WAVE+

2017.08.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

水先人とは

──西川さんは女性初の水先人ということですが、水先人になったのはいつなのですか?

西川明那-近影1

2011年3月に東京海洋大学大学院の水先人養成コースを卒業し、5、6月の水先人の国家試験に合格して、7月から東京湾水先区水先人会に入会して水先人として働いています。それまでは、水先人は大型船の船長を3年以上経験した人でないとなれなかったのですが、そういう人がどんどん減って、水先人になれる人も減ってしまったので、2007年に法律が変わり、船長や航海士の経験がなくても国が定めた教育課程を修了して合格すれば水先人になれるようになったのです。私はその新制度ができて水先人になった第一期生なんです。


──水先人とはどのような職業なのでしょうか。

ものすごくわかりやすく、ひと言で言うと、「東京湾限定の船の代行運転兼カーナビ兼通訳」みたいな感じですね(笑)。東京湾に入ってきたり東京湾から出ていく船舶に乗り込み、安全に着岸したり、湾外に出られるよう操船の指揮を採るのが私たち水先人の仕事です。

通常、船は船長の指揮で航行していますが、船長は世界中の様々な港の地形や海流など、その港湾特有の事情をすべて覚えて適切に対応するのは不可能です。そこで船長はその港湾・水域の事情に精通している水先人を要請し、求めに応じて乗船した水先人が船長にアドバイスして船を安全に効率よく入出港させるわけです。

水先人の仕事

──水先人としてどんな船に乗ることが多いのですか?

ほぼ外国船です。たまに日本の船に乗ることもありますが全体の1%くらいです。ハーバーでの離着岸作業、車でいうと車庫入れ作業で、私が水先人になって丸6年と少しの間にハーバー業務を約1100隻行いましたが、そのうち日本船は30隻くらいしかありません。

船の種類は、コンテナ船、バラ積み船、LNG船など、客船以外のあらゆる船に乗ります。客船は、私は二級水先人なのでまだ乗れないんです。二級水先人で乗れる船は5万トンまでの船舶、危険物積載船は2万トンまでと定められています。これまで乗った1番大きい船は4万5000トン、小さいのが700トン。最近は2~4万トン、200m程度の貨物船が多いですね。


──一連の仕事の流れを具体的に教えてください。

まず、入湾の場合は、横須賀市久里浜にある東京湾水先区水先人会の横須賀事務所から水先挺(パイロットボート)に乗って、東京湾入り口へと入ってくる船に向かいます。パイロットボートが到着すると本船に横付けして(本船からたらされた)専用のはしご(パイロットラダー)を登って本船に乗り移ります。


──大きな船にラダーで乗り移る時、風や波があったら危ないですよね。

パイロットボートからラダーを伝って本船に乗り移る西川さん。慎重さと素早さが求められる

パイロットボートからラダーを伝って本船に乗り移る西川さん。慎重さと素早さが求められる(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

ラダーを登る西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より

風が強かったり波が高かったりうねりがあったりすると、ラダーから手や足を滑らせて海に落ちる危険があります。私は握力に自信がなく、船が揺れたら危ないので、そうならないようにラダーを登る前から安全を確保します。つまり、風はだいたい一方向からしか吹かないので、風が吹きつける方向とは反対側にパイロットボートを着けるのです。だからこれまで乗り移る時に危ない目にあったことはありません。

あと、本当に危険な場合はパイロットボートから本船に乗り移ることができません。命に関わるので風が弱まったり、波が穏やかになるまで待ちます。波がすごく高かった時は、どう考えてもパイロットボートから乗り移りできないと判断してラダーまで行かずにあきらめたこともあります。また、ある時は海が大しけで東京沖に投錨した本船(大型船)から下船できずに、そのまま28時間待機せざるをえなかったこともありました。

やりとりはすべて英語で

──大型船とはいえ丸1日以上も荒れた海の上で待つって大変ですね。本船に乗り込んでからは?

ブリッジで船長と打ち合わせを行う西川さん

ブリッジで船長と打ち合わせを行う西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

すぐに船を操縦するブリッジ(操舵室)まで駆け上がります。ブリッジは船の一番高い場所にあり、小型コンテナ船でもビルの6階に相当する高さがあります。ブリッジに到着すると船長と速やかに情報交換を行います。水域の状況、岸壁までのルート、接岸方法、タグボートの数と配置を説明し、「今日はこういう潮と風ですからこういうルートを通ってここに行きますからね」などと伝えて船長の了解を得ます。外国船の乗組員は外国人なので、やり取りはすべて英語で行います。また、ブリッジでは適切な海図があるか、レーダー、AISなどの航海計器が正常に作動しているかを確認して、舵効きなどの運動性能、乗組員の配置や練度などを迅速に把握します。

西川明那(にしかわ あきな)

西川明那(にしかわ あきな)
1985年京都府生まれ。水先人(東京湾水先区水先人会所属)

高校卒業後、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学。当初は航海士を目指していたが、大学3年生の時に水先人養成コースが創設されるのを知り、水先人を目指して養成コースに入学。2年半の課程を修了し、2011年、国家試験に合格。東京湾水先区水先人会の3級水先人となる。2015年、2級水先人の試験に合格。現在は1級水先人を目指して奮闘中。

初出日:2017.08.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの