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2017.04.17  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

頼りたい人、支援したい人の見える化

──子育てを頼りたい、支援したいという会員はどうやって増やしていったのですか?

甲田恵子-近影8

全国で交流会を開催してたくさんの人を集めても、誰が支援してほしい人で、誰が支援したい人なのかがなかなかわからないので結局自分の求める相手と仲良くなれなかったという声をその頃よく聞くようにもなり、そのタイプ別を見える化しようと思いました。まずは支援したい人だけを募って、活動理念に共感してもらえたり、いざお預かりをするときに必要最低限な託児やコミュニケーションの研修を受けてもらい、「ママ業をサポートする人」というAsMama認定の地域支援者「ママサポーター」になってもらいました。このママサポーターを東名阪で100人くらいまで増やして、ママサポーターに会える集い、と題して交流会を開催したら子育てを頼りたいというお母さんたちがたくさん集まってきたんです。

また、これまでは私が一人で周知していた地域交流会も、自分たちが地域の子育て支援を担いたいというママサポーターたちに僅少ながら有償で、受付やチラシ配布を手伝ってもらいました。これによって主体性をもって一緒にAsMamaの活動を広げてくれる仲間、ファミリーが増えていき、おかげで何とか活動を維持、拡大できたわけです。そうしたかかわりの中から後に、正社員になった人が何人もいます。

無限大の可能性と使命感の賜物

全国で交流会を開催して会員を増やしていった

そしてもう1つ、活動を加速化させるにはどうしても実現したい、しなければいけないことがあったんです。それは保険の導入です。

最後の高い壁に挑む

──保険の導入とは?

甲田恵子-近影10

2009年に創業して以来、子育てはお互い頼り合った方がいいですよと訴えながら活動はしていましたが、もし大切なお子さんを預かっている間に何かあったら誰が責任を取るのかと言われたことは多々ありました。その時には「共助というものに対しては保険が存在しないので、各自保険に入ってもらって自己責任でやっていただくしかないです」としか答えられなかったんですね。世の中に共助に対する保険を第三者が掛けられる、なんていうものがありませんでしたから。

そういうものは残念ながら世の中にないんだと日々思い知らされつつも、私は企業広報の観点から、これだけ共助を推進、啓蒙しておきながら、主催する活動の中でもし事故が起こったら「当事者間の合意によるものです」「当社に運営上過失はありません」といくら言っても、まさに企業倫理を問われる状況になるだろうことは容易に想像できましたし、被害にあわれた方も、良かれと思って支援した人も救うことができない状態はないなという恐怖感はいつもありました。

この保険の問題は創業した時からの最大の悩みで、暇さえあれば保険会社をしらみ潰しに回り、「うちの会員の間で事故が起こった時に何とか保険を適用したいからそういう保険を作ってほしい」と相談していたんですが、相手にしてくれる保険会社は皆無でした。当然と言えば当然。この世の中に存在しない保険にはそれなりの理由があるわけですから。


──具体的にはどのような話をしたのですか?

保険会社の人にはよく「会員間のお預かりの場合、その子どもを預ける側と預かる側のお二人がどんな方かを把握していらっしゃいますか?」とか、「預かる方は御社のスタッフですか?」などと聞かれました。ところが、会員全員を把握しているような組織体制にもしていなければ、社員や認定者だけが預かるわけでもありません。こうした事業での保険適用依頼は前例がなさすぎる中で「これから会員は1万、2万と増やしていきたいのでわからないです」と答えるしかありませんでした。すると保険会社は「あなたバカですか? どこのどなたかわからない人同士が頼り合う仕組みになぜあなたが保険料を払うんですか? 預かる側は保育士などの有資格者でもなければ、AsMamaの社員でもない知らない人なんですよね?  しかも明日事故が起こるかもしれないんですよね? その時いくら保険料がほしいんですか? 10万円ですか? 100万円ですか?」と言ってきたので、「いやいや、万一の重篤な事故が起こった時のためのものですから何千万単位で保険つけてほしいです」「ではあなたは月にいくら保険料を払えるんですか?」「いやぁ、月に10万とかも無理かも......」「あなた本当にバカですか? 計算できます? 年120万円の保険料も払えない会社が万一、1回でも事故を起こったら5000万ほしいって、そんな保険受ける会社なんてこの地球上のどこを探してもないですよ」「そうですね」「そうですね、ですよね(苦笑)。では(ガチャンと電話を切られる)」

とまあこんな感じで全国の保険会社を訪ね歩いてどれだけお願いしても、最終的には怒られるかあきれられるかして追い返されるという繰り返し。当時は保険会社と会員を守りたい義務感みたいなものとの間の板挟みになっていました。自分のやりたいことが実現できないもどかしさや、志ありながらも責任感があるからこその事故リスクに対する不安を解消できない自分のふがいなさで悶々としていました。最終的には自分で保険会社を作ろうかなと思ったくらいです。でもそれには当然莫大なお金が必要なので非現実的もいいところ。完全に出口のない袋小路に入り込んでしまったという感じでした。

イギリス人に「アー・ユー・クレイジー?」

そんな時、ある人が「世の中に流通している保険商品っていうのは、そもそもロイズというイギリスの保険会社が作っていて、それを日本でいろんなストーリーをつけて売ってるんだよ」と教えてくれました。これだけ日本の保険会社を回ってお願いしても断られるのはお金の問題じゃなくて、ロイズがそういう保険を作ってないからなんだ、だったらロイズに頼んで保険を作ってもらおうと思って、ロイズのイギリス本社に英語で電話してみたんですよ。

甲田恵子-近影11

そしたら担当者は最初は紳士的に対応してくださってたんですが、話しているうちにどんどん話が噛み合わなくなっていきまして(笑)。「私は日本で頼り合える社会を作ろうと思ってるアントレプレナーです。頼り合える保険をつくりたいと思ってる」と言ったら、相手もふんふんと相槌をうちながらも何か要領を得ない様子。それでも必死に、「とにかく頼り合いの保険をつくってほしいんだ」と熱弁していたら「君は保険会社の人間か?」と聞かれたんです。だから改めて、「違う。私は保険会社じゃなくて日本で子育ての頼り合えるインフラを作って広めるための活動をしようとしている会社だ」と言うと、「アー・ユー・クレイジー?」って(笑)。

一筋の蜘蛛の糸が降りてきた

──すごい度胸と行動力というほかないですね。それからどうしたんですか?

前の会社に勤務している時、PR協会の仕事でお世話になった方で、その後は某大手保険会社の常務役員になっていた上席の方から、ある日異動のお知らせハガキが届きました。しかも異動先がAsMamaの事務所のすぐ近くだった。もちろん私宛に個人的に来たわけではなくて、秘書の方がこれまで少しでも関わりのあった方全員に送った中の1つだったのですが、それを見た時、「これだ! これを逃すともうない!」と天から蜘蛛の糸が降りてきたような気持ちになりました。実はこの保険会社の一般窓口にはすでに問い合わせをしていて、箸にも棒にもかからないという感じだったんです。

それですぐに異動のお祝いにうかがいますと連絡して行ったら、先方も私のことを覚えていてくれて、軽く近況報告をした後、「実は御社で保険をつくってほしいんです」と切り出しました。するとやはり「え? 保険に入りたいの?」と聞かれたので、いやそうじゃなくてこれこれこうでこういう保険をつくってほしいんですと説明をしました。そしたらやはり「いやぁ......さすがにそれは難しいよ」と丁寧かつ丁重にお断りされそうになっちゃって。それでももう他に頼りどころはない! と背水の陣のつもりでいましたから、これから会議だと言われても「何時に終わりますか? 終わったらまた来ます」とか、「外出がお車ならご一緒させていただいていいですか!」と食らいつきました。私も相当必死だったんだと思います。

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それ以降も、何度もご相談にうかがいました。今考えると嫌がられても仕方がない、半ばストーカーですね(笑)。ある日、またその人を訪ねて役員室でいかにこの保険が世の中に必要であるかを延々と話していた時、「もうすぐ役員会議があるからもうそろそろ......」と離席を促されたことがありました。それはグッドタイミングだと「その会議の席で相談させていただけませんか」と満面の笑みでお願いしたら「さすがにそれは無理だよ」と、言いながらどこかに電話して誰かを呼んでいらっしゃったんです。そうこうしているうちにいろんな方が役員室に入れ代わり立ち代わり入られてきて、「何とかするから今日はとにかく帰りなさい」と言ったんです。よし! やった! と思いましたね。「え! 何とかしてくれるんですか! ありがとうございます!」と、もうルンルン気分で帰りました(笑)。

ついに保険が実現

──本当にすごい。甲田さんの粘り勝ちですね。

甲田恵子-近影13

今思うとよく本気で嫌われなかったな、と。今でもその役員とは定期的にお会いしてるんですが、この話になると、「あの時は本当に驚いたし、大変だったよ~」なんて言われます(笑)。私は覚えていないんですが、直訴している時に「そもそも事故なんか知人友人の子を預かっていてそう簡単に起きませんよ。でも何かあったときに困らないために保険会社があると思うんです!」とすごい勢いで詰め寄っていたらしくて。いや、ほんとにその時どんな形相だったかなんて覚えてないんですよ。必死だったことは確かですが。

こうして2013年に子育てシェアを利用する全支援者に損害賠償責任保険を以下のとおり適用することが決まったんです。

・お預かりしているお子さんにケガをさせてしまった場合、5,000万円
・お預かりするお子さんの親から預った物を破損させた場合、5,000万円
・預かっているお子さんに食べさせた食事で万が一食中毒を起こした場合、1,000万円


──これだけの保険をよく実現できましたね。

やっぱりこれまで世の中に存在していない、共助に対しての保険商品って大きな保険会社の中でもなかなか理解を得られなかったらしいのですが、その常務が率先して理解者を集めてくださったみたいです。


──それ以来、年間の保険料は利用者からは徴収せず、御社が全額支払っているんですか?

はい。もちろんです。実際には当社が多種多様な企業の広報・マーケティング・宣伝や共助コミュニティづくりなどの業務を受託することで(クライアント企業から)いただいている報酬、つまり当社の売り上げから支払っています。そこまでしても保険は絶対に外せなかったんです。保険があるのとないのとでは利用者の安心感が全然違いますからね。


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甲田恵子(こうだ けいこ)

甲田恵子(こうだ けいこ)
1975年大阪府生まれ。株式会社AsMama 代表取締役CEO

関西外語大学英米語学科入学後、フロリダアトランティック大学留学を経て環境省庁の外郭団体である特殊法人環境事業団に入社。役員秘書と国際協力関連業務に従事。2000年、ニフティ株式会社入社。マーケティング・渉外・IRなどを担当。2007年、ベンチャーインキュベーション会社、ngi group株式会社に入社し、広報・IR室長に。2009年3月退社。同年11月、33歳の時に誰もが育児も仕事もやりたいことも思い通りにかなえられる社会の実現を目指し、株式会社AsMamaを創設、代表取締役CEOに就任。2013年、育児を頼り合える仕組み「子育てシェア」をローンチ。多くの子育て世代の支持を得ている。著書に『ワンコインの子育てシェアが社会を変える!! 』(合同フォレスト刊)がある。

初出日:2017.04.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの