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2017.10.23  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

肝はマーケティングとオペレーション

──キズキ共育塾は起業以来生徒数が増え続けているということですが、ひきこもりや高校中退者が増えているということなのでしょうか。

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ひきこもりの人数としては、ほぼ横ばいと言われています。だから生徒増加の大きな理由はインターネット検索で引っかかるようになったことだと思います。スマホ時代になった時に個人の検索の頻度が増えて、それにともないキズキ共育塾へのアクセスが増えました。当社のWebマーケティングチームもSEO対策をしっかりやって、彼らに響く記事を作ってリリースしたことで不登校・高校中退・進学・受験などの検索ワードで上位に上がるようになり、その結果問い合わせや、入塾者数が増えていったのです。


──Webのマーケティングが大事なんですね。

はい。マーケティングには前からかなり力を入れています。どうして彼らがひきこもったままかというと、彼らにいい情報が届いてないからなんですよ。だからWeb上でいかに相手の心に届くメッセージを発信して、3年ひきこもったけどここだったら通えると思ってもらうことを、実際に支援することより大事にしています。それがこれまでの福祉の世界で足りなかったことだと思うんです。

大学や行政、企業とも連携

──そのほかの活動は?

大学・専門学校の中退者を予防する活動です。偏差値が30~40の大学や専門学校はほぼ無試験で入学できる所も多いので、そういう学校に行く子たちの成績下位者は不登校や高校中退者が多く、小学3、4年生レベルの学力の子もいます。だから講義についていけなくて中退しちゃう子が多いんです。中退者が増えると、大学としては学費が入ってこなくなるので、経営が悪化してしまいます。僕ら支援者としてもひきこもってしまうと社会から隠れ、見つけにくくなって支援することが難しくなります。そうならないように、うちのスタッフが大学に常駐して困難を抱えてる学生を学習面、メンタル面でサポートしているんです。

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3つ目は、新宿区から委託されている、20代から30代向けの就労支援です。新宿区在住の、ひきこもりの若者にカウンセリングや学習支援などを行ったり、書類の書き方や面接の仕方などを教えるなど、働けるようになるまでのトレーニングを行っています。

4つ目は足立区から委託されている、ひとり親世帯の家庭訪問学習支援で、スタッフが家庭まで行って勉強を教えています。

5つ目はこの9月から始めた企業の管理職向けのマネジメント研修です。企業には発達障害をもった人をうまく活用したいというニーズがあります。例えばITエンジニアなどはコミュニケーションが得意じゃない、自分のペースでしか仕事ができない、興味のない仕事は一切できない、けれども好きな仕事ならものすごいパフォーマンスを発揮して成果を出すといった発達障害の傾向をもつ人材が多いようなんですね。そういう人は、8時半に一斉に出社して働き、仕事終わりは飲み会で予定が埋まる、といった旧態依然の日本企業のスタイルに合わない人も多い。

日本の大企業の多くはいまだに旧態依然としたマネジメントで、一括で採用して配属も社員の適性など考えず会社の都合で決めて、「この部署に決まったから嫌でも5年間は我慢しろ」みたいなやり方をしています。このやり方だと、優秀だけどクセのある尖った人材は鬱になって辞めちゃう。これは会社にとっても大きな損失です。だから、イノベーション人材を生み出して活用するために、これから個々の性格に合わせたマネジメントをしていかなければいけないという問題意識を抱えている企業が増えているんです。

僕自身も軽度の発達障害があり、最初に就職した会社に4ヶ月で出社できなくなって、発達障害の人が日本の大企業のあり方といかに合わないかが身をもってわかっているんですね。だから、その問題を解決するために、40~50代の管理職向けにマネジメントプログラムを作って指導しているんです。

NPOとしての活動

──NPOとしての活動は?

1つは寄付を集めて生活困窮世帯の子に奨学金として、当塾の授業料の半額を給付しています。まだ小規模ですが。


──塾の授業料自体も安く設定しているのですか?

安田さんは現在、クラウドファンディングで「スタディクーポン・イニシアティブ」の支援者を募集している。

安田さんは現在、クラウドファンディングで「スタディクーポン・イニシアティブ」の支援者を募集している。主旨と支援先はこちら

いえ、普通の大手の予備校の個別授業よりも少し安いくらいですね。授業料を抑えることで社会貢献しようとは全く思っていないんですよ。

例えば行政などの事業だと、つい無料にしがちですが、高校中退・ひきこもり=貧困家庭じゃないですからね。もちろん高校中退者やひきこもりの子が貧困家庭に多いのはわかっているのですが、それがすべてじゃない。平均的な所得の家庭・裕福な家庭でもひきこもりの子はたくさんいるので、そういう家庭からは適正な料金をいただく。そうした方が新しく市場も生まれて、産業としても発展すると思うんですよね。一方で貧困家庭にはクーポンを配って塾に通えるようにする。そういうやり方があってもいいと思っています。

その話と関連するのが2つめの活動で、来年(2018年)の4月から始める渋谷区との共同プロジェクトです。一般的に行政からの委託事業において、貧困世帯の子が通える塾は、その自治体が委託した業者に限られるんです。経済的に余裕のある家庭の子は好きな塾に通えて、貧困家庭の子は塾を選べないのは間違ってますよね。だから行政の貧困世帯やひきこもりへの支援の仕方を変えたいと思って、4月から渋谷区と協業して、貧困家庭に塾に通うための3万円程度のクーポンを渡すという「スタディクーポン・イニシアティブ」を始めるんです。これによって子どもは好きな塾を選択できるし、民間の塾も自分の塾を選んでもらうために創意工夫をするようになるから活性化します。また、現金で渡すと自分で使ってしまう可能性などもありますが、クーポンで渡すとその恐れもないのでメリットが多いんです。

そのための最初の原資として1000万くらいが必要になるのですが、渋谷区もまだそこまで出せないので、うちとその他のNPO・株式会社などが合同で寄付を集め、来年の4月から配る予定です。


──株式会社とNPOの役割の違いは?

株式会社では社会にとって必要でかつ儲かりそうなものをやる。NPOは儲からないけど社会に必要なことをやる、というシンプルな考え方ですね。

仕事に懸ける思い

──安田さんはそれらの活動にどういう思いで取り組んでいるのですか?

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僕自身がいわゆるちゃんとした家庭に育ってなくて、小さい頃に両親の元を離れて暮らさざるをえなかったり、発達障害があって、学校も辞めていたり、会社に就職してもすぐ鬱になって退職してひきこもったりという経験をしているんですね。でも僕は運よく、いいタイミングでいろんな偶然が重なったおかげで立ち直って今、何とかこのような活動ができるまでになりました。

自分自身が生きている意味というか、なぜそんなことを経験してしまったんだろうと考えた時に、僕のように困難な状況にある人が何度つまずいても、何度でもやり直せる社会を創ることが僕の使命だと思ったんです。この思いがすべての活動の根本にあります。


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安田祐輔(やすだ・ゆうすけ)

安田祐輔(やすだ・ゆうすけ)
1983年神奈川県生まれ。キズキ代表

藤沢市の高校を卒業後、二浪してICU(国際基督教大学)教養学部国際関係学科入学。在学中にイスラエル人とパレスチナ人を招いて平和会議を主催。長期休みのたびにバングラデシュに通い、娼婦や貧困層の人々と交流を重ねることで、人間の尊厳を守る職に就きたいと決意。卒業後は商社に4ヵ月勤務したがうつ病で退職。1年のひきこもり生活を経て、2011年キズキを設立。代表として不登校・高校中退経験者を対象とした大学受験塾の運営、大手専門学校グループと提携した中退予防事業などを行なっている。

初出日:2017.10.23 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの