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2018.02.21  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

1人だからできた

──目の動きだけで文字を入力できる「デジタル透明文字盤」(OriHime eye)の発明を、よく1人だけでやりきりましたね。

吉藤健太朗-近影1

逆にこういうことって1人じゃないとできないんですよ。患者さんのためにこういう物を作りたいから協力してほしいと他のメンバーに言っても、それぞれ自分の仕事があるから忙しいし、日程調整も難しい。そこはどれだけお金を積んでもできないと思うんですよね。やりたいと思っているのは私なのだから私がやればいいというだけのことです。


──自費で、しかも就業時間外でやるのはかなり大変じゃないですか?

といっても、自分がやりたいからやってるだけですからね。趣味のようなものです


──1人でやることをつらいとは感じないんですか?

もちろんつらいですよ。何がつらいかって、常に新しいことをやるので基本的に理解されないんですよね。それこそ孤独を感じます(笑)。でも、新しい物を生み出すということはそういうこと。友達がいなくなろうが、親を泣かせようが、新しい、本当にいいと思うことをやるべきだと私は思っています。


──そこまでするモチベーションって何なんですか? 作りたいという欲求なのですか?

いえ、それは全くないです。確かにものづくり自体は好きですがそれがしたいわけじゃなくて、単純に目の前に喋れなくてうまくコミュニケーションが取れないALSの患者さんがいる。それを見てこの人がもっと早く円滑にコミュニケーションが取れたらいいなと思うじゃないですか。ただそれだけです。

OriHime eyeを操作するALSの患者さん

OriHime eyeを操作するALSの患者さん

──難病で苦しんでいる人を救ってあげたいという思いは?

救ってあげたいと考えているわけでもありません。前にもお話しましたが、私が引きこもって孤独を感じていた時期、一番ほしかったのは役割なんですよ。ずっと自宅で3年半の間、何もできなくて、両親は手を尽くしてくれるのですが、それが逆に申し訳なくて。何の役にも立っていない、誰からも必要とされていないことのつらさを嫌というほど味わいました。このつらさはこういう状態になった人にしかわからないでしょう。


──確かに自分が何の役にも立っていないと思うことが一番つらいですよね。

吉藤健太朗-近影2

そうなんですよ。しかも自分が誰かの役に立っているという自覚がないと、人を必要とできないんですよね。誰かに何かをしてもらってるだけの状態が続くとつらい。「ありがとう」と言い続けていると、ある日突然言えなくなるんですよね。これ以上ありがとうと言うと自分に完全に価値がなくなるというか。御礼が言えなくなると、当然人から嫌われてますます孤独に陥る。引きこもり時代はその悪循環に陥っていました。

人の中にある「ありがとう」には限りがあって、出し続けるといつか尽きるんですよ。私はこれを「ありがとうのストック」と呼んでいます。だから「ありがとう」を補充しなければならない。

人間は社会的な生き物だとした場合、ありがとうという感謝の気持ちはお互いに与え合うべきなんですよね。ありがとうと言う一方でも、逆に言われる一方でもつらくなる。お金と同じですね。払う一方でも、貯め込みすぎてもいけない。循環させなきゃいけないんです。

そういう意味で、私は引きこもりから脱して以来、自分の役割をもちたいと切望してきたので、ALSの患者さんと出会った時、この身体がほぼ動かない人たちを社会に参加させるためのシステムを研究・開発するのが私の役割であると考えたわけです。

OriHimeで役割を生み出したい

ALSの患者さんがOriHime eyeを使用して目の動きだけで描いた絵
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ALSの患者さんがOriHime eyeを使用して目の動きだけで描いた絵

それをミッションに掲げた場合、OriHime eyeによってALSの患者さんたちも役割をもつことができる。例えばOriHime eyeで絵を描くことで、「この絵、目だけで描いたんだ! すごい!」と、多くの人を驚かせたり感動させたり、こういう人がいるということが人づてでどんどん広まっていったり、同じ病気で苦しむ人に希望を与えたり。こういうことが生まれてくることに、すごくやりがいを感じています。

さらに、このOriHime eyeは本来は50万円ほどするのですが、今年(2017年)になって自治体が9割負担する購入補助制度ができたので、患者さんは5万円ほどで視線入力のセンサーやソフトウエア、コンピュータなど一式を買えるようになったんですよ。これはすごく大事なことで、一般的には50万円ほどで眼球しか動かせない患者さんが他者とコミュニケーションを取れるのであれば高くないと思うかもしれませんが、彼らは家族にそのお金を出してもらうことで、精神的にものすごく大きな負担を感じてしまうんです。迷惑をかけて申し訳ないと。でも料金が5万円になって家族が負担する金額が少なくなると、患者さんの精神的負担もかなり軽減されます。

ユーザーの反応を見ることが重要

──ロボット制作において大事にしていることは?

ALS協会会長の岡部さんと

ALS協会会長の岡部さんと

作る前に、作った物が、ユーザーにどういうふうに使われているかを想像することですね。そして、ユーザーの反応をこまめに見ることです。ビジネス界では「ニーズはお客さんに聞け」とよく言われますが、私はそれよりも、反応を見ることが大事だと思っているんです。なぜならば、ニーズなんてお客さんに聞いても出てこないと思うからです。例えば、川で洗濯していた時代の人が全自動の洗濯機がほしいなんて思わないじゃないですか。つまり人はその時に存在しない物、自分で想像できない物はほしいと思えないんですよ。本当に役立つ物は本人が知らないものです。自分が作った物を見せた時、「これだよ! これを待ってたんだ!」と言わせるのが本当のものづくりです。

そのために私はいわゆるニーズ調査などは一切せず、その代わりに病院などの現場に行って、患者さんたちと仲良くなって、その生活を垣間見させてもらいます。これによって「この人はこの部分に不自由を感じてそうだから、こういう物があったら喜ぶんじゃないかな」というアイデアが閃くんです。そのアイデアを100個くらい紙に書いて、喜びそうで、簡単に作れそうな物を1つ、3Dプリンタでさっと作って持って行って「こんな物を作ったんですけどどうですか?」と渡すんです。

その時、「ほしい!」と喜ぶのか、「ああ、ありがとう」で終わるのか、表情や言葉などで反応を見ることができます。それで必要とされているかどうかが判断できて、必要ではなさそうであればそこで開発は終了。2日で作ったものはダメだったらぽいぽい捨てられますから。

必要としていそうだったらその後も利用者の反応を見つつ、感想をもらいながら改良を重ねていきます。つまり、現場やユーザーはニーズやアイデアを得る場ではなく、私が考えた物が合っているかどうかのテスト、答え合わせの場として使うということです。

"ワクワク"が大事

──仕事の原動力は?

吉藤健太朗-近影3

ワクワクすることでしょうか。この仕事をしていると、普段の生活がとてもおもしろいですよ。一番のワクワクはOriHimeを使って何をしたかを聞くこと。例えば、ALSの患者さんがOriHime eyeで描いた絵を見ると本当にすごいと思うし、次、新作はいつ出るだろうとすごくワクワクします。また、OriHimeでディズニーランドに行ってきましたとかテニス観戦をしてきましたと聞くとすごくうれしいし、今度は何をするのかなと考えるのも楽しいですよね。

あとは、これまでにない新しい物を作るような仕事をしていると、いろんな人から声がかかって、どんどん新しいことができるのもすごくおもしろいです。それがまた仕事に向かう原動力になる。ワクワクの好循環ですね。

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)
1987年奈良県生まれ。ロボットコミュニケーター/株式会社オリィ研究所代表取締役所長

小学5年生から中学2年生までの3年半、学校に行けなくなり自宅に引きこもる。奈良県立王寺工業高等学校で電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECに出場し、文部科学大臣賞を受賞。その後世界最大の科学大会Intel ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。高校卒業後、詫間電波工業高等専門学校に編入し人工知能の研究を行うも10ヵ月で中退。その後、早稲田大学創造理工学部に入学。2009年から孤独の解消を目的とした分身ロボットの研究開発に専念。2011年、分身ロボットOriHime完成。2012年、株式会社オリィ研究所を設立。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表、ほかAERA「日本を突破する100人」、米国フォーブス誌「30Under 30 2016 ASIA」などに選ばれ、各界から注目を集めている。2018年、デジタルハリウッド大学大学院の特任教授に就任。本業以外でも19歳のとき奈良文化折紙会を設立。折り紙を通じて地域のつながりを生み出し、奈良から折り紙文化を発信。著作『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)にはその半生やOriHime制作秘話、孤独の解消に懸ける思いなどが詳しく書かれてある。

初出日:2018.02.21 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの