、憩うことができるパブリックスペースになっている。
黒壁により表出するアクティビティ
夕方以降は内部の光が外部に漏れ出し、ガラスの開口部が際立つ。設計者の遠藤氏によると、黒いボリュームにすることで、パッサージュの形や人のアクティビティが闇の中に浮かび上がることを意図したという。
4階の展示室
4階展示室は、コの字形の壁面展示ケースが設置される展示室(写真)と、その一部に黒い可動壁を設置した展示室から成る。連続する壁面展示ケースは、可動壁によってどの位置でも仕切ることができ、展示の自由度を高めている。
専用デザインの独立展示ケース
オープンに伴い、各階共通で使用できる4種類の独立展示ケースが準備された。写真の傾斜型覗きガラスケースは照明を内蔵し、作品の劣化を防ぐ気密性の高いエアタイト仕様。側板を外し連結して使用することもできる。
美術館として全国初のフリーアドレスを導入
事務室では、美術館としては全国初のフリーアドレスを導入。部屋の中央部にある個人ロッカーで空間を二分し、執務スペースと別に、打ち合わせや食事など、多目的に使えるリラックススペースを設けている。
40年の構想を経て開館した美術館
1983年に近代美術館の建設が構想されてから約40年後、2022年2月に開館した美術館。4階展示室では2022年4月から開館記念展「みんなのまち 大阪の肖像(第1期)」を開催。2022年8月6日-10月2日の期間には同展覧会の第2期を開催。
Details and Design
Architect
遠藤克彦(えんどう かつひこ)建築家/茨城大学大学院教授
- 1970年
- 横浜市生まれ
- 1992年
- 武蔵工業大学(現 東京都市大学)工学部建築学科卒業
- 1995年
- 東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻修士課程修了
(東京大学生産技術研究所 原広司研究室在籍)
同大学院博士課程進学 - 1997年
- 遠藤建築研究所設立
- 2007年
- 遠藤克彦建築研究所に組織改編
- http://www.e-a-a.jp/
Data
- 所在地大阪府大阪市北区中之島4丁目
- WEBサイト
- 開館日2022年2月2日
- 敷地面積12,870.54㎡
- 延床面積20,012.43㎡
- 規模地上5階
- 建築設計大阪市、遠藤克彦建築研究所
- 設計協力東畑建築事務所
- 構造設計佐藤淳構造設計事務所
- ランドスケープスタジオテラ
- 建築施工錢高・大鉄・藤木特定建設工事共同企業体
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