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2016.03.22  取材・文/山下久猛 撮影/早坂正信(スタジオ・フォトワゴン) イラスト/フクダカヨ

のびる多面的機能自治会

アグリードなるせの安部社長(右)と佐々木常務(左)

アグリードなるせの安部社長(右)と佐々木常務(左)

佐々木和彦(以下、佐々木) 八丸さんたちと一番劇的に関係性が深まったのは、2014年の3月、C.W.ニコルさんのアファンの森財団と一緒に、社長や私が執行役員を務めている「のびる多面的機能自治会」にメンバーとして入っていただいたことですよね。

安部俊郎(以下、安部) 少子高齢化は日本全体の社会課題ですが、特に地方の農村部では深刻な問題です。農業分野では、農村地域の過疎化や高齢化によって農用地、水路、農道などの協同作業による整備が難しくなっているのですが、そういう共同活動に対して助成する「多面的機能支払交付金」というのが2014年から始まったんですね。この行政と農業分野を合体させて作ったのが「のびる多面的機能自治会」というわけです。地域を守っていくために、農家・非農家に関わらず、すべての人々が参画できる母体ですね。日本初の団体だと思いますよ。

佐々木 一番の目的はこの地域における自治コミュニティの醸成。会員さんのいろんな困りごとの相談からこの地域の課題解決まですべてやってます。もう1つ地域づくりという意味では、ここは農村エリアなので農業の慣習が地域を守っている部分もあります。ゆえに自治会がそれをうまく調整、あるいはリーダーシップを発揮して地域づくりを推進しているんです。現在、加盟しているのは個人会員が48名、企業・団体が8つですが、全部が農業者ではなく、非農家の方も少なくありません。

「のびる多面的機能自治会」による地域活動の一コマ

安部 会長は非農家の方。農家がトップに立つと運営にゆがみが出るからです。非農家の方々の目線で考えてもらって、私たち農家はそれを支えるという形になった方がより健全なんですよね。副会長は2人制で1人が自治行政の担当、もう1人が農業担当。その農業部門を私が担当しています。アグリードはこのエリアを網羅した会社だから私が農業関係の担当の副会長として、すべての農業機関を束ねているわけです。あと、各役員も教育、保健、生涯学習などそれぞれ担当をもっています。以前は行政区長がすべてに対応していたのですがそこを変えたわけです。

佐々木 もう1つ特徴的なのは地元の人だけではなくて、震災後、復興活動を推進していく中で、アファンの森財団や八丸さんたちの美馬森Japanなど、ご支援いただいたいろいろな方々にもこの自治会のメンバーになってもらっているということです。この地域を明るく元気にしたいという熱意のある人は一緒にやりましょうということなので、東京の方でも同じ思いを共有していればこの自治会に入れるシステムになっています。

自治会では地区の夏祭りも主催。挨拶する安部社長(写真右)

安部 これからこの地域振興のためにいろいろとやりたいことがあって国に申請しているのですが、なにぶん新しい団体なのでなかなか認可が降りません。人口がどんどん減少していて、そんな中でも豊かな地域づくりに取り組んでいかなければならないのだから、それに応じて制度自体も変化しなければならないと考えています。今後も粘り強く意見していくことによって、国も動き始めると思います。

佐々木 この自治会を作ったおかげでこの地域でいろんなイベントができるようになりました。福幸祭も最初の頃はアグリードなるせが主催だったのですが、現在はこの自治会の主催となっています。

馬で地域活性化

野蒜小の子どもたちに農業体験を指導する安部社長

野蒜小の子どもたちに農業体験を指導する安部社長

稲の苗を植え(写真左)、収穫する(右)子どもたち

安部 福幸祭では野蒜小学校の子どもたちを対象に農業体験をやってたんですが、八丸さんたちに加わっていただいたおかげでバリエーションがすごく増えています。1、2年生がサツマイモの栽培体験、3、4年生がアファン財団に協力してもらって生き物調査。5年生が稲の栽培と収穫。その中で八丸さんたちに馬耕を実演してもらったんです。昔この地元で使っていた馬耕用の農作業具を引っ張りだして八丸さんの馬のダイちゃんに引いてもらったら子どもたちが大喜びでね。

八丸健(以下、健) 我々ものびる多面的機能自治会との連携事業として、馬耕実演・馬車運行などいろいろやらせてもらってます。馬耕は僕らの方が慣れてないから、安部社長にも手伝ってもらいましたよね。やっぱりベテランは全然違う(笑)。

佐々木 ダイちゃんには汗かいてもらったよねえ。子どもたちだけじゃなくて、大人もお年寄りもこの地域の人たちみんなが盛り上がって、それがおもしろかったですよね。

安部 70歳80歳のお年寄りが奮え立ったからね。懐かしいって(笑)。我々はデイサービスも経営してて、そこに来てる認知症の方々が馬耕を見たとき、一瞬、脳内の配線がつながったもんね。これはおれの仕事だと(笑)。そういったことなんだよね、地域の結びつきというのは。

馬耕には子どもたちも興味津々

馬耕には子どもたちも興味津々

佐々木 今年の1月に野蒜小学校の校長と話したときに、馬耕はぜひ学校を挙げた行事としてやりたいと。野蒜小学校は今年の4月に合併して宮野森小学校になるんだけど、そこの子どもたちに馬耕を体験してもらうためにカリキュラムを作ってるんですよ。本当にありがたいですよね。

安部 そういう意味でも八丸さんたちにもっとこの地域に入ってもらわなければ。子どもたちに馬を通して自然との共生を教えていただきたいですね。

安部俊郎(あべ としろう)

安部俊郎(あべ としろう)
1957年宮城県生まれ。有限会社アグリードなるせ代表取締役社長/のびる多面的機能自治会副会長

宮城県立農業講習所卒業後、いしのまき農協(旧野蒜農協)営農指導員として入組。1992年退職し、地域農業発展を目指し、施設園芸を中心とした専業農家となる。2006年、農地を守り、地域と共に発展する経営体を目指して「有限会社アグリードなるせ」を設立。代表取締役社長に就任。東日本大震災時には自社も壊滅的な被害を受けるも、消防団の副分団長として現場で避難指示、人命救助、行方不明者の捜索、避難所への誘導などの指揮を執る。震災の翌月から津波を被った田んぼの復旧を開始。除塩に成功し、その年の秋には米の収穫も果たすという驚異的な復旧を成し遂げる。現在、東松島市野蒜地区で、土地利用型部門に園芸部門、さらに6次産業化施設を加え、次世代の人材育成や雇用促進など地域農村コミュニティの発展に尽力している。

佐々木和彦(ささき かづひこ)

佐々木和彦(ささき かづひこ)
1959年宮城県生まれ。有限会社アグリードなるせ常務取締役/のびる多面的機能自治会執行役員

宮城県立農業講習所卒業後、鳴瀬町役場(2005年から市町村合併により東松島市役所に)に勤務。田畑の塩害対策などに従事。2010年有限会社アグリードなるせ入社。東日本大震災時には安部社長とともに人命救助、行方不明者の捜索、田畑の復旧作業などに従事。現在も安部社長のパートナーとして地域振興に尽力している。


八丸健(はちまる けん)

八丸健(はちまる けん)
1970年鹿児島県生まれ。一般社団法人美馬森Japan監事/80エンタープライズ,Inc.代表取締役社長

地元鹿児島の高校を卒業後、東北大学に進学。入部した乗馬部で馬の魅力にはまり、将来は馬を扱う仕事をしたいとオーストラリア人のホースマンに弟子入り。大学を中退して一関市で競走馬の調教を学ぶ。師匠の乗馬クラブ立ち上げにともない、八幡平市へ移住。

八丸由紀子(はちまる ゆきこ)

八丸由紀子(はちまる ゆきこ)
青森県出身。一般社団法人美馬森Japan代表理事/80エンタープライズ,Inc.専務取締役

東京での会社勤務を経て、岩手県内のリゾート総合会社へ転勤。交換研修生としてカナダ・ウィスラーのホテルに4ヶ月出向するも、帰国後1年で勤務先の乗馬クラブが突然廃止となる。その後、大手観光農場を経て、乗用馬トレーニングセンターに勤務。

2000年、同じ勤務先で出会った2人は結婚。2003年、馬を活かし、馬に活かされる社会の創造を目指し、80エンタープライズ,Inc.を設立。2004年、八丸牧場を自分たちの手でいちから開墾、オープンにこぎつけた。2011年、東日本大震災発生の翌月、任意団体「馬(ま)っすぐに 岩馬手(がんばって) 必ず 馬(うま)くいくから」を設立。震災直後から、さまざまな子ども支援活動を継続的に行うとともに、馬たちの力を借りて観光体験、地域活性、子どものライフスキル向上などに取り組む。2013年、当団体を法人化し、一般社団法人「美馬森Japan」設立。震災で甚大な被害を受けた東松島市の新たな町づくりの構想に共感し、アグリゲートなるせとともに野蒜地区でのさまざまな復興支援活動に取り組んでいる。

初出日:2016.03.22 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの